「……あの、これ使ってください」

「あ、すみません、いつもありがとうございます」

「いいえ」



するりと持ってきたハンドタオルを差し出す。いつもの会話をして、いつもと同じように受け取られたタオル。

すれば綺麗な黒髪や高級そうなグレーのスーツを少し遠慮がちに拭いていく彼。



「いつもすみません、こんなずぶ濡れで。タオルありがとうございます」

「とんでもないです。お役に立ててよかったです」



綺麗な顔でにこりと柔らかく笑う彼の瞳に思わず見惚れて、停止した。

雨で湿った髪がなんだかとても妖艶な雰囲気を醸し出している。そのオプションはなんとも狡い。




ーー彼は少し変わったお客様だ。


雨の日にいつもこの書店に現れる。
傘を持たずに雨に濡れて。




名前も、年齢もどんな仕事をしているのかさえ知らない。身につけているものはブランド物が多い。高そうなジャケットが心配にもなる。

いつも雨の日に濡れて現れる彼を覚えてしまうのは必然で。

綺麗な顔をした雨の日に傘をささないずぶ濡れの人。
それくらいの認識だった。