「ありがとう、涙子さん」

「いいえ。そういえば今朝、心護様のことをお知りになりたいと仰っていましたが、何か発見はありましたか?」

「そう、ですね……すごく素直な方だというのはわかりました」

「素直、ですか?」

「はい」

その返事は涙子には意外だったのか、間の抜けた声だった。

「もしかしたらそれは、琴理様にしかわからないことかもしれません……」

「そうなのですか?」

「周囲の評判ですが、曲者(くせもの)とか完璧すぎて考えがわからないとか言われていますから……」

「………」

(え。じゃあわたしが見ていた心護様って一体……)

琴理の言葉ひとつでころころ表情が変わるなあ、と思っていたが。

「……わたくしどもは、琴理様にお礼を申し上げたいのです」

「なぜですか?」

急に、涙子の声が落ち着いたものになった。

「私と主彦は鳴上の子どもとして、母屋の使用人棟で育ちました。幼い頃は、心護様の遊び相手として。心護様はお生まれになったとき、お立場が不安定だったのはご存知ですか?」

「……叔父様のことですか?」

「はい。心護様にとって叔父、宮旭日淋里(みやあさひ りんり)様がいらっしゃいます」

「……ご当主様よりも、可能性が高かったと聞いております」

「そうです。次期当主にと言われていた方です。その方が、心護様よりも跡取りに近くおられました」

「………」

琴理は黙って続きを待つ。

「ですが力量は心護様が上だと、成長されるにつれ明白のものとなり、周囲の期待は現当主の実子である心護様に向いて行きました。ところが……」

「何かほかにも問題があったのですか?」

「心護様は、当主の座にまるで興味がなかったのです」