「え、海老名何それ。」
「え、花丸だけど。」
「いやそれは見れば分かんだけど、なんで?」
キョトン、とした顔で友人が俺の方を見る。が、気にせずにチョークを掴む。
今日は卒業式の日だ。俺の、卒業式の日。春から県外の大学に進学することが決まっていて、かなりバタバタした日々を過ごしていた。期待と、不安と、寂しさと、色々な感情が入り混じっていて、でもこの気持ちはとてもかけがえのないものなんだろうな、なんて思ったりもししていた。
卒業式は無事終わり、この後クラスでの懇親会がある。会場に向かう前に、地学室に寄った俺は、黒板に大きく花丸を書いた。
自分よりも小さな手のひらと、体温と、マジックのインクの匂いが蘇って、危ない、うっかり泣きそうになって大きく深呼吸をする。泣かないぞ俺は。だからもう子ども扱いすんなよな。
「ていうかここの教室、勝手に入っていいの?」
「いいんだよ、俺、地学部だから。」
「ふーん。あ、やべ、懇親会遅れから行こうぜ。」
「ほんとだ。」
慌ててカバンを掴んで、友人と地学室を出た。ガラガラ、と何度も開けたドアを閉める。『よ、海老名。』何度も聞いたその声が聞こえてきそうだ。
黒板の大きな花丸はそのままだ。駆けだした拍子に、カバンの中で、チリンと小さながした。
どうか、生きてるだけで、花丸を。
精一杯生きたあなたへも、はなまるを。