「……菖が来てくれたらいいなって、ずっと、思ってたよ」

「……っ」

ヤバ。泣きそうかも。
目の奥が熱い、痛い。

これ夢?
羽奈、今なんて……。

「羽奈、俺さ──」

「あっ、ごめん!また昔みたいに菖に気を遣わせてしまいそうなこと言った!ほんとごめん!」

羽奈は、俺の言葉を遮ってそう言った。
やっぱり……あのこと気にしてたんだ。

かなり時間が経っているのに、まだ未練タラタラな自分に嫌気がさしていたけれど、羽奈もちゃんと覚えていてくれたことが、正直嬉しい。

「いや、気とか……」

「わ、私が言いたいのは……その、私は、菖の中身を昔からずっと知ってて、今もちゃんと、知ってるから」

なんで、羽奈が泣きそうに声を震わせてるんだよ。それじゃまるで……。

蝉の鳴く季節でよかった。
俺の心臓の音も、小さく上がっている息も、バレなさそうだから。

「……つまり?」

「あっ、つまりは、えっと……菖が星谷宝楽に似てるっていうの、有名?だから……なんかちょっと、いやで……あ、いや、いやっていうか、菖は昔から顔整ってたから、かっこいいのは知ってるし、褒められるのは幼なじみとしても鼻が高いのだけど!その、かっこいいって概念を知る前に、私は菖っていう人間を知ってるからさ!星谷フィルターかかった菖じゃなくて、菖を菖で見てるから。うん、その、なんていうのかな。星谷宝楽の存在知る前に、四谷菖を知ってるからさ、こっちは!苗字の『谷』被り物だってたまたまなのに、それで騒ぐ人たちもわけわかんなくて!そんなんで菖がチヤホヤされるの……なんか、ずっとムカついてて!!だから、菖が、あの子に言ったこと聞いて、すっきりしたって言うか。ああでも、噂で聞いただけだから、違ってたらごめん。あぁ、ごめん全然意味わかんないねっ!忘れて!」

なんて矢継ぎ早にしゃべったせいで、肩で息する彼女。

ごめん……こんなに一生懸命伝えてくれたのに、可愛い愛おしいって感情が溢れておかしくなりそう。

羽奈は何もわかってない。
ずっと、あの頃の眩しい羽奈のままだ。

「本当に、忘れていいの?悪いけど、あの時のも忘れてないよ?俺」

「なっ……」