「お待たせして申し訳ございません、琴理様」
「大丈夫ですよ。心護様から、敷地内の案内をしてもらえると聞いていますが」
深く頭を下げる涙子に微笑みながら言う琴理。不用意に威嚇するつもりは毛頭ないし、涙子はそういった失態をしたわけではない。
「はい。少し歩くことになりますので、かかとの低い靴に致しましょう」
「ありがとう」
シューズクロークには靴までそろえられていて、もはやどこに驚けばいいのかわからない琴理だ。
驚きをほほ笑みの裏に隠して、涙子とともに心護の離れを出る。
涙子は先に、昨日車でも通った道を歩き、帰りは歩いてしか通れない道との二種類を教えてくれるそうだ。
「母屋と二つの離れ自体はそう離れていないので、歩いての行き来も可能です。琴理様をお迎えしたことは、もうひとつの離れにも話してあります」
「離れは二つなんですよね。どなたかお住まいになられているのですか?」
「はい……」
それまではきはきしていた涙子が、初めて言い淀んだ。誰か言いにくい人が主なのだろうか。
「本日はもうひとつの離れに伺う予定は入れていないので、近くまで歩いて戻ってまいりましょう。琴理様のお披露目の場は、心護様が改めて設けられます」
「わかりました」
深く問いただすのは違うと思い、琴理はうなずくだけにとどめた。しかし気になることがひとつ。
「……あの、涙子さん。今日はそんなに日差しが強いわけでもないですよ……?」
嬉々として日傘を差しかけてくれる涙子に言えば、涙子は「いいえ!」と胸を張った。
「まだ四月ですが、五月が一番紫外線は強いのです。今はそこに向かっているところですよ。琴理様の珠の肌に悪影響を及ぼすなどできません」
「ですが……歩きにくくないですか?」
琴理が影になるようにしてくれているが、今は涙子が案内役なので、斜め前を歩く形になっている。
「このくらいは体幹でなんとかしますっ」
元気よく言われた。涙子は体育会系なのかもしれない。
琴理は目元を和ませる。