私はあの日から、登君を目で追うことが増えた。
 彼は入学式で、モブになると宣言をしたけど、どこか目立って輝きを放っている。
 だけど、そんな彼は私に話しかける。

「なぁ、どう思う?」
「あなたって突拍子もないって言われない?」
「姉さんによく言われるよ」
「お姉様も苦労されているのね」

 お姉様がおられるのね。
 その身勝手な態度が、彼が弟だから。
 そう思うとどこか納得できてしまう。

 悪目立ちしている彼は一人でいることが多い。
 本当にモブになろうとするように、誰とも関わりを持とうとしない。

 だけど、凄く人を見ていて、気が利く人だと思う。

「あっ、あの雪乃さん」
「はい?」
「あっ、あの、今度みんなでカフェに行こうって言っているんだけど、もしよかったら一緒にどうかなって」
「ごめんなさい。私はそういうことに興味ないの」
「そっ、そうだよねぇ〜」

 興味はないと言えば、相手が二度と誘って来ないから使っている。
 だけど、本当は叔父夫婦に迷惑をかけたくないから、アイナの世話をして、それ以外の時間はバイトをして早く自立したい。

 だから、友人付き合いがない方がいい。
 
 義母さんが、貸してくれた本へと目を落とす。
 誰からも話しかけられないためにしている。
 そして、何度か声をかけてくる人を断っていれば、誰も私に声をかけなくなるはずだった。

 彼以外は……。

「今のが最後かもね」
「何が言いたいの?」
「雪乃さんに声をかけてくれる女子」
「余計なお世話ね」
「まぁ、そうだね」
「えっ?」
「ん?」

 彼は変わっている。
 普通は、私がしていることを咎めたり、相手を可哀想だと非難する。
 だけど、彼は私を肯定してくれた。

「どうかした?」
「いえ、てっきりダメだと言われるのかと思っていたから」
「どうして?」
「中学時代の友人は、よく私にダメだと言っていたから」

 桜野ハルさんは、誰に対しても優しくて私が誘いを断ると「ダメだよ。そんなことをしていたらフユナちゃんが一人になってしまうよ」そう言って、私の心配をしてくれた。そう、彼女は心配と同情を同時に私に向けてきていた。

 だけど、彼は私に同情をしない。

「雪乃さんにも友達がいることに感動だよ」
「あなた、失礼ね」

 表情の変わらない人形のような私を揶揄ってくる。

「怒った? 失礼かな?」
「失礼でしょ? 私にはまるで友達がいないみたいに」
「いるの?」
「いるわよ。あの子たちは……」

 多分、桜野ハルさんは友達だと思う。
 だけど、それを思っているのは自分だけかもしれない。

 クラスが別々になって、廊下で会った時に近況を聞かれる。
 彼女はたくさんの男性から告白されているけど、その全てを断っているそうだ。
 私は告白をされる前に断るから、告白すらされていない。 

「あなたの方こそ」
「俺? 俺は友達いっぱいおるよ。中学時代の学校に問い合わせてくれれば、俺を知らない奴はいないんじゃないかな? それに当時は彼女もいたよ」
「なっ!」

 彼の軽口に少しだけ、胸がギュッと締め付けられた。
 彼女がいた? 今はどうなのかしら? どうして別れたの?

「中学時代って、ちょいワルの不良少年か、笑いが取れる人気者ってモテるんだよ。俺はちょっと笑いがとれる人気者だったから、付き合ってくれた良い子がいたんだ。こっちに来ることになって別れちゃったけどね」

 彼の体験談を聞いて、私は意外に思ってしまう。

「あなたって意外に大人なのね」
「そうかな? 今時、高校生なら初カレカノは遅い方じゃない? マセている奴らは小学校で付き合っていたからね」

 彼の話はつい聞いてしまう。
 他の子達から声をかけられても断れるのに、彼の声は聞きたいと思ってしまう。
 
「アイナちゃんは元気?」
「……あの時はありがとう」

 彼からアイナの話を振ってくれたから、自然にお礼を言うことができた。
 こちらが何かを言いたいのを察してくれたのだろうか? いつも彼は自然体で過ごしているような気がして羨ましい。

「どういたしまして。だけど、雪乃さんも焦ったり、怒ったりする姿を見れて、俺としては役得かな?」
「役得?」
「うん。だって、話をしないと雪乃さんが何を思っているかわからんやん」

 それは表情がない私だから? 

「私が……、表情を変えないから?」

 内心で胸がドキドキしているのを感じる。
 もしも、彼がそうだと言えば、私は……。

「それは雪乃さんに限ったことだけじゃないけどさ。見た目は笑っていても心では怒ってる奴とかいるだろ? だけど、雪乃さんはアイナちゃんを叱って、心配して、泣いてたからな。雪乃さんの気持ちがいっぱい見れたって感じ?」

 他の人と一緒? 私が? 表情を変えないのに?

「うーん、何を気にしているのか知らないけど、表情が乏しいってことかな? 俺にはたくさんの感情が雪乃さんから感じられるよ。表情とかは気にしてなかったな。雪乃さんの顔って正面から見ると綺麗だから照れるねん」

 本当に恥ずかしそうに、恥ずかしいことを口にする彼に私の方が顔が熱くなるのを感じる。

「あっ、照れた? 表情は確かに変わってないかもやけど。今、顔赤いで、それにあの時も涙が出てたで。悲しんでるってちゃんとわかる。それでええんちゃう?」

 私は彼の言葉一つ一つが好き。

 不意に、気づいてしまった。

 これは私は彼に対して好意を抱いている。

 恋愛感情がどうかはわからないけど、彼に対しては他の人とは違う特別な感情をいただいていると思う。
 
「あなたって、やっぱりモブは無理ね」
「ヒドッ! いきなりなんなん! 今、俺ええ話しとったよね?」
「知らないわ」

 恥ずかしいから、本当のことは言ってあげないわ。 
 私は素直に表情だけでなく、心を出すこともできないんだから。