「はぁ」

 疾風に聞こえないように小さくため息。
 やっぱ、疾風ってすごく美形だなぁ。可憐ちゃんと並べばお姫様と王子様みたいだ。
 しばらくして保健室が見えて、私が目配せする。
 と、疾風も意味を理解して、私をおろしてくれた。

「ありがと、疾風」

 恥ずかしすぎて私は疾風の顔を見上げられない。羞恥心から胸がキュウウンと締め付けられるように痛んだ。

「ううん、別に。俺も昔はそうなったから」
「そんな時どうしたの?」
「自力で逃げた」

 一瞬怖い顔をした後、苦笑いをする疾風。

「元のクラスメイトが寄ってきて心配してくれる分、困って。そこを先生に引っ張られたり、情けなくて吐き気がしたよ」
「疾風……」

 苦虫を噛み潰したような顔をして疾風は言った。
 疾風もきっと色々苦労したんだなぁ。そしてすぐ表情を作り替えて、疾風は笑顔になる。

「さて。みんなも待たせてるし保健室に入ろうぜ」
「あ、うん」

 そうだ。保健室に行けば、私たちは、笑顔になれる。
 怖―い他の生徒もいない、敵なんかいるはずもない。保健室の先生が守ってくれる。仲間が守ってくれる。
 怖いものなんか、侵入できない魔法の空間。
 窓から見える体育中の楽しげに走り回る生徒を見ると、スッと現実に返されたりするけれど。
 それはそれ。
 私とは関係ない。疾風は特に、窓の近くに近づかないけれど。
 
 私も、本当はあの中にいて。
 保健室の実態を知らないまま、卒業出来たかもしれない。
 そんなことを考えた時期も私はあったけれど……考えるだけそれは無駄だとわかったから。
 クラスにあるカーストやグループすらない平等なこの小さな世界は、私にとってはとても心地よい。楽。快適。