教室に行けなくなった私たちが再び歩き出すまで



 いらない経験なんか、ないと思いたい。そりゃ忘れたい記憶や傷は絶対にある。人によってはそれはもう思い出したくもないだろう。
 それでも私はその痛みをバネにして優しさに変えていきたい。同じ痛みじゃなくても、理解して癒してあげたい。

「あ、もうチャイムが鳴ってるじゃん。広瀬先生。なんか校門が騒がしいけれど」

 疾風だ、疾風が迎えに来たに違いない。ちょっと時間厳守しすぎじゃない? まったくもう。はやる気持ちはわかるけれど。

「じゃあ、今日はこれまで、お疲れ様でした」
「やったー! これで帰ってゲームができる」

 男子生徒が飛び上がりそうなぐらいはしゃいで言った。そういえばこの子ゲーマーだっけ。

「ゲームはほどほどにね。勉強もちゃんとやるように」
「もちろん! 頭良くないとゲーム作りに関わるしな! 絶対俺大作作る気だから! 超名作作るから!! だって俺、ゲーム開発者になって神楽坂稔にキャラデザしてもらうんだ。あの人すごい神だと思う。絵が超うまくて絵画に負けない精密さだし!! すげぇよ!!」

 興奮気味に話す男子生徒の目はキラキラと輝いていた。
 この前。稔の話をこの子にしたら、泣きそうなぐらい感激してたんだよねえ。懐かしいなあ。あの後どんどん稔は有名漫画家になって、大ヒット作も連発して大活躍中だ。ちょい役で私たちも漫画に出させてもらって嬉しかったなあ。なんて粋(いき)な事をするのだろう。

「頑張ってね! 先生楽しみにしてる!」
「おう! じゃあな!」

 嬉しそうに男子生徒は去っていた。
 カバンには稔の漫画のグッズがジャラジャラついている。

「さようなら」

 男子生徒を送り出し、またため息をつく。
 ああ。
 なんてやりがいのある仕事だろう。
 たまに難しい事もあるけれど、すごい達成感を感じる仕事だ。
 頑張って資格を取っただけはある。
 保健室の先生に無事になれてよかった。頑張った甲斐がある。