「足立って、最近なんかいいよな」
「……っ」
は?という声を飲み込んで顔を上げると、前の席に座る永岡が、口元を緩めながら教室の一点をじっと見つめていた。
恐る恐る、その視線を目で追えば、軽く毛先が跳ねたポニーテールが揺れているのが見えた。
その瞬間、
「わかる!足立、あの髪型、似合うよな〜」
後ろから俺の肩を掴んだ大江が話に入ってくる。
最悪だ。
「もしかして永岡、足立狙い?」
「いや、俺にはレベル高すぎる。けど、やっぱりいいよな。最近サッカー部でもよく名前出るんだよ」
「うわ、まじか。じゃあ、吉川先輩が足立狙ってるって噂って……」
「結構まじっぽいよ」
永岡のそのセリフに、息が止まった。
吉川先輩といえば、三年で一番かっこいいと人気の人だ。性格も良くて、男女問わず慕われているという。
足立 羽奈は、俺の幼稚園からの幼なじみ。
と言っても、小5の頃から話さなくなってからは、まともに話したことないんだけど。
『足立って、お前のこと好きらしいじゃん』
小5の頃、そんな噂が流れはじめて、一瞬、彼女とどんな風に接していいのかわからなくなって。
『菖!』
そう彼女に呼ばれた時、目を逸らしてしまった。
そんな俺を見て、羽奈はぎこちない笑顔で言った。
『みんなが言ってるの、あれ、嘘だからね。気にしないで!』
その日を境に、羽奈から俺に話しかけてくることはなくなった。目が合ったと思っても必ず逸らされたまま進級。
小6からはクラスが離れたまま、中学を卒業した。
それからお互い高校生になり、5年ぶりに同じクラスになって、4ヶ月が過ぎようとしている。
羽奈が俺と同じ高校を受験すると知った時は内心嬉しくてしょうがなかったが、久しぶりに声をかけるとなると、すごく勇気のいることで。
なんだかんだ、羽奈とはまだ一言も話せていない。
自分のヘタレ加減に呆れてしまう。
あの噂から時間が経つたびに、噂が本当だったらどんなにいいだろうと思っていた。
俺も、羽奈が好きだって言えていたらって。
でも、噂が本当に嘘だったら?
羽奈にとっては迷惑な話しだったら?
そんな後悔と不安がぐちゃぐちゃになって俺を襲った。