「疾風先輩もさー大切な大会の前に怪我するなよな。本当迷惑」
「サッカー部大損害だよな」
「まあ、疾風先輩が悪いわけじゃないから責めれないけど」
「親友の先輩庇わなくてもいいのに。確か親友の先輩ってベンチだろ」
「熱い友情で大迷惑、ってやつ。エゴエゴ」
「でも優しい先輩だから責められなくてみんな悶々(もんもん)

 疾風の視界からさらに逸れるように隠れた私。
 固まった疾風は青ざめながら、静かに泣きそうな顔でその場を立ち去っていった。
 疾風は悪くない。
 だからこそ、みんな心のもやもやが溜まりに溜まって、ギクシャクしてしまうのかもしれない。
 どこにもぶつけれない不満は、溜まれば溜まるほど不安定な爆弾になっていくのかもしれなかった。

「ただいま、あ、疾風……」
「明日花。おかえり。どうしたの? 顔が引きつってるけど」
「なんでも、ない。は、疾風こそ」
「俺こそなんでもないんだけど」
「そっか! ごめん気にしないで!」
「? うん、わかったよ。明日花」

 保健室に帰ると、疾風が何もなかったように文庫本を読んでいた。
だけれど。
 そのページが動くことはなく、放課後になるまで(うつ)ろな顔で疾風は文庫本を見つめていた。
 帰っていく時も疾風はみんなに挨拶すらせずに、さっさと保健室を出て行ってしまった。
 私たちの中では疾風はいつだって優しいお兄さんだけれど。

 彼にだって、悩みも闇だって人並みに、いや人並み以上にあるのだ。
 保健室で笑顔を振りまく疾風の泣きそうな後ろ姿を見つめながら、私は小さくため息をつくのをやめて笑顔を浮かべた。