制限時間の中、流れる星に、愛を注ぐ


「しなくていいところで、自分を下げないの。それに、さっきも言ったでしょ? 当たり前を当たり前と思わない空峰さんが俺は好きなの。だから――自分に魅力がなくて当たり前、なんて思わないようにね」
「は、はい……、ん?」

 さっき、聞き間違いじゃなかったら……佐々木くん「私のこと好き」って言った?

 さびたロボットのように、ギギギとゆっくり視線を移動する。私の隣、佐々木くんへと。

「さっき私に、なんて言った?」
「告白した、好きって言った」

「やっぱり……って、えぇ⁉」
「ふふ」

 驚く私を見て、なぜか佐々木くんが満足そうに笑う。私の反応が、とっても面白いらしい。だけど、佐々木くん。これは驚かない方が無理だって。

「私のこと? なんで、どうして?」
「さぁ、どうしてだと思う?」

 質問をスルーする佐々木くんに「意地悪」と呟いたあと。すごい音で心臓が鳴っていることに気付いた。制服の上から見ても分かるほど、拍動してる。そうか、これが不意打ちってやつかな。ビックリして、心臓が高鳴っているんだ。

「ドッキリなら、今ここで白状してくれたら怒らないよ?」
「……言ったでしょ」

 佐々木くんは、立ち止まる。そして私と向き合った。

「当たり前を当たり前と思わない空峰さんが好きだって。

 俺が空峰さんを好きなわけないっていう当たり前、今、ここで取っ払っちゃってよ」

 そんな事を言う佐々木くんを、やっと雲から顔を出した月が照らしていく。そこで初めて、佐々木くんの表情を見た。夜空の下で不安定に揺れる私とは反対に、佐々木くんの赤くなった顔は、まるで街灯のようにハッキリと、私に「好き」を伝えていた。



 という告白があった翌朝。登校した私は、教室の扉の前で固まっていた。なぜなら、佐々木くんとは同じクラス。ということは、昨日告白してくれた佐々木くんは、今、この中に――

「おはよう、空峰さん」
「ぅわあ⁉ 佐々木くん、おはよう⁉」

 振り返ると、いつもの爽やかスマイルを浮かべた佐々木くんがいた。カバンを持っている所を見ると、ちょうど彼も登校してきたところらしい。私の勘はハズレた、というわけだ。

「やっぱり自分の当たり前は、全くあてにならないや……」
「なんのこと? それより、考えてくれた? 告白の返事」

 え! こんな人通りの多い廊下で、そんな事を堂々と言っちゃうんだ佐々木くんって!

「こ、こっちに、来て!」
「えー、もう朝の会が始まるよー?」

「どうせ先生も遅れてくるから大丈夫! それよりも〝こっちの方が大事〟だから!」
「……うん、了解!」

 どこか機嫌が良くなった佐々木くんは「じゃあとっておきの場所へ行こう」と、私を連れて階段を上がった。向かった先は屋上。雲一つない空の下、私たちは唯一の日陰に身を寄せ合う。

「で、話ってなに?」
「分かってるくせに……。こ、告白のことを、あんなに大きな声で言わないでって……。そういう、お願いです……」

 言ってて、自分で「勝手なこと言ってるかも」と不安になった。だんだん声がしりすぼみになっていくのが分かる。よく考えたら、告白してくれた佐々木くんに「告白は内緒にしてて」なんて。かなり失礼なお願いなんじゃないかな?

「あぁ、そういうことか。ごめんね、次からは気を付けるよ」
「……へ? いや、私の言い方が悪かったっていうか……。謝らないといけないのは、私の方なんだけど……」

「なんで?」
「だって、佐々木くんの方が告白してくれて頑張ってるのに、私が無理難題を押し付けるのは間違ってるっていうか……」

 すると佐々木くんは「そうかな?」と首を傾げた。

「無理難題をおしつけてるのは、俺じゃない?」
「え?」

「だって〝恋をしらない〟空峰さんに告白したんだよ? 高校生が解く問題を、小学生につきつけた気分だよ、俺は」
「……そう、なの?」

 つまり、何の話だっけ。こんがらがって、分からなくなっちゃった。すると佐々木くんは「だから、これから出すね」と人差し指をピンと立てた。

「出すって、何を?」
「ヒント。小学生でも、ヒントを貰えば高校生の問題が解けるかもしれないじゃん……って、この話は置いといて。

 恋をしらない空峰さんに告白しちゃった手前、申し訳なさがあるからさ。だからヒントを出すよ。空峰さんは、そのヒントを頼りに、俺に告白の返事をしてほしいな。どう、なんとなくわかった?」
「……な、なんとなくなら」

 つまり「恋ってなに?楽しいの?」って疑問を持つ私の講師役に、佐々木くんがなってくれるって事だよね。佐々木くんは恋の経験あるって言ってたし、なんだか私……恋を理解できそうな気がしてきた!

「でもヒントは三つしか出さない」
「え、三つ⁉」

「まず一つ目」
「えぇ、もう⁉」

 レアアイテムを無駄遣いしてる気がして気が引ける! でも聞き漏らすことがないように、佐々木くんの声に耳を傾けた。

「①恋とは、音が違うこと」
「お、おと……? それって何の音?」

「……」
「まさかヒント終わり⁉」

 何も喋らずニコリと笑った佐々木くんを見て、愕然とした。さっきまで「恋をしることが出来る」と自信があったけど、むしろ今は更に謎が深まった気がする。

「佐々木くんって……、やっぱり意地悪だよね?」
「俺は一言も〝優しい〟なんて言ってないけどね」

 ニッと笑った佐々木くんに、また〝いっぱい〟食わされ、しずしずと引き下がる。そして、耳を澄ませてみた。

――①恋とは、音が違うこと

 佐々木くんのヒントが答えに繋がるのは、きっと、まだまだ先のこと。だけど、身近な音をこばさないよう聞いていこう。そうすればきっと、恋のシッポくらいはつかめるはずだから――そう思って耳をすませる。すると聞こえて来た音は、

 グルル。

「盛大な、お腹の音……」
「ごめん、実は朝ごはんを食べ損ねてさ。恥ずかしいところ見られちゃった……」

 その場に座りこむ佐々木くん。立つと、私より20センチ以上も高いから、私が見降ろしているのが不思議な気分。彼は恥ずかしいのか、暑さとは違う顔の火照りを見つけてしまった。

「佐々木くんも、照れるとかあるんだね」
「わざわざ言っちゃうんだ……」

 すると佐々木くんは、更に顔を赤くした。なんだか、佐々木くんの新たな一面を見られて新鮮かも。思わず「ふふ」と笑みを漏らすと、佐々木くんから無言の視線。自分の口に蓋をするように、ポンと手で押さえた後。ポケットに入れていた飴の存在を思い出す。

「良ければ、どうぞ」
「わ、おかし! それもソーダ味だ。暑い今にピッタリだね」

 お眼鏡にかない、ホッと安堵の息をつく。そして授業が終わるまで、飴を食べながら二人で時間をつぶした。



「ねぇ詩織、何かいいことあった?」
「え?」

 昼休み、弥生ちゃんに指摘された私は、掴んでいた卵焼きをポロリと落とした。

「な、なんで?」
「んー、なんとなく? 機嫌がいいように見える。というか、スッキリした顔してるから」

「スッキリ?」
「ほら、部活を強制的に引退させられてから、いっつも難しい顔してたから」

 って、まるで私に「難がある」ように言われてるけど、強制的に引退させる学校の方がおかしいから。そりゃ不平不満も顔に出るって――と、言おうか言わまいか迷っていたところで。弥生ちゃんのスマホがブーッと、音を立てた。

「あ、彼氏だ」
「まだ続いてるの?」

 と、何気なく言った言葉だった。だって自分で「星カップル」って言ってたし、軽いノリで付き合ったように見えたから。だから〝まだ〟なんて言葉を使った、それだけだった。だけど弥生ちゃんからすると、私の発言は気に障るものだったらしい。

「その言い方、なに?」と。いつもの弥生ちゃんからは感じられないほど、ピリッと張りつめた空気が私たちを覆った。

「え、いや単純に、仲良くしてるのかなって……。そう思っただけだよ」
「……詩織さぁ、自分が恋できないからって。そういう言い方はどうかと思うよ」

「そういうって……?」
「詩織は、上から目線なんだよ。恋なんてつまらないって思ってるんでしょ。恋する人たちを、バカにしてるんじゃないの? だから彼氏から連絡が来て喜ぶ私のことも、内心は見下してるんでしょ?」

「そ、そんなことないよ……!」
「ある。じゃないと、さっきみたいなトゲのある言い方にはならないもん」

 トゲ? 私の言い方、トゲがあった? 自分では気づかなかった。だけど、いつも優しい弥生ちゃんが、ここまで怒ってるってことは……、きっと私の言い方に問題があったんだと思う。そうなんだと、思う。

「ご、ごめんね……。そんなつもりはなかったの、本当に」
「……もういいよ」

 ジュース買ってくる、と。弥生ちゃんは席を立った。すると予鈴のチャイムが鳴り、借りていた椅子の持ち主が帰って来たから、私は自分の席に戻るしかなくなった。弥生ちゃんが自販機から帰って来た時「もう自分の席に戻ってる」って、思われないかな。仕方なく戻っただけなのに……。

 だけど、私の心配は杞憂に終わった。なぜなら、弥生ちゃんは授業が始まっても戻ってこなかったから。そしてケンカをした日以来、一切、学校に姿を見せなくなった。



「……はぁ」

 弥生ちゃんが学校に来なくなって、三日が経った。何度かメールを送るも、既読にはなるけど返事はなし。きっと体調不良とかではなく「もう学校に来ない」というメッセージに違いなかった。

「友情って、あっけないものだなぁ……」

 聞けば、弥生ちゃんと付き合っている隣のクラスの男子も、ずっと学校を休んでいるという。きっと今頃、二人で平日デートを思い切り楽しんでいることだろうな。
 地球滅亡の日が近づくにつれ、生徒が一人、また一人と登校しなくなった。当たり前と言えば、当たり前だ。あと一週間くらいで死ぬことが分かっているのに、学校に来る意味はない。
それでも学校に来るのは、よほど行く所がない人か、それとも――
 よほど学校に未練がある人だけだ。

「やぁ、空峰さん」
「……佐々木くん、おはよう」

 俯く私の視界に、突然現れたのは佐々木くん。いまだ登校している数少ない生徒だ。

「いやー、めっきり生徒が少なくなったねぇ」

 今ではクラスも学年もごちゃまぜで、一つの教室に集められている。授業はしないけど教室はかすからお好きにどうぞ、という学校側の意図らしい。と言っても、教室に留まる生徒は少なく、好き放題に校内を探検している。

「俺らも、今日はどこか探検する?」
「……」

 佐々木くんは、私が弥生ちゃんとケンカしたのを何となく分かっている感じだった。相談する内容でもないし、第一、告白してくれた人に「恋愛のことで友達とケンカした」と言うのは、なんだか気が引ける。

「探検、したい」
「おッ」

 いつもは「教室でいい」と言う私の、急な方向転換を佐々木くんは喜んでいるみたいだった。ガタッと勢いよく席を立って、私の手を引っ張る。

「じゃあ行こう!」
「ま、待って。そんなに慌てなくても」

 すると先頭を進む佐々木くんがピタリと止まる。そして「慌ててるんじゃないよ」と。私がいる後ろを振り返る。

「初めて空峰さんとデート出来るって思ったら、嬉しくかったんだよ」
「デ、デート……⁉」

 ボボンと、あからさまに顔を赤くした私に、佐々木くんの口角がクッと上を向く。ニヤニヤがこらえきれない、みたいな顔だ。

「言っておくけど俺、チャンスは無駄にしない主義だから。いくら空峰さんが悩んでいようが、目の前に両手を空けてる空峰さんがいたら、俺は迷わずその手を取るよ」
「佐々木くん……」

 言い終わってすぐ、ぎゅッと手を握った佐々木くん。その手が温かくて……直に伝わる体温に心が揺れる。

「なんか、安心するかも……」
「それは良かった」

 なら、このままで――と佐々木くんが言って、校内探検がスタートする。と言っても、三年間通い続けた学校だから、今さら探検したって面白みはない。入学したての新入生ならともかく……。

「あ、今〝つまんない〟って顔してる」
「う」

 ギクッ。
 気づいてたの、佐々木くん……。

「無言は肯定ととる、ってね。
 今さ、俺は空峰さんの顔が見えない。だから探検に暇してるなら、話してみたら? 自分の気持ち」
「え……」

 佐々木くんの提案に、また心が揺れる。
「佐々木くんに相談する内容ではない」と頭では分かっていながら、他に誰とも話さないから、胸の奥でずっとわだかまりが残ってて。誰かに話すことで、このわだかまりはなくなるんじゃないかって、そう思ってたから。

「佐々木くんにとって、面白い話じゃないかも……」
「まさか、俺をめぐって恋のバトル?」

「それは……、違うけど」
「なら大丈夫だよ。気にせず話してみなよ。時間はたっぷりあるんだし」

 グラウンドにある時計を見ると、時間は九時をさしていた。確かに、時間はたっぷりある。意を決して、口を開いた。

「あのね、友達の弥生ちゃんに彼氏が出来てね。弥生ちゃん、自分で言ってたの。星カップル爆誕だ、って」
「うん」

「星カップルの語源は〝すぐ別れるのが特徴〟って聞いたから、この前、言っちゃったの。まだ続いてるの?――って。そうしたら、恋をバカにしてるって、そう言われちゃった。恋をしてる私のことも見下してるんでしょ、って」
「……そっか」

 思い出したら、悲しくなってきて。なんで、あんな言い方しか出来なかったんだろうって……、自分を責めた。もっと良い言い方があったはずだし、恋をしらないにしても、それなりの気遣いも出来たはずなのに。

「弥生ちゃんを傷つけた。私って、恋において本当にダメだなぁ……」
「それで落ち込んでたの?」

 頷くと「そっか」と、佐々木くんも同じく頷いた。歩くのはいったん中断なのか、見晴らしのいい三階の窓から、グラウンドを眺める。何人かがサッカーを行っていて、ボールを目で追いながら話しを続けた。

「空峰さんはさ、後悔してる?」
「してる、めっちゃしてる……」

「その後悔を抱いたまま死んで、成仏できそう?」
「え」

 質問にビックリするも、頭を横に振る。

「成仏できない。未練がありすぎて、この学校でずっと弥生ちゃんを探しちゃうと思う」
「なら、それが答えじゃない?」

 私のホラーな回答にも驚かず、佐々木くんはグラウンドを見たまま笑った。

「俺たち、死ぬまであと一週間しかないんだ。限られた余命の中で、人生の後悔がないよう行動していくのは、何よりも尊いことじゃないかな?」
「佐々木くん……」

 私たちは、あと一週間しか生きられない。だけど裏を返せば、あと一週間も生きられる。一週間もあるなら、弥生ちゃんに謝る事だって出来るはずだ。

「ほら、行きなよ」

 ぽんッと、佐々木くんが私の背中を押した。その先には、下駄箱に続く階段が見えている。

「空峰さんが立ち止まるなら、いつでも俺が背中を押してあげる。だから、自分なりの答えを見つけておいで。どうせできない、なんて思っちゃだめだよ。だって、」
「当たり前を当たり前と思わないのが、私のいいところだもんね……?」

 潤んだ瞳を、佐々木くんに向ける。すると彼は、滲む視界の中でも確かに頷いてくれた。

「そうだよ、俺が好きになった空峰さんなんだから、自信を持って。出来ないことなんて無いんだからね」
「ふふ、なにそれ。でも、ありがとう」

「じゃあ」と、スリッパの角度を変える。目指すは、階段。

「あ、ちょっと待って。これ」

 差し出されたのは、スマホ。それには、佐々木くんの連絡先だろうQRコードが表示されていた。

「もしも途中で挫けそうになったら、いつでも電話して。何度だって背中を押してあげるから」
「佐々木くん、うん。ありがとう!」

 コードを読みとり、今度こそ階段を下りる。まだ九時なのに学校を抜けるなんて。前の私なら、きっとしなかったと思う。だけど、佐々木くんがいてくれたから。私の背中を、押してくれたから。

「佐々木くん……」

 ありがとう、の意味を込めて、連絡先を受け取った自身のスマホをギュッと握る。すると心臓が、ドクドクと音を立てて唸っていた。これから弥生ちゃんに会うから緊張してる? それとも走ったから心臓がビックリした?
 いっこうに鳴りやまない心臓を時折さすりながら、私は弥生ちゃんの連絡先を表示した。
 そして――

 プルル

「もしもし弥生ちゃん、今どこにいる? その……会いたいの。弥生ちゃんに、すっごく会いたい!」

 こんなことを私が言うなんて思わなかったのか、電話越しで弥生ちゃんが唾を呑み込む音が聞こえた。だけど、数秒後には「私も」と。震える声で返事をしてくれた。


――そして、弥生ちゃんの家に突撃した私は、弥生ちゃんに土下座をする勢いで謝った。すると弥生ちゃんの方も私に謝って来て、一気に謝罪合戦と化した。

「無神経な言葉を使った私が悪いんだから、私に謝らさせて!」
「恋に浮かれて、あんなヒドイことを言った私が悪いんだから、謝るのは私!」

「私だよ、わーたーし!」
「詩織じゃなくて、私!」

 なんて。収集つかない事態になってしまって。高校三年生になってまで、なに子供じみたケンカしてるんだって、一周回っておかしくて、大きな口を開けて二人で笑った。

「じゃあ、せーので謝ろうか」
「それ、いいね」

 そして、二人分の「ごめんなさい」は確かに互いの胸に届いた。その後ハグをして、会えなかった分の寂しさを埋めるように、二人でお菓子を食べたり女子トークをしたりと、かけがえのない時間をたっぷり過ごす。

「明日は、学校に行くから」
「……うんッ」

 そう約束をし、弥生ちゃんの家を後にする。長居をしてしまったらしく、外は真っ暗。星たちが、晴れやかな表情を浮かべる私をキラキラと覗いている。
 その瞬きの中に、佐々木くんの姿を思い出す。誰もいない三階で、私の背中を押してくれた、私の――

「私の……ん? その続きは、なんだろう」

 私の友達?
 私の恩人?
 私の相談役?
 私の……――

 そう考えていた時、スマホがブブと鳴る。見ると電話で、なんと発信元は佐々木くん。急いで通話ボタンを押すと「あ」と、聞きたかった声が聞こえた。

『良かった、電話に出てくれた。どうだったかなって、気になってさ』
「佐々木くん……」

 私、今、無性にこの声を聞きたかった気がする。でも、なんでだろう、なんでかな。分からないけど、今、この瞬間。佐々木くんの声を聞けて、嬉しく思う私がいる。

「あのね、佐々木くん……ありがとう。弥生ちゃんと、仲直りできたよ」
『そっか。それは良かった。頑張ったね』

「え……? 私が、がんばった?」
『空峰さんが頑張ったから、二人の友情は戻ったって。俺はそう思うよ』

 背中を押してくれたのは、確かに佐々木くんなのに。どうして、そんな風に言うんだろう。どうして、そんな優しい言葉をかけてくれるんだろう。

「佐々木くんの言葉って、不思議だね」
『どうして?』

「自分ひとりの力じゃないのに、できたんだっていう達成感がすごいの。頑張れたんだって、前よりも先に勧めたんだって――自分が強くなれた気がして嬉しいの」
『そっか。じゃあ、あの課題もクリアできそうかな?』

 佐々木くんの声のトーンが変わった。
 っていうか、あの課題って……。

『恋を知って告白の返事をするっていう課題。急だけど、二つ目のヒントを言っちゃおうかな』
「えぇ、今⁉ ちょ、ちょっと待って佐々木くん!」

 深呼吸をして、佐々木くんの声に集中する。

『じゃあヒント二つ目。
 ②恋とは、順番ができること』
「順番……?」

 順番って、順番? 恋の……順番?
 黙っていると「分からないって顔してる?」と、見事に当てられた。う、その通り……。

「ごめん佐々木くん、実は①のヒントの意味も、まだつかめてなくて」
『ヒント一つで答えが出ちゃったら、それはそれで味気ないからさ。どうせならヒント三つ目まで聞いてから、答えをだしてほしいけどね』

 電話越しにクツクツ笑う佐々木くんの声が、妙に楽しそうで。佐々木くんはやっぱり意地悪だなぁって、そう思ったら私の口角も無意識に上がっていた。

『じゃあ、また明日。おやすみ』
「あ、今日はありがとう、おやすみ」

 ピッと、通話を切る。すると、たちまち静かな世界が帰ってきた。

「②恋とは、順番ができること……かぁ」

 頭の中、ヒントがグルグル回っている。そして、同じくらい佐々木くんの顔もグルグル……あれ? なんで頭の中に、佐々木くんがいるんだろう。それに、心臓が妙にドキドキ鳴ってるのは……気のせいかな?

「お母さんに迎えにきてもらおうかと思ったけど、歩いて帰ろう」

 自分の顔が赤い気がして、手でパタパタ扇いでみる。だけど頭の中をヒントと佐々木くんがグルグル回る度、不思議と体温が上がっている気がした。



 それから数日が過ぎ、一か月前からだんだんと減ってきていた生徒数は、不思議なことに、だんだんと数を取り戻してきた。一人、また一人と空いた席が埋まっていく。静かだった教室は賑やかになり、廊下には、生徒の談笑が響いている。
 廊下を歩く音、移動教室での話し声。トイレの外にて友達を待つ女子、ただ廊下で風にあたっている男子。一度なくなって、初めて実感する。学校とは、こんなに色んな音に溢れていたのだと。

「おはよー、空峰さん」
「佐々木くんっ、おはよう」

 佐々木くんを見て、小さな音でドキッと鳴る私の心臓。

「ビックリした、前から声をかけてよ」
「その驚いた顔が見たくてね、つい後ろから声を掛けちゃうんだよ」

 今日も今日とて意地悪な佐々木くんは、前よりももっと私に話かけてくれるようになった。それは、たぶん。黒板の右端に書かれている、あの文字が原因。

【 地球滅亡まで、あと三日 】

 そう。ついに、三日後に地球は滅亡する。こんなに賑やかな光景を目の前にしていると、にわかには信じがたいけど。
 だけど、日を追うごとに不安が増している。だからこそ、皆も安心を求めるように学校へ集まるのだろう。今までの日常こそが小さな幸せで溢れていたと、そのことに気付いたから。

「佐々木くん、なに持ってるの?」
「これ? 例の掲示板だよ。張り替えてるんだ」

 係でも、委員会でもないのに自分で掲示物を作り、自分で張り替えてるのだから、佐々木くんって本当に優しいというか律儀というか。
 張り替えると簡単に言うけど、学校中の掲示板を目指して練り歩くわけだから、三十部の掲示物がはける頃には歩き疲れる。この前の私がそうだった。だというのに、そんな苦労は「苦労」と思っていないらしく、佐々木くんは三日間しか目に触れない掲示物を、今日も全て張り替えるらしい。

「て、手伝い、ます……」
「乗り気じゃないのに? でもありがとう、助かるよ」

 ヒヒヒと悪そうな笑みを浮かべて「じゃあ放課後」と、手を振る佐々木くん。その後ろ姿を見ていると、弥生ちゃんが「おはよー」と教室に入って来た。そして目ざとく、佐々木くんを見つめる私を発見する。

「おや? おやおや、まあまあ」
「や、ちがう。違うから……!」

 弥生ちゃんには、佐々木くんのことを話している。告白してくれた、って。
 聞いた時、弥生ちゃんは「えー!」って驚いていた。それはそれは、目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いていた。「詩織にも春が!」と言ってくれたけど……、まだ私は解けていない。春が来るのは、まだ先で。雪が溶けるのさえも、まだまだ先の模様。

 恋ってなに?
 恋って楽しい?

 って。佐々木くんから与えられた課題を、全然クリア出来ていない。必然的に、佐々木くんへの返事も保留のままだ。

「にしても、もう三日目には死んじゃうんだから、そろそろハッキリしないと。佐々木くん、かわいそうだよ?」
「うん……。本当に、そうだよね」

 二人で掲示物を張り替える、今日が勝負だ。静かな闘志を燃やす私を見て、弥生ちゃんは首をひねった。

「ぶっちゃけさ、今どのくらい〝恋〟を理解してる?」
「え……、っと。少しくらいは……?」

「……その言い方、全く理解していないとみた」
「えぇ! 採点が厳しい……」

 未だに解ける気がしない。でも、やってみせる。だって佐々木くんが出してくれたヒントは、恋のカケラそのもの。だから私は、それを集めてパズルのように組み替える。そうしたらきっと、正しい恋の形が見つかるはずだから――