一瞬、私を助けてくれた疾風を思い出す。あの時、疾風が助けてくれなかったら。見て見ぬふりをされていたら。
 そしたら、私は、絶対今よりつらい立場に堕(お)ちていただろう。
 きっとあの時疾風は悩まなかったのかもしれない。疾風はそういうまっすぐな正義感のある性格だから。

 だけれど私は、普通の女の子だから。
 そんな強いカッコいい勇気は持ち合わせてはいない。
 今だって教室に入るタイミングを図りながら、怯えている。

「やめてよーやめてよー!」
「お前が生きているのが悪いんだよ。いるだけで不愉快な存在は、排除しないと。それが正義のルールなんだからな! オレは悪くない。樋口の存在が悪いんだ」

 そうだそうだと周りがはやしたてる。

「消えろよ! お前がいなければそれで済む問題なんだから、ほら! 帰りますって言えよ! もう来るんじゃねぇよ学校に!!」
大きく口を開けて唾を飛ばしながらいじめっ子は叫んだ。汚い。
「嫌だ! ボクには夢があるんだ。しっかり学校に通って進学して、大好きなお姉ちゃんを養うんだって」
「知るかよ! ウゼェんだよ。お姉ちゃんがどうだか知らねぇ。お前に夢があるか興味ねぇ。ただただオレらはお前の存在自体が不愉快なんだよ」
「ボクだってちゃんと学校へ行く権利があるんだから、そんな意地悪なわがまま聞き入れないよ!」
「はあ!? 生意気な!!」
「生意気でいい。怖くても、辛くてもボクはお姉ちゃんを守る男の子になりたいから」
「あああああああああ!! ウッゼェ!!」

 いじめっ子がヒステリーを起こして叫んだ。耳が痛い。
 キンキンうわずった声が不愉快で頭が痛くなる。
 さすがに見ていてイライラしてきた。この教室、腐っている。
 でも、ここが私のクラスだ。
 戻るべき場所だ。
 クラス替えはないし、引っ越しして逃げるわけにもいかない。
 行かなくちゃ。可憐ちゃんがくれた元気のあるうちに、行かなくちゃ。
 両手で顔を叩きたい衝動を抑えて、私は深呼吸する。
 はあ。頑張ろう、私はやれる。
 そう思った時だ。