「やっほー。」
「よう。」
今日も今日とて、地学室で数学の課題をやっていた私に声がかかる。海老名は机の上に鞄を放り投げて、私のノートを覗き込む。
「・・・全然分かんない。」
「これ2年生の範囲だけど。」
「え、まじ?」
「まじ。」
はあ、と深くため息をついて、彼は私の前に何かを置く。それはクシャクシャになった紙で、何だよゴミかよなんて思いながら一応広げてみれば、進路希望の紙だった。右上には、彼の名前。
「いやなんでこんなにクシャクシャなのよ。」
「カバンの奥深くに眠ってた。」
「なるほど、期限は?」
「昨日。」
「アホ海老名。」
「だって俺、将来の事なんてまだ全然分かんねえもん!!」
あー!と大きな声を出して彼は頭を抱える。まだ2年生なんだから適当に書いてとりあえず出せばいいのに。彼の真面目な部分が見えて少し笑ってしまう。
「先輩は?もう進路決まってるの?」
「・・・まあね。」
「やっぱ大学進学?」
「秘密。」
「え、なんで?」
そこ別に秘密にすることじゃなくない?なんてド正論をかましてきたけど、うるせえ、と一蹴すれば海老名はケラケラと笑う。先輩頭いいもんね、何でも選べるか、なんて彼は言って一つ欠伸をした。
「別に頭良くないよ。」
「いやいや。理系の1コースでしょ。頭いいじゃん。」
「それはたまたま。」
「え~またまた~。」
私の通っている高校はいわゆるマンモス校で、1学年だけで10クラスある。2年生の後期から大学進学や専門学校、就職など将来の希望によってコース分けがされ、その中でも理系の1コース(1組と同じ意味)が一番頭がいいなんて言われている。が、そんなことは無いと思っている。そもそも目指す進路でクラス分けをしているんだから、学力順に並べている訳じゃないんだから、ねえ。
「コース分けの希望も出さなきゃ。ああもう、絶望・・・。」
「ええ、そんなに?」
「俺こういうのほんとにイヤ、将来の事なんてまだ考えたくない。」
彼は不貞腐れて口を尖らしていた、小学生か。学校の規模が大きいため校内で海老名とばったり会う、なんて事は今まで一回もない。だから彼がクラスでどんな様子かなんて全く知らないし、学力がどうかなんてわからないけど、今真剣に進路に悩んでいることだけは分かった。
「海老名、それ貸して。」
「へ?」
「いいから。」
戸惑った顔をしながらも、彼は手に持っていたクシャクシャの進路希望調査票を渡してくれる。それを手で丁寧に伸ばして、紙の右上に、赤ペンで大きく、円を描いた。
「はい、花丸。」
そう言って彼に髪を手渡せば、なんだかポカーンとした顔で私を見る。
「どんな進路を書いても、まあ迷いすぎて書けなくても、大丈夫。ほら、花丸だから。」
「・・・先輩。」
「ん?」
「これ、先生に提出するやつなんだけど。」
「いいじゃん別に、落書きすんなって怒られろ。」
「ええ、冤罪!」
海老名は笑ってからもう一度紙を見つめて、なんだか少し照れたように笑う。
「これで喜んじゃうなんて、なんか俺子供みたい。」
「あ、喜んでるんだ。」
「・・・今の、無しで。」
「おいおい、可愛いなあ海老名は~~。」
おどけて彼を小突けば、不服そうに口を尖らせた。
でもその耳は赤くなっていて、なんだか私も少し照れてしまった、これは内緒だ。
その後、さっきまでクシャクシャだったはずの紙をやたら丁寧に折りたたんで鞄にしまったから、思わずまた笑ってしまえば睨まれた、ごめんごめん。
「あ、そうだ。先輩のクラス、文化祭なにやんの?」
「確か、喫茶店?」
「確かって何、自分のクラスでしょ。」
トランプをきりながら、あー、と少し返答に詰まる。
「私、文化祭出れないんだよね。」
「え!?!?そうなの!?」
「そんなに驚く?」
トランプを赤と黒で分けて配る。まずはスピードの対決だ。配られたトランプを揃えながら、海老名は私の言葉にまるでムンクの叫びのような表情をした。
「だって先輩、最後の文化祭じゃん。」
「ああ、まあ、確かに。」
私達が通う高校では、毎年6月下旬に文化祭が行われる。人数が多い分文化祭の規模も大きく、前夜祭後夜祭合わせて4日間開催される一大イベントだ。催し物は各クラスごとに準備されていて、その他部活動など有志での出店も可能だ。
「え、前夜祭も後夜祭も全部出れないの?」
「うん、出れないね。」
「えー、先輩にお化け屋敷来てほしかったのに。」
「海老名のクラスお化け屋敷やるんだ。」
「そう。見て欲しかったのになあ、俺の渾身のぬりかべ。」
「なんだよその何とも言えないチョイス。絶対怖くないだろ。」
自分の手札を並べながら海老名をチラリとみれば、何故だか彼は眉毛をハの字に下げていて、そっかあ、と小さくため息をこぼす。
「先輩、最後の文化祭なのになあ。」
「なんでアンタが落ち込んでんだよ。」
まるで自分の事のように残念がる彼の姿に、また笑ってしまう。最後の、か。その言葉が意外と自分の心にも響いてしまって、慌てて大きく息を吐いた。
ちなみにスピードは私の圧勝だった。これで33勝目。
「よう。」
今日も今日とて、地学室で数学の課題をやっていた私に声がかかる。海老名は机の上に鞄を放り投げて、私のノートを覗き込む。
「・・・全然分かんない。」
「これ2年生の範囲だけど。」
「え、まじ?」
「まじ。」
はあ、と深くため息をついて、彼は私の前に何かを置く。それはクシャクシャになった紙で、何だよゴミかよなんて思いながら一応広げてみれば、進路希望の紙だった。右上には、彼の名前。
「いやなんでこんなにクシャクシャなのよ。」
「カバンの奥深くに眠ってた。」
「なるほど、期限は?」
「昨日。」
「アホ海老名。」
「だって俺、将来の事なんてまだ全然分かんねえもん!!」
あー!と大きな声を出して彼は頭を抱える。まだ2年生なんだから適当に書いてとりあえず出せばいいのに。彼の真面目な部分が見えて少し笑ってしまう。
「先輩は?もう進路決まってるの?」
「・・・まあね。」
「やっぱ大学進学?」
「秘密。」
「え、なんで?」
そこ別に秘密にすることじゃなくない?なんてド正論をかましてきたけど、うるせえ、と一蹴すれば海老名はケラケラと笑う。先輩頭いいもんね、何でも選べるか、なんて彼は言って一つ欠伸をした。
「別に頭良くないよ。」
「いやいや。理系の1コースでしょ。頭いいじゃん。」
「それはたまたま。」
「え~またまた~。」
私の通っている高校はいわゆるマンモス校で、1学年だけで10クラスある。2年生の後期から大学進学や専門学校、就職など将来の希望によってコース分けがされ、その中でも理系の1コース(1組と同じ意味)が一番頭がいいなんて言われている。が、そんなことは無いと思っている。そもそも目指す進路でクラス分けをしているんだから、学力順に並べている訳じゃないんだから、ねえ。
「コース分けの希望も出さなきゃ。ああもう、絶望・・・。」
「ええ、そんなに?」
「俺こういうのほんとにイヤ、将来の事なんてまだ考えたくない。」
彼は不貞腐れて口を尖らしていた、小学生か。学校の規模が大きいため校内で海老名とばったり会う、なんて事は今まで一回もない。だから彼がクラスでどんな様子かなんて全く知らないし、学力がどうかなんてわからないけど、今真剣に進路に悩んでいることだけは分かった。
「海老名、それ貸して。」
「へ?」
「いいから。」
戸惑った顔をしながらも、彼は手に持っていたクシャクシャの進路希望調査票を渡してくれる。それを手で丁寧に伸ばして、紙の右上に、赤ペンで大きく、円を描いた。
「はい、花丸。」
そう言って彼に髪を手渡せば、なんだかポカーンとした顔で私を見る。
「どんな進路を書いても、まあ迷いすぎて書けなくても、大丈夫。ほら、花丸だから。」
「・・・先輩。」
「ん?」
「これ、先生に提出するやつなんだけど。」
「いいじゃん別に、落書きすんなって怒られろ。」
「ええ、冤罪!」
海老名は笑ってからもう一度紙を見つめて、なんだか少し照れたように笑う。
「これで喜んじゃうなんて、なんか俺子供みたい。」
「あ、喜んでるんだ。」
「・・・今の、無しで。」
「おいおい、可愛いなあ海老名は~~。」
おどけて彼を小突けば、不服そうに口を尖らせた。
でもその耳は赤くなっていて、なんだか私も少し照れてしまった、これは内緒だ。
その後、さっきまでクシャクシャだったはずの紙をやたら丁寧に折りたたんで鞄にしまったから、思わずまた笑ってしまえば睨まれた、ごめんごめん。
「あ、そうだ。先輩のクラス、文化祭なにやんの?」
「確か、喫茶店?」
「確かって何、自分のクラスでしょ。」
トランプをきりながら、あー、と少し返答に詰まる。
「私、文化祭出れないんだよね。」
「え!?!?そうなの!?」
「そんなに驚く?」
トランプを赤と黒で分けて配る。まずはスピードの対決だ。配られたトランプを揃えながら、海老名は私の言葉にまるでムンクの叫びのような表情をした。
「だって先輩、最後の文化祭じゃん。」
「ああ、まあ、確かに。」
私達が通う高校では、毎年6月下旬に文化祭が行われる。人数が多い分文化祭の規模も大きく、前夜祭後夜祭合わせて4日間開催される一大イベントだ。催し物は各クラスごとに準備されていて、その他部活動など有志での出店も可能だ。
「え、前夜祭も後夜祭も全部出れないの?」
「うん、出れないね。」
「えー、先輩にお化け屋敷来てほしかったのに。」
「海老名のクラスお化け屋敷やるんだ。」
「そう。見て欲しかったのになあ、俺の渾身のぬりかべ。」
「なんだよその何とも言えないチョイス。絶対怖くないだろ。」
自分の手札を並べながら海老名をチラリとみれば、何故だか彼は眉毛をハの字に下げていて、そっかあ、と小さくため息をこぼす。
「先輩、最後の文化祭なのになあ。」
「なんでアンタが落ち込んでんだよ。」
まるで自分の事のように残念がる彼の姿に、また笑ってしまう。最後の、か。その言葉が意外と自分の心にも響いてしまって、慌てて大きく息を吐いた。
ちなみにスピードは私の圧勝だった。これで33勝目。