「【MP変換】が使えない…だと?」
やり過ぎた俺へのペナルティらしいが…こんなケースは聞いた事がない。つまりは不測の事態だ。『二周目知識チート』を使えばどんな状況も打開が可能と思っていたが、これは……
「…くそ…本当にまずいぞ…」
何がまずいか、それを話す前にはまず、【MP変換】がどんなスキルかを詳しく説明せねばなるまい。MPを犠牲に様々な強化をその場で、しかも簡単に出来てしまえる事なら前述したが、その強化内容の詳細までは言及してなかったからな。
【MP変換】で可能な強化内容は、以下の通りとなっている。
①MP最大値を削る事で、ジョブを獲得する事が出来る。
②MP最大値を削る事で、取得可能なスキルを習得する事が出来る。
③MP最大値を削る事で、任意のスキルレベルを即座に上昇させる事が出来る。
④MP最大値を削る事で、任意の器礎魔力値を即座に上昇させる事が出来る。
つまりこのクソゲー化した世界で使われるMPは、従来の役割は勿論のこと、『シールド』を兼務するに飽きたらず、『ジョブポイント』や『スキルポイント』、『ステータスポイント』の性質までも備えた、万能過ぎるエネルギーとなっている。
前世ではこの万能さに目が眩んで考えなしに【MP変換】を乱用する者を多く見かけた。…なんて言う俺もその一人だ。
だから、知ってる。
その便利さこそが罠であると。そう、これも初見殺しの一つ。もう一度言うが、この便利かつ安易な強化に費やされたMPは二度と戻ってこない。
だから【MP変換】を使う時には慎重さが求められる。
例えば②のスキル獲得や、③のスキルレベル上昇のためにMPを犠牲にする必要なんてない。
これはすぐ判明する事だが、ジョブさえ獲得すれば『そのジョブで覚えられるスキルならば』という条件は付くが、全て実戦の中で習得可能だからだ。
スキルレベルにしたってMPを犠牲にしてまで上げる必要なんてない。これも熟練すれば上がる仕様だからな。
ただ、スキルレベルもジョブレベルと同様、上がれば上がるほどレベルアップしにくくなる仕様となっている。
だから【MP変換】を使用するなら、スキルレベルが全く上がらなくなる時まで温存すべきだ。というのが前世で落ち着いた結論だった。
次に④の器礎魔力値の上昇についてだが。これにもMPを犠牲にするほどのメリットはない。
レベルアップすれば『運』魔力以外全ての器礎魔力が上昇する。そう、まとめて上がるのだから、こちらの方が効率がいいのはよく考えるまでもない事だ。
『でも弱点である『防』魔力と『精』魔力だけは【MP変換】で上昇させるべきでは?』そう思う人もいるだろうが、それにもNOと答える。
何故なら回帰者である俺は知っているからだ。どんなに防御力を強化しようと、あの巨大ムカデの毒酸のような、即死確定の理不尽攻撃を得意とする敵が次々に現れる事を。それを思えばMPを犠牲にする程の価値があるとは思えない。
以上を踏まえれば豊富なMPはそのまま温存して…つまりは極厚な紙シールドを維持しつつ防御力のなさを誤魔化し、アクティブスキルを連発出来る状態をキープする方がずっといい。…のだが。
①の項目。
ジョブの獲得。
これだけは別だ。
なんせここまでの説明からも分かる通り、今の世界のシステムにおいて、ジョブの獲得は強化の基本であり基盤となっているからだ。
ジョブに就かなければジョブレベルは設定されない。つまりレベルアップも出来ないまま。
そしてジョブに就いて習得可能となるはずだったスキルだって設定されないまま、となればそのスキルの自然習得だって出来ず仕舞いとなる。
このように強化の殆んどがままならない状態では、称号やアイテムの争奪戦に勝つどころか、参加すら出来ない。
お目当ての人材を仲間にしても、逆にお荷物扱いされるだけだろう。つまりは、
「スタートダッシュどころの話じゃない…出遅れちまう…それも、大きく……」
回帰者である俺は知っている。この仁義なきクソゲー世界で出遅れるという事が、どれだけまずい事なのか。
だというのに…
輪をかけて最悪な事実が判明した。
「え!大家さんもですか!?」
「…うん…」
そう、なんと大家さんまで【MP変換】を封印されたようなのだ。そうなったのはきっと、俺の仲間だと認定されたからなんだろうが…
「…なんて、こった…」
大家さんを救出し、想定を遥かに上回る器礎魔力を獲得し、今世は最高のスタートを切れた。…そう思っていたのに。
蓋を開けて見ればどうだ?
実際はスタートダッシュどころか、大家さんまで巻き込んでのバッドスタートになってしまった。…申し訳ないにも程がある。
「すみません大家さん…守るつもりが…こんな迷惑をかけてしまって…」
謝って済む問題じゃない。だって命に関わる問題だ。それなのに、、大家さんは……こう言ってくれたんだ。
「助けてもらった…だから、謝らないで。それに均次くんはちゃんと代案を考えてる」
「…え、それは、…はい」
「なら、いい。大丈夫」
ホント動じないよなこの人。
(いい女だ…)じゃ、なくて。
確かに俺は既に代案を用意している。だがそれは相応にしんどい思いをする案だ。なのに、それを話すと大家さんはこう返してくれたのだ。
「こんな世界になったんだから、しんどい思いはして当然」
「あ…はい。それは…そうです。確かにそうです」
…そうだ。確かにこれは、本来なら絶望的な状況。それでも代案が浮かぶ。これも前世の知識あったればこそで…つまり俺はまだ、恵まれている。
(自分のチートに浮かれてたのかもしれないな…こんな事にも気付けないなんて)
ともかく、そうと分かれば嘆いたり謝ったりする時間も今は惜しい。一刻も早く次の行動に移らねば…という訳で。
プランを修正したついでに気も取り直せた俺達は、満を持して、外出することにした。
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…と、いう訳で外に出た俺達だったのたが
…。
無双ムカデのダンジョンから帰還してほんの数時間しか経っていないのに関わらず、外の景色が大きく変わっていた。
前世で見た惨状とまではいかないが、それでもひどい有り様だ。
玄関や窓ガラスを破られた家はまだほんの数軒しか見かけていないが、その中を覗けばやはりの死体…それは人間だったりモンスターだったり。
念のため【大解析】で探知したが、家屋内に生存者はなく。
その数軒以降はモンスターに侵された家を見ないが、路上には多くの死体を見かけている。
それにも増して不吉なのは、方角によっては遠くの空が赤く滲んでおり、何本か太い煙がたち登っている事だ。消防がろくに機能しない状況では、モンスターより火災の方が恐ろしい。
ただ幸いなのは、路上の死体についてだが、人間のものが少ない事。比べてモンスターの死体は圧倒的に多数…これはきっと、チュートリアルダンジョンを発見して試練を受け、器礎魔力とMPを獲得し、俺達と違ってジョブにも就いた人々がレベルアップに励んでいるからだろう。
つまりは早速、先を越されている。
それも大勢に。しかも大幅に。
でも、それはいい。
スタートダッシュは確かに大事だが、災厄に街が完全に飲まれてしまうよりはだいぶいい。
そう思えば強者が増える事は良い事だとしなければ。お陰で道中もモンスターに煩わされる事もないのだし──と、思った矢先の事だった。
「なんだこいつ!?」
と、至近距離で誰かが毒づく。
そう、誰かが。
つまりこれは大家さんの声でなく。
声の主は、全く面識のない男だった。
「……ハァ…誰かに見られてるのは気付いてたが…」
相手の狙いが何であるのか、決定的となるまでこちらからは手を出すまい、そう決めていた。それなのに…
と、ウンザリしながら振り返って見れば一本のサバイバルナイフ。俺に突き立つはずだったそれが、宙空で静止していて。
(……いや、確かに俺は紙装甲だけどな)
【MPシールドLV7】の厚みは伊達じゃない。覚醒したばかりの者が宿す俄魔力じゃ簡単に貫けない──そう、これはもう、あれ。
「…決定的、ってやつだな。」
俺達をつけ狙い、襲ってきたのはモンスターではなく。
「く、化け物…」
「お前が言うな賊野郎」
…人間。
「…まったく」
…マジでバッドなスタートになってしまったな。