標高だけでなく周囲の関心まで低い山の中。

 生えるがままの鬱蒼たる木々に埋もれてそれはある。

 誰が何のために建てたかわからない、見た目は崩壊寸前の小屋…じゃなくて。


「いや探してたのはこれだけど。確かこの辺に──」


 そう、小屋はあくまで目印だ。いや、もしかしたらデコイだったか。

 中を探して何もないと思ったらもう二度とこんなとこに来ないだろうからな。

 でもこの小屋から少し離れた…えっと、この辺だったか?草をかき分けて地面を探せば…

「──お。あった」

 直径2mほど。人間の感覚では大穴と呼んでいいそれを覗けば──

「──ビンゴ。」

 …あった。階段。
 ダンジョンへの入り口だ。

「やっぱ既に発生してたみたいだな…」

 ここは、その名も『無双百足(ムカデ)ダンジョン』。

 前世では超難関で知られたダンジョンであり……俺が死んだ場所でもある。

 そう、このダンジョンのボスはあの巨大ムカデで、俺はヤツに用があってここへ来た。

(いやホントは来たくはなかったけど、)

 『英断者』がまた発動して。

 しかも強力に。

 いやここに来る事は真っ先に想定たけど。

 いざ行くとなるとホンっっトーーに嫌で。

「多分…称号に急かされなきゃこなかったなこれは…ともかくハァ…早速…ああもう!行くぞ俺っ!」

 ──でもうーん──ホント行きたくない──それでも対策は練ってきた──武器だって揃えたし──ならやるだけ──

「って…衝動どころか、思考まで誘導してくんのかっ!くそぅ『英断者』め、厄介な称号だホント…」

 いや、まぁね?

 こんな時の足踏みが良い結果を生まないのは前世で嫌と言うほど経験してたからな。流石にもう諦めたわ。

 だから、行く。

 という訳で階段を降りて見てみれば…
 
「…ハァ…やっぱいるよな。」

 …ヤツだ。
 
「……ん?」

 いや、いたにはいたけど、随分と、 

「…小さくなってないか?」

 前世で見た巨大ムカデは頭だけで大型トラック前部ほどのサイズを誇っていた。

 今のこいつもムカデとしちゃ巨大は巨大…なのだが。前世と比べると、その巨大さが全く追い付いていない。

「生まれたばかりだからか?」

 全長が大人の人間を5人並べたくらい。太さも少し大柄な人間とそう変わらない。

 ふむ…お陰で恐怖が和らぎました。ええ。なんせトラウマでしたから。

「…ホント助かります…」

 と合掌しつつお辞儀しながら思うのは小さくなっても変わらない見た目のおぞましさ。

 ヌラヌラと油に濡れたような甲殻は生き物特有の柔らかさがある…と想わせといて弾力性があってアホほど堅牢ほぼ()()

 その裏側に百本もある脚なんて超キモい。それぞれに個性でもあるかのように蠢いている。

 だけど中空を這い回る特性上、ちゃんと使われてるとこを見たことがない。

 なのにわざわざ強調して見せてくるんだから見た目だけでなく性格もきっと悪い。

 いや先入観でこんなこと言うのは良くないか…いや良くなくなんてない。

 なんせ殺されてんだから。あの醜さに比例して邪悪、そうに決まってる。

 というかこれ以上見ていたくない代物だ。だから、

「ハァ…早速やるか、──おいお前ッ!」

「ギジ…!?」

「…取り立てに来たぞ」

 だって約束したじゃん?一方的にだったけど、ほら。
 
「一杯奢ってもらう約束…いや。この場合は、『一本』だった、なッ!」


 ドンッッ!!!


 言うやいなや俺は突進した!

 それに合わせてぐねる巨大ムカデ!

 おうこいやいてもうたる!

 人間思い込みと開き直りが肝心や! 

 と、唐突にだが戦闘を開始する俺!

 中空を移動出来るのにカシャカシャ百本脚を蠢かす無駄は相変わらずの巨大ムカデだがそのスピードは健在なよう…と思っていれば、

 いきなり静止しやがった。開幕早々にフェイントか──いや!

(『アレ』をするつもりかっ!)

 ヤツにとっての丁度いい高さでもあるんだろう。巨大ムカデは中空に頭部を固定させると早速──


 …ッップシアァッ!!!


 先ずは小手調べとばかり吐き出した。

 お得意のアレを。
 強酸にして猛毒なる魔力液を。

 前世ではアレの威力を身をもって知る事となったが、その毒性は今回も健在なのだろうか。

 いや、

 ああ見えてあれは立派な攻撃魔法。

 そして魔法に耐する値である『精』魔力が俺は低い。

 最低ランクのしかも初期値だからな。つまり前より威力が下がってようが関係なく当たれば即死だ。ここは当然回避する。

(次はどう出るムカデくん?)

 突進しながら顎を使った噛み切りか?

 尻側を振って毒針で迎撃か?

 はたまた身体全体を使った高速とぐろ巻き防御か?

(毒酸吐いた後はこの三パターンだったよな?ああそうさ。前世のうちにお前の戦力と行動パターンは全部…っ)

「把握済みなんだこちとらぁ!」

 ──ガチン!

 どうやら今回は噛み切り攻撃だったようだな。でも、

(空振り乙!)

 ホント良かったわ。毒酸の全方位無差別発射とかなくて。

 ともかくその噛み切り攻撃は盛大に空振った。立派な顎が噛んだのは空気のみ。

 そしてそれは外したなんてレベルではない大ハズレで…それもそうだ。巨大ムカデは俺を無視して明後日の方向へ向かったのだからな。

(ふふ。()()()()()()()()()()んだろ?)

 でも残念、ソレは俺じゃない…いやホントは『ふ…お前が攻撃したのは、俺の分身だ。』ってやつを言いたかったが言わない。声を出せばヘイト向けられるし。

 説明しよう!『ヘイトを向けられる』とは!敵の注意を引いてしまう事なのである!そしてあの分身は、俺の器礎魔力によって生み出されたものなのである!

 すまんふざけ過ぎた。
 真面目に解説しよう。

 前世の俺がタンクをしていた事は前述したが、タンク系ジョブで覚えられるスキルってヘイトをコントロールするのに特化していて、つまりは自分に攻撃を集中させるものばかりだったんだよな。

 俺はそれにウンザリしていた。

 だって、仲間を守るためとは言え、そんなのを日常としてたら命がいくつあっても足らんだろ?

 その事に常日頃悩んでいた俺が偶然、編み出したスキル、それがこの、【魔力分身】だった。

 その効果は『魔力に自分の器礎魔力をコピーして放出、囮とする』というもの。

 ああ、ここで言う『魔力』ってのは俺を魔力の器たらしめる《器礎魔力》…とは別の魔力の事だな。これはその中身となる魔力の事で、

 そう、俗に言う『MP(マジックポイント)』といやつだ。

 RPG用語で知られるアレ。魔法を始めとする(スキル)を使う際に必要となるエネルギー。

 今の俺はそれを使わず、器礎魔力を使って分身を生み出した。

 つまりこれは、まっとうな発動のし方ではない。

 どうしてこんな方法を知っていて、しかも出来るのかって言えば、【魔力分身】を偶然編み出した際、このやり方で発動したからだ。

 ある日、絶体絶命となった俺は咄嗟に、自分から器礎魔力をひっぺがし、囮にした──え?なんで今更になってそんな効率の悪い方を選ぶのかって?

 それは俺に、まだMPが備わってないからだ。

 俺はまだ『攻』魔力の試練を受けていない。

 つまり俺の器礎魔力はまだ完成していない。

 それはシステムから、まだ『魔力の器』として認められてないという事。

 器がない以上、MPは注がれない。

 そう、俺はまだアクティブスキルを使うために必要なMPを手に入れていないのだ。

 だから【分身】を発動するには器礎魔力を使うしかなかった。

 勿論これは、ハイコストにしてローリターン過ぎる戦法だ。

 死にたくない一心からのその場しのぎを再現してんだから当然だ。

 そしてそんな無謀をすれば、どうなるか……って、お。


『取得条件を満たしました。個体名平均次が【魔力分身】を習得しました』

 
(無事に【魔力分身】を習得したみたいだな…つってもなぁ…)

 このスキルはあくまで『MPに器礎魔力をコピーして放出する』という性能。

 だからこの後、俺がチュートリアルダンジョンで器礎魔力の全てを取得し、魔力の器として完成したとシステムから承認された結果、MPを注がれる──ってとこまでいかないと使えない代物。つまり今はまだ使えない。それはともかくとして、



(よし!結果は上々だっ!)



 え?うん。こんな危ないこと、【魔力分身】を習得するためにした訳じゃ勿論ない。

 ていうか、戦闘において《器礎魔力》が大事なものであるのは言うまでもない。

 それをひっぺがしたりなんかしたら、俺はただの人間に成り下がっちまう。

 それでもだ。

 俺は今回、あえて、積極的に、手放した。それは勿論、意味があるからだ。

 上位モンスターというものは…例えばダンジョンボスとか、特別なモンスターというのは、魔力を視る事に長けている、というか、それに頼り過ぎる傾向がある。

 実際、ヤツらの殆んどは【魔力視】というスキルを備えている。

 雑魚を倒すのに重宝していた取って置きのスキルが、ボス相手だと【魔力視】で常時警戒され、簡単に前兆を見切られ、避けられてしまう、というのは前世ではよくある話だった。

 ボスが強力な攻撃魔法を必ず備えているのも、その警戒の顕れなのかもしれない。

 ともかく、魔力というものに異常なほど敏感な反応を示すのが上位モンスターというものだ。

 この巨大ムカデもその上位モンスターの例に漏れず【魔力視】を当然に備えていた。

 前世で戦った際も魔力攻撃に対し超敏感に反応していた。

 そんなヤツが、だ。

 『俺から魔力と呼べる殆んどを抜き取って作られた分身』

 なんてもんを見れば、どうなると思う?

 そう。注意を引くどころの話ではなくなる。

 その分身こそが『本体』だと勘違いしてしまう。

 その上で、本体である俺を完全に見失うという間抜けな現象まで起こってしまう。

 奴から見た今の俺というのはただでさえ、MPを持たず、魔力的存在感が薄く感じられたはず。

 なのに、そこからさらに影を薄く…というか、実質ゼロとしてしまったのだから、ヤツの眼中から除外されるのは当然の事だった。

 ともかくこうして、巨大ムカデはその目でしっかり捉えていたはずの俺を完全に無視し、分身の方を追ったのだった。それこそが本体だと見抜いたつもりで。


 こんな美味しい隙、狙わない方がおかしいだろ?


 そしてこうなると承知していた俺がどうしたかと言えば、分身を飛ばす前にはもう、踏み込み、猛スピードを叩き出していた。

 と言っても、器礎魔力を手放した以上、その猛スピードも慣性に任せたものでしかなくなっている。

 それでも踏み込みに使った魔力が利いて、人外に近い速度となっている。

 よってこのまま一直線、巨大ムカデの死角へ潜り込む!

 眼前に迫るは選り取り見取りとなった百本脚!の内の一本!それを、すれ違いざま──


 …ッッス、パンッッ!!!


(よしッ!やった!)


 こうして、俺の『速』魔力が生み落とした運動エネルギーに乗った『攻』魔力+80の効果の『今は無銘の小太刀』による斬撃は見事、ムカデの脚を斬り飛ばすことに成功したのである。

 見てみれば、巨大ムカデは何が起こったのか分かってないようだ。とりあえずと防御姿勢を選ぶしかなくなって──

(…でもな、今さら高速トグロなんてしても意味なんてないぞ?)

 だって俺、このまま離脱するから。

 つか、もう既に階段目指して走ってるから。

 このボス部屋を一刻も早く脱出すべく…

 え?はい。
 倒しませんが。
 逃げますが。
 逃げますよそりゃ。

 だって前世よりだいぶ弱体化してると言ってもこいつ、見た感じ『速』魔力が俺の二倍くらいありそうだ。

 そりゃそうだ。相手は超難関ダンジョンのダンジョンボスで、それに対するこちらは『速』魔力が神ランクと言っても、まだ初期値のままなんだから。

 それにあの毒酸…今もダンジョンの地面をジュウジュウいわせてる魔法攻撃の威力を見ればお察し、『知』魔力の高さだってあちらのが断然高い。

 『技』魔力だってきっとそうだ。百本もの脚を駆使したり、空中移動したりと、大変に高度なことをしてらっしゃる。

 他の器礎魔力値だと俺はポンコツの部類だし。比べるべくもないだろう。

 つまりのつまり、コイツは今の俺からすれば格上過ぎて格上ってことだ。

 じゃあ何のためにここに来たのかって?それは──



(『コレ』さえ手に入れたらもうここに用はないのだよ!あとは撤退あるのみ!あばよ!)



 ということだ。え?『コレ』ってのは…そう、さっき斬り飛ばした『百足の脚』だな。

 え?殺された恨みはどうしただって?じゃあ逆に聞くが、その恨みで大家さんを守れますか?いや守れない(反語による反論)

 しかし、ここで問題が浮上する。その問題とは当然、さっき手放してしまった器礎魔力についてだ。

 あれのせいで今の俺の身体能力は…一般男性の平均…よりちょっと下くらいとなってしまっている。

 そんな貧弱な俺があの巨大ムカデに発見されたらどうなる──てうおお!?言ってる傍から見つかったか!でも!?

 あえて言おう!
 満を持して声出して!


「もう遅い!遅いのだよ!」


 そう、もう遅い!なんせ俺は、


「『最速者』の称号持ちっ!なんだからな!」




=========ステータス=========


名前 平均次


防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10

《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】【魔力分身】new!


《称号》

『英断者』『最速者』『武芸者』

《装備品》

『今は無銘の小太刀』

=========================