あれは一年前の夏だった。
 
 僕は幼い頃から、肌のトラブルで悩まされている。
 そのため、皮膚科でよく診てもらっているが……アトピーというのものは、なかなか治らない。

 定期的に検診してもらう。
 その日も日差しが強いため、日傘をさして、徒歩で病院へと向かった。
 とても暑い日だったが、テンションは高かった。

 なぜなら、大好きなロックバンドのライブ音源を、爆音で耳に流しているから。
 最近はウォークマンではなく、スマホで音楽を聴く。
 パソコンから移したデータをブルートゥース経由で、ワイヤレスイヤホンで楽しむ。
 いい時代になったものだ。

 バンドのヴォーカルが会場のファンに向かい、激しく叫ぶ。
 それに対し、ファンは盛り上がり。僕の脳内では、ちょっとしたフェスが開かれている。

『YEAHHH!!!』

 あまりの気持ち良さに、皮膚科を通り過ぎるところだった。
 僕はブルートゥースの接続を切って、入口へと向かう。

 今日はなかなか患者さんが多いようだ。
 待合室で自分の名前が呼ばれるまで、椅子に座って待つことに。
 緊急事態宣言は終わっていたが、例のウイルスのため。
 席はひとつ空けて座るのがマナーとなっていた。

 僕は一番角のコーナーに座り、席を空けて左側に若い女子大生。右側に赤ちゃんを抱っこしたママさんが座っていた。
 男の子の赤ちゃんみたいだ。見たところ、産まれて半年ぐらいか。
 時折、僕が気になるようでチラチラと、こちらを見ている。

 僕も赤ちゃんは好きだが、シャイなので挨拶などはせず、スマホを取り出す。
 インスタでも開いてみるかとアプリを起動する。
 流れて来るタイムラインは、いつもと同じものばかり。
 先ほどまで聴いていたバンドのヴォーカルの写真や動画など。

 検索履歴やフォローしているアカウントから、AIがおすすめしてくるのか。
 似たようなものばかりが多い。
 たまに「おすすめ動画」と言って、ショート動画が流れてくるのだが。
 
 この日あるものに目が行く。
 サムネイルの時点で、巨乳のコスプレイヤーが際どい格好で腰振りダンスをしている。と分かった。
 しかし、家じゃないので病院の待合室でタップするわけには行かない。

 僕は人差し指でスワイプしようとしたその瞬間、事件は起こった。
 グッと画面を押し込んで、タイムラインを流そうとしたのに……スマホが予期せぬ誤作動を引き起こした!
 スワイプではなく、タップしてしまったのだ。

 ここで先ほどのバンドのライブ音源を思い出して欲しい。

『YEAHHH!!!』

 僕は爆音で音楽を聴いていた……つまり、爆音で巨乳レイヤーのダンス動画が待合室に鳴り響く。

『ズンチャカ♪ ズンチャカ♪ ドゥン、ドゥン!』

 僕が持っているスマホは普通より画面が大きく、画質も良い。
 これは自分の子供たちの写真を、たくさんキレイに撮りたいからだ。
 
「きゃはは!」

 右側に座っていたママさんから、声が聞こえてきた。
 その声の持ち主は、先ほどの可愛い赤ちゃん。
 どうやら、この音楽が気になるらしい。
 小さな手を伸ばして笑う。
 しかしママさんは、すぐに赤ちゃんの視線を遮るよう、身体の向きを変える。

 僕は顔を真っ赤にして、急いでスマホをいじるが、こういう時うまくスマホが動いてくれない。
 先ほどのライブ音源を、爆音で聴いていたのが仇となった。
 ブルートゥースの接続を切っても、メディア音量は下げてないから、このセクシー動画も爆音で流れてしまう。

「プッ……」

 左側に座っていた女子大生に笑われてしまった。
 赤っ恥だ。

 ようやくスマホが静まったころ、看護婦さんに名前を呼ばれる。
 診察室に入って、Tシャツを脱いだところ。
 先生に問われる。

「あれ? 味噌村さん、状態悪い?」
「え……どうしてですか?」
「いや、顔も身体もすごく赤いからね」
「……」

 ブルートゥースって、すごく便利だけど、危険ですね。
 気をつけましょう!

  了