なんて返すのさえだるくて、そっぽを向き窓の外を眺める。
「なー京平、数学の宿題見せてくれー!」
「はー?昨日ちゃんとやってから寝ろよって連絡したのに。結局やんなかったのかよー」
桐谷は「仕方ないなー」と言いながらクラスメイトにノートを手渡した。
「うわーありがとう!マジで助かる!京平大好きだー!」
「暑苦しいなー。男からのハグは受け付けてませーん」
その様子を見ていた周りのクラスメイトがくすくすと面白そうに笑っている。
桐谷は良くも悪くも素直だ。
思ったことを思ったままに伝えているのに、嫌われることなんてなくむしろ周りから好かれているタイプ。
ひねくれて嫌われている私なんかとは住む世界が真逆の人間だからこそ、桐谷のことが嫌いな理由の一つだったりもする。
*
「あ、雪平ちょうどいいところに。先生のおつかい頼まれてくれない?」
放課後、廊下を歩いていると、向こう側からかごを持った体育教師の塚田先生が私に爽やかな笑顔を向けて歩いてきた。
体育の授業でペアを作って何かをする時、必ず余ることから先生と組むことが多く、それなりに話す関係だった。
「…なんですか。私、これから用事があるんですけど…」
「まあまあ、体育でよくペア組む仲だろ?先生これから職員会議があるから急いでて、このかごグラウンドの先にある体育倉庫に戻してきてくれないか?中身ゼッケンだからそんなに重くないし」
「だから私も用事が…」と言い終わる前にゼッケンの入ったかごを押し付けられ、先生は「じゃ、頼んだ!」と残して逃げるように行ってしまった。
「嘘でしょ…」
あの先生は少し人の話を聞かないところがある。めんどくさい…。
はあとため息をつき、仕方なくグラウンド先の体育倉庫に向かう。
グラウンドではちょうどサッカー部や野球部などが練習を始めているところだった。
「あ、そうだ」
この後会う約束をしている他校の友達に連絡をするため、立ち止まってスマホをポケットから取り出す。
「あ、危ないー!」
突然大声で叫ばれて何事かと顔を上げると、サッカーボールが私めがけて飛んできていた。
–––––バシッ!
ぶつかるような弾くようなそんな音がして、恐る恐る目を開けると目の前に誰かの背中が見えた。
咄嗟に顔を守った腕を下ろして、その人を横から覗く。
「あ…桐谷?」
私を庇ってくれたのは、桐谷だった。
「大丈夫?」
「え、あ、うん…」
「桐谷こそ大丈夫?」と聞けない私はやっぱりひねくれているんだと思う。
「あれ、桐谷と…うわ雪平さん…」
ボールを取りに来た二人の男子のうちの一人、たしか隣のクラスの男子が、やべ、という顔で私を見た。
「おいうわ、ってひどいだろ」
「だって先輩、こいつ超ひねくれててみんなから嫌われてんすよ。関わるとろくなことないから」
散々な言われように、はあとため息をつく。
もうこういう反応には慣れているし、そんなの自分で一番よくわかっている。
「あの…」
「おい。そんなくだらないこと言う前に、まずは謝んのが先なんじゃねーの?」
いつもニコニコへらへらしている桐谷が、怒りを露わにしたように男子生徒の胸ぐらを掴んだ。
「え、桐谷…どうし…」
「どうしたの、じゃねーだろ。ボールぶつかりそうになったんだ!人のことひねくれてるとか言ってねぇでまずは謝れよ!おまえの方がよっぽど非常識だよ!」
「あ、ご、ごめん…」
ぱっと手を離した桐谷が、私の腕を掴んで「行こ」と言ってきた。
「…ねえ。ねえってば!」
体育倉庫を通り過ぎてどんどん先に行ってしまう桐谷の手をぐいっと引っ張って止まらせる。
「体育倉庫、通り過ぎてるんだけど」
「あ、ごめん…」
「いや、いいけど…てか、バカなんじゃないの?私のためにあそこまで怒らなくていいから。あんたの印象が悪くなるだけでしょ」
ああ、どうして私はこういうことしか言えないんだろう。
素直に「ありがとう」と一言言えばいいだけなのに。
「杏奈ちゃんは優しいね」
「…は?」
「全然ひねくれてなんてないよ。今だって俺のこと気にしてくれてるし、杏奈ちゃんが本当は誰よりも優しい子だって俺は知ってるよ」
にこっと優しく微笑まれ、「は、はあ!?」と返すので精一杯だった。
「な、何言ってんの、あんた頭おかしいんじゃないの!?これ、戻しといてよね!」
ゼッケンの入ったかごを桐谷に押しつけて、走って学校を出る。
十月の冷えた風が頰にびしばし当たってくるというのに、一度熱を持った頰の熱さはなかなか引かなかった。
「あれ、杏奈、走ってきたの?」
先にハンバーガー店に入ってシェイクを飲んでいた中学からの唯一の友達、結城双葉が、はあはあと息を切らせて飛び込んできた私に不思議そうに首を傾げた。
「いや、ちょっと、ね…」
ポテトと飲み物を頼んでから双葉の待つ席に戻り、今日あったことをお互いに話していく。
「へぇ。桐谷くん、だっけ?かっこいいじゃん」
「…っ!?ど、どこが。毎日違う女子といるような茶髪ピアス変態男!」
「あはは、でも杏奈のこと助けてくれたんでしょ?飛んできたボールを庇ってくれる、なんて少女漫画展開羨ましいよ。うち女子校だからそんなのないし」
「で、でも…」
素直じゃない私のことをまるごと受け止めてくれている双葉が、手を伸ばして背中の真ん中らへんまで伸ばした私の髪の毛をわしゃわしゃと撫でてきた。
「杏奈の良さわかってくれてる人がいて私は嬉しいよ。私の可愛い杏奈を褒められて」
「ちょ、やめてよ、もう…」
双葉がケラケラと明るく笑った。
サバサバした性格の双葉には、こんな私と卒業してからも関わってくれて感謝している。
他の人にひねくれているとか性格が悪いとか色々言われても、双葉だけがそばにいてくれればそれでいい。
「助けてもらったんだからお礼くらいはちゃんと言いなよ?どうせ杏奈のことだから、まーた素直じゃないこと言って逃げたんでしょ?」
「うっ」
まだ最後まで話し終わっていないというのに、どうやら双葉には私の行動なんてお見通しのようだ。
「どんなに杏奈が素直になるのが苦手だからって、お礼も言えないような最悪な人間になっちゃダメだよ」
「…わかってるよ」
「それならいいんだけどさ」
にっと笑った双葉が残り少ないシェイクを一気に飲み干した。
*
「おー京平おはよー。なんか今日遅くね?」
「あー昨日夜更かししちゃってさ」
「はー?なんだよまたエロいことしてたのかよ」
「ちげぇよばーか」
笑いながら登校してきた桐谷にどきっと心臓が飛び跳ねる。
ダメだ、動揺するな。落ち着け。
そう自分に言い聞かせていると、隣の席に鞄を置いた桐谷がこちらを向いた。
「おはよー、杏奈ちゃん」
「…うん」
いや、「うん」ってなに。
自分に自分でツッコミながら隣を見ると、なぜか桐谷が驚いたようにこちらを凝視していた。
「え、なに…?」
「…あ、いや。杏奈ちゃんが返してくれるなんて珍しいと思って」