二人並んでベンチに腰掛けて、何から話せばいいかわからずにお互い沈黙する。しばらくしてその沈黙を破ったのは、蓮の方だった。
「なあ、俺に会って、どう思った?」
「どうって……」
「ひょろくて、白くて、男らしくないし……格好悪いって、理想と違うって、幻滅しなかったか?」
「そんなのする訳ない! 蓮は蓮だし……というか普通に美形っていうか格好いいし! 寧ろわたしの方が、嫌われないかって心配で……」
「……そう、か」
格好いいと言われて少しだけ照れたようにする蓮は、可愛くも見える。想像していたよりも、ずっと素敵な人だ。
お互い同じく不安な気持ちだったとわかり、少しだけ緊張が解けた。そのままわたし達は、メッセージでは話せなかった話をした。
友達が入院していること、お見舞いの帰りに偶然会えたこと、蓮がここに居ることは何と無くわかっていたこと。ひとつひとつを、蓮は頷きながら聞いてくれた。
「……でも、何でわたしがサクラだってわかったの?」
「あー、こんぺい糖もそうだし……手が」
「手?」
「前に、あんたが撮った手の写真。小指にほくろがあった」
「えっ、こんな小さいのに気付いたの? めちゃくちゃ細かい所見てるね!?」
「……、……偶々だ」
ばつが悪そうに視線を逸らす蓮に何と無く追撃したくなったものの、わたしも蓮を手で確信したくらいなのでお互い様だった。
「あと……あんた、この間去り際に『また』って言ったんだ。それで、俺の正体にも気付いてるんだなぁ、と」
「完全に無意識……」
「だから……気付かれた上で逃げられたんだって思った。それなのに、メッセージはいつも通りだし……訳が分からなかった」
「それは本当にごめん……」
申し訳ないと思う気持ちはあるものの、わたしがぐるぐる悩んでいたように、蓮もわたしのことをたくさん考えてくれていたのだと、つい嬉しくなってしまう。
しかし蓮は、少し考えたようにしてから途端に意地悪く笑みを浮かべる。
「……許さないって言ったら、どうする?」
「えっ」
「あんたに逃げられて、傷付いた。あんたのせいで持病が悪化した」
「えっ……え!?」
「なんて言ったら、どうする? ……許して欲しい?」
「も、勿論!」
蓮の考えが読めない。それでもわたしの返答を聞いて満足したように頷いた蓮は、指先で弄んでいた桜色のリボンを片手に、もう片手でわたしの手に触れる。触れた指先は、あの日と同じくらい熱い。
「なら……リアルでも、またこうして会いに来てくれるって、約束して欲しい。……俺は知っての通り、あんたしか話し相手が居ないんだ」
「……! 約束する! わたしも……もっと蓮に会いたい」
「そうか。……なら、約束」
彼は安心したように微笑んで、指切りの代わりのようにリボンをわたしの小指に結ぶ。彼がわたしを見付けてくれた目印が、桜色に彩られた。
「あの……蓮、わたし……」
やっぱり、蓮が好きだ。幻滅なんて冗談じゃない。一分一秒、こんなにも好きが増えていく。
そのまま溢れそうな気持ちを口にしようとした瞬間、別の声に遮られた。
「あら、蓮。こんな所に居たの?」
その声に反応して、蓮がぱっとわたしの手を離す。視線の先には、綺麗で優しそうな大人の女性が立っていた。その女の人は、親しげに手を振り近付いてくる。
反射的に離された手、落ち着かない蓮の様子。もしかすると、年上彼女かもしれない。そんな動揺から思わず身構えていると、苦々しそうな呟きが耳に届く。
「……母さん」
「えっ!?」
「あらまあ、可愛らしいお嬢さん。なあに蓮、ナンパでもしたの?」
「違う!」
「ふふ、冗談よ」
母親にしては若過ぎるだろう。思わず美形遺伝子を実感しつつ呆然と見上げていると、女性はわたしに向けて笑みをくれた。
「こんにちは。蓮の母です」
「……こ、こんにちは……ええと、三雲桜花です」
こんな形で本名バレするとは思わなかった。そもそも蓮は本名も蓮なのか。色々と聞きたいことはあったものの、どうやら彼女は蓮を呼びに来たらしい。
「蓮、先生が呼んでたわよ。手術のことでお話があるんですって」
「手術……?」
「……わかった、戻る。……サクラ、悪い。またあとで連絡する」
「あ……うん、また」
先に戻る蓮の背を見送りながら、手術という単語に少し動揺する。どんな病気で、どんな手術なのか、会いに押し掛けておいて、踏み込んで良いラインがわからなかった。
「……桜花さん、今あの子に『サクラ』って呼ばれてたわよね?」
「えっ、あ、はい」
「あなたが、いつも蓮とメッセージでやりとりしてるサクラさん?」
「……はい」
初対面の好きな人の母親と二人残されて、何と無く緊張してしまう。
というか、蓮はいつもやりとりしていることを母親に話しているのか。何気ない話しかしていないものの、親御さんに認知されているとなると落ち着かない。
何か言われるのか、蓮ともう関わるなとでも言われたらどうしよう。そんな不安から、つい萎縮してしまう。
けれど彼女は穏やかな表情のまま、わたしに視線を向けてくれた。
「ありがとう。あなたのお陰で、蓮が手術を受けてくれる気になったのよ」
「へ……?」
突然の言葉に目を見開く。手術の話はおろか、病気の話だってしたことはない。当然わたしは何もしていなかった。
「あの、わたしは何も……」
「蓮はね、生まれつき病弱な子だったの。……入退院を繰り返しててね、小児科のお友達は居なくなっちゃうことも多かったから……すっかり新しいお友達を作るのにも消極的で」
居なくなる、は、退院だけではないのだろう。せっかく誰とでも繋がれるSNSでも、蓮が壁打ちのように投稿するだけで誰とも話していなかった理由が、何と無くわかった。
「手術もね、嫌だって断ってたの。お金もかかるし、失敗する可能性だってあるし……成功しても、完治じゃないから」
「え……」
彼の病気のことを、わたしは何も知らない。完治することのない病なのかと、心臓が締め付けられる。
「手術なんて無駄なことして、予後に苦しんだりするより、そのまま自然に、楽に死んでしまいたい……なんて、まだ十代なのに、人生を諦めちゃってたのよ」
「蓮、が……?」
「……丈夫に生んであげられなかった私が、少しでも長く生きて欲しいなんてエゴを押し付けられなくて……あの子の決断を尊重するしか出来なかった……」
衝撃的な情報が次々出てきて、頭がついていかない。
そんな衝撃をもたらした彼女の遠くを見詰めるその瞳は蓮に似てとても澄んでいて、愛する人に何も出来ない悔しさも諦めも悲しみも、たくさんの気持ちを孕んで揺れている。
「それでも、あなたとお話しするようになって、あの子に少しずつ笑顔が増えていったの」
「え……」
「ふふ、あの子が花を見たいって言い出した時には、驚いたわ。入院生活も長いのに、この間初めてこの中庭に興味を持ったのよ」
「それって、わたしが、花を綺麗だって言ったから……?」
「……他にもね、食べ物に頓着しない子だったのに、お見舞いを持って来るならどこどこのお店のスイーツが食べたい、なんてリクエストしたり……あとはそうね、あのアイドルの曲はどこで聴けるのかって聞いてきたり」
「全部、わたしが話したやつ……」
花も、スイーツも、アイドルも、全部わたしと話したことだ。その時は然して興味もなさそうな返事をしていたのに。それ以降、食べただとか聴いただとか話してきたこともなかったのに。
わたしが蓮の見る世界に影響されたように、蓮の世界をわたしが広げていた。その事実に、何だか無性に泣きたくなった。
「あの子の世界を彩ってくれたの。全部、あなたのお陰でしょう?」
「わたし……」
「だからね、ありがとう、桜花さん。ずっと伝えたかったの」
「……いえ。わたしの方こそ、本当に……蓮を生んでくれて、ありがとうございます」
「……そんなこと、初めて言われたわ」
わたしと蓮のお母さんは、二人で少し泣いた。俯いた時に、涙の粒が小指のリボンを濡らす。
しばらくして落ち着いた頃、見上げた透明の屋根越しの空は、やっぱり少し霞んでいた。
*****
「なあ、俺に会って、どう思った?」
「どうって……」
「ひょろくて、白くて、男らしくないし……格好悪いって、理想と違うって、幻滅しなかったか?」
「そんなのする訳ない! 蓮は蓮だし……というか普通に美形っていうか格好いいし! 寧ろわたしの方が、嫌われないかって心配で……」
「……そう、か」
格好いいと言われて少しだけ照れたようにする蓮は、可愛くも見える。想像していたよりも、ずっと素敵な人だ。
お互い同じく不安な気持ちだったとわかり、少しだけ緊張が解けた。そのままわたし達は、メッセージでは話せなかった話をした。
友達が入院していること、お見舞いの帰りに偶然会えたこと、蓮がここに居ることは何と無くわかっていたこと。ひとつひとつを、蓮は頷きながら聞いてくれた。
「……でも、何でわたしがサクラだってわかったの?」
「あー、こんぺい糖もそうだし……手が」
「手?」
「前に、あんたが撮った手の写真。小指にほくろがあった」
「えっ、こんな小さいのに気付いたの? めちゃくちゃ細かい所見てるね!?」
「……、……偶々だ」
ばつが悪そうに視線を逸らす蓮に何と無く追撃したくなったものの、わたしも蓮を手で確信したくらいなのでお互い様だった。
「あと……あんた、この間去り際に『また』って言ったんだ。それで、俺の正体にも気付いてるんだなぁ、と」
「完全に無意識……」
「だから……気付かれた上で逃げられたんだって思った。それなのに、メッセージはいつも通りだし……訳が分からなかった」
「それは本当にごめん……」
申し訳ないと思う気持ちはあるものの、わたしがぐるぐる悩んでいたように、蓮もわたしのことをたくさん考えてくれていたのだと、つい嬉しくなってしまう。
しかし蓮は、少し考えたようにしてから途端に意地悪く笑みを浮かべる。
「……許さないって言ったら、どうする?」
「えっ」
「あんたに逃げられて、傷付いた。あんたのせいで持病が悪化した」
「えっ……え!?」
「なんて言ったら、どうする? ……許して欲しい?」
「も、勿論!」
蓮の考えが読めない。それでもわたしの返答を聞いて満足したように頷いた蓮は、指先で弄んでいた桜色のリボンを片手に、もう片手でわたしの手に触れる。触れた指先は、あの日と同じくらい熱い。
「なら……リアルでも、またこうして会いに来てくれるって、約束して欲しい。……俺は知っての通り、あんたしか話し相手が居ないんだ」
「……! 約束する! わたしも……もっと蓮に会いたい」
「そうか。……なら、約束」
彼は安心したように微笑んで、指切りの代わりのようにリボンをわたしの小指に結ぶ。彼がわたしを見付けてくれた目印が、桜色に彩られた。
「あの……蓮、わたし……」
やっぱり、蓮が好きだ。幻滅なんて冗談じゃない。一分一秒、こんなにも好きが増えていく。
そのまま溢れそうな気持ちを口にしようとした瞬間、別の声に遮られた。
「あら、蓮。こんな所に居たの?」
その声に反応して、蓮がぱっとわたしの手を離す。視線の先には、綺麗で優しそうな大人の女性が立っていた。その女の人は、親しげに手を振り近付いてくる。
反射的に離された手、落ち着かない蓮の様子。もしかすると、年上彼女かもしれない。そんな動揺から思わず身構えていると、苦々しそうな呟きが耳に届く。
「……母さん」
「えっ!?」
「あらまあ、可愛らしいお嬢さん。なあに蓮、ナンパでもしたの?」
「違う!」
「ふふ、冗談よ」
母親にしては若過ぎるだろう。思わず美形遺伝子を実感しつつ呆然と見上げていると、女性はわたしに向けて笑みをくれた。
「こんにちは。蓮の母です」
「……こ、こんにちは……ええと、三雲桜花です」
こんな形で本名バレするとは思わなかった。そもそも蓮は本名も蓮なのか。色々と聞きたいことはあったものの、どうやら彼女は蓮を呼びに来たらしい。
「蓮、先生が呼んでたわよ。手術のことでお話があるんですって」
「手術……?」
「……わかった、戻る。……サクラ、悪い。またあとで連絡する」
「あ……うん、また」
先に戻る蓮の背を見送りながら、手術という単語に少し動揺する。どんな病気で、どんな手術なのか、会いに押し掛けておいて、踏み込んで良いラインがわからなかった。
「……桜花さん、今あの子に『サクラ』って呼ばれてたわよね?」
「えっ、あ、はい」
「あなたが、いつも蓮とメッセージでやりとりしてるサクラさん?」
「……はい」
初対面の好きな人の母親と二人残されて、何と無く緊張してしまう。
というか、蓮はいつもやりとりしていることを母親に話しているのか。何気ない話しかしていないものの、親御さんに認知されているとなると落ち着かない。
何か言われるのか、蓮ともう関わるなとでも言われたらどうしよう。そんな不安から、つい萎縮してしまう。
けれど彼女は穏やかな表情のまま、わたしに視線を向けてくれた。
「ありがとう。あなたのお陰で、蓮が手術を受けてくれる気になったのよ」
「へ……?」
突然の言葉に目を見開く。手術の話はおろか、病気の話だってしたことはない。当然わたしは何もしていなかった。
「あの、わたしは何も……」
「蓮はね、生まれつき病弱な子だったの。……入退院を繰り返しててね、小児科のお友達は居なくなっちゃうことも多かったから……すっかり新しいお友達を作るのにも消極的で」
居なくなる、は、退院だけではないのだろう。せっかく誰とでも繋がれるSNSでも、蓮が壁打ちのように投稿するだけで誰とも話していなかった理由が、何と無くわかった。
「手術もね、嫌だって断ってたの。お金もかかるし、失敗する可能性だってあるし……成功しても、完治じゃないから」
「え……」
彼の病気のことを、わたしは何も知らない。完治することのない病なのかと、心臓が締め付けられる。
「手術なんて無駄なことして、予後に苦しんだりするより、そのまま自然に、楽に死んでしまいたい……なんて、まだ十代なのに、人生を諦めちゃってたのよ」
「蓮、が……?」
「……丈夫に生んであげられなかった私が、少しでも長く生きて欲しいなんてエゴを押し付けられなくて……あの子の決断を尊重するしか出来なかった……」
衝撃的な情報が次々出てきて、頭がついていかない。
そんな衝撃をもたらした彼女の遠くを見詰めるその瞳は蓮に似てとても澄んでいて、愛する人に何も出来ない悔しさも諦めも悲しみも、たくさんの気持ちを孕んで揺れている。
「それでも、あなたとお話しするようになって、あの子に少しずつ笑顔が増えていったの」
「え……」
「ふふ、あの子が花を見たいって言い出した時には、驚いたわ。入院生活も長いのに、この間初めてこの中庭に興味を持ったのよ」
「それって、わたしが、花を綺麗だって言ったから……?」
「……他にもね、食べ物に頓着しない子だったのに、お見舞いを持って来るならどこどこのお店のスイーツが食べたい、なんてリクエストしたり……あとはそうね、あのアイドルの曲はどこで聴けるのかって聞いてきたり」
「全部、わたしが話したやつ……」
花も、スイーツも、アイドルも、全部わたしと話したことだ。その時は然して興味もなさそうな返事をしていたのに。それ以降、食べただとか聴いただとか話してきたこともなかったのに。
わたしが蓮の見る世界に影響されたように、蓮の世界をわたしが広げていた。その事実に、何だか無性に泣きたくなった。
「あの子の世界を彩ってくれたの。全部、あなたのお陰でしょう?」
「わたし……」
「だからね、ありがとう、桜花さん。ずっと伝えたかったの」
「……いえ。わたしの方こそ、本当に……蓮を生んでくれて、ありがとうございます」
「……そんなこと、初めて言われたわ」
わたしと蓮のお母さんは、二人で少し泣いた。俯いた時に、涙の粒が小指のリボンを濡らす。
しばらくして落ち着いた頃、見上げた透明の屋根越しの空は、やっぱり少し霞んでいた。
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