一生分の××を君に捧げる

じゃないと杏奈と会えなくなる。そばにいられなくなる。



「京平くん、それはそういう病気だからだよ。普通に過ごせているけど、京平くんの心臓はどんどん弱ってきている。だからこそ突然止まることだってあるんだ。そうならないためにも、外にいるより病院にいる方が…」


「嫌だ!なんで俺の残り少ない人生を、他人に決められなきゃいけないんだ!もうすぐ死ぬくらいなら、最後まで好きな人の隣にいさせてよ…」


「京平!」



ハッと顔を上げると、母さんが鋭く俺を睨んでいた。その瞳には涙がにじんでいる。



「お願いだから、先生の言うことを聞いて…。私たちは京平と少しでも長く一緒にいたいの…」



そこでやっと俺はどんなに自分が自分勝手だったのかわかった。


辛い思いをしているのは、親だって同じだ。そしてこの思いを、他の誰でもない杏奈にさせようと俺はしていたんだ。



「…わかった」



杏奈にはずっと笑っていて欲しい。幸せでいて欲しい。
そのために杏奈の人生に俺は必要ない。



「俺は…もう、杏奈のことなんて好きじゃない」



嘘だよ。今すぐ杏奈のことを抱きしめて、全部吐き出したかった。


伝えたかった。



「…だいっきらい!もう二度とあんたの顔なんて見たくない!」



でも無理だから。杏奈のことを幸せにしてあげられないから。


だから、これでいいんだよ、杏奈。



「…っ、ああ…っ」



誰もいなくなった公園で声を押し殺すようにして泣きながら、初めて早く死にたいと思った。


杏奈のいなくなった世界は、もう何も色がない。
「…京平」



ベットの上に腰掛け、ぼーと窓の外を眺めていた京平がゆっくりと振り向いた。


その虚な目が、どんどん大きく見開かれていき、「あん、な?」と掠れた声が耳に届く。



「…どうしてここにいるの?」


「玲奈さんから、全部教えてもらったの。京平の病気のことも、全部」



京平のそばに歩いていくと、京平は恐る恐るまるで本物か確かめるように手を握ってきた。


少しカサカサしている懐かしい大きな手に、指を絡めてぎゅっと握る。もう、離さないように。



「あのね、まず最初に言わせて」


「え?」


「ばーーーーーか!」



耳元で大きな声で叫ぶと、京平は驚いたように目を丸くした。
「何一人で抱えちゃってんの。いつもくだらないことは全部素直に伝えてくるくせに、こういう大事なことはどうして言わないの!」


「え、あ」


「どうせ私に辛い思いしてほしくないとか思ったから、好きな人ができたなんて嘘ついたんでしょ。全部わかってんのよバカ!」



「だけど」と続けると同時に、我慢していた涙が溢れ出した。



「だけど、一番バカなのは私だよ…っ。京平が辛い思いしてるのに何にも気づかなくて、傷つけて…ずっとそばにいたかったのに、京平の手離しちゃった」



「ほっぺたも叩いてごめんね」と謝ると、京平が泣きそうな顔で笑いながらそっと私の手を引いて抱きしめてきた。



「京平が死んじゃうのは嫌だよ。…だけど、何も言わないでいなくなるのはもっと嫌」


「…うん」


「京平のそばにいられなくなるのはもっともっと嫌だ」



京平の首に腕を回してぎゅうと強く抱きしめる。
「…俺も、死ぬまでずっと杏奈が隣にいてほしい。大好きだよ。たくさん辛い思いをさせるかもしれないし、幸せにしてあげられないけど、それでも俺の隣にいてくれますか?」


「ふっ、何それプロポーズ?」


「はは、そうかも」



京平があの日と同じようにおでこをこつんとくっつけてきた。



「…私も、大好き。ずっと京平の隣にい続けるよ」


「ふふ、なんか素直な杏奈可愛すぎて食べちゃいたい」


「…バカ」



京平と顔を見合わせて笑い、そして空いた穴を埋めるようにそっと唇を重ねた。


もう何度目かわからないそのキスは、涙の味がしてしょっぱくて、でも今までで一番幸せだった。
「杏奈ーこっちこっち!」



お昼ご飯を食べる約束をしていた双葉が、待ち合わせ場所の駅前の大きな時計の下でおーいと手を振ってきた。



「ごめん、遅れちゃって」


「全然大丈夫、それより大学卒業おめでとう」


「双葉もおめでとう」



私は看護師になるため四年制の大学、双葉は小学校の教師になるため同じく四年制の大学に進み、先週卒業した。


双葉は大学の同じ学部で出会った、かれこれ三年目になる彼とついこの間結婚式を挙げおなかには第一子もいる。ちなみに男の子。



「あ、天野くん。そういえば最近彼女できたんだってよー」


「え、そうなの?」



同じく小学校の教師を目指している天野くんは、双葉と同じ大学に進み何回か三人でご飯に行ったりもした。
「バイト先の後輩だって。天野くん、部活とかで彼女いらない主義だったから何気初カノらしいよ。ピュアで可愛いよねー」


「ちょっと、あんまりいじめないであげてよ」



えー?とわざとらしく反応する双葉に、思わず笑う。


相変わらず他人の恋愛に姑のように絡むところは変わっていないみたいだ。



ちなみに麻由たち三人とは高校卒業後、バラバラに大学進学となったけど連絡を頻繁に取り合って会っている。



「杏奈はさ、今幸せ?」



前を向きながらふと聞いてきた双葉に、いつかの京平が重なる。






「杏奈は、今幸せ?」


「え?」
京平は余命であった高三の五月が過ぎ、卒業式を迎えた今日も私の隣にちゃんといる。


さすがに学校にまた一緒に通うことはできなかったけど、ほぼ毎日放課後は京平の病室へ足を運ぶのが日課となっていた。



卒業式の今日も、午後七時からはクラス会とかがあるからその前に京平の元へ来ていた。



「幸せかって…そりゃ幸せだよ。…京平は?今、幸せ?」


「うん、俺はね杏奈がいてくれるから毎日超幸せ」



少し辛そうな京平が寝転がりながらそばに座る私に向かって甘えるように手を伸ばしてきた。だからきゅっと握ってあげる。



「ねえ杏奈。一つだけ、わがまま言ってもいい?」


「うん、なに?」


「杏奈の恋愛、全部俺にちょうだい」



改まって言うもんだから一体どんなことを言われるんだと身構えていただけあって、思わず笑ってしまう。
なんとなく京平の考えていることがわかった。


もうすぐ私は大学生になるから、新しい出会いとかがたくさんあって少し不安なんだろう。



「…なんて、こんなのさすがに重いよね。ごめん今のなしで…」


「いいよ」


「え?」



自分で言ったくせに驚いた顔をしている京平にあははと笑う。



「私の一生分の恋愛、京平に捧げるよ」



それにきっと、この先京平以上に好きになれる人なんて絶対現れない。


だからいいよ。



京平は嬉しそうに笑うと、そっと手を離してきた。


いつの間につけてくれたのか、私の薬指には小さなダイヤのついた指輪がつけられていた。