「透子ちゃん、大好き!」

 学校の屋上で彼女の可愛らしい声だけが私の耳に届いた。

 その『大好き』が私の好きとは意味が違うことを知っている。
 そのことを彼女は知らなくていい。
 知らない方がいい。
 そうに決まっている。
 ずっとそんな風に思っていた。

 彼女には私の汚い部分なんて知らないで、綺麗なままでいて欲しかった。

「私も好きだよ、茜ちゃん」

 空に身体を託す瞬間、彼女は私の唇と彼女のそれを重ねた。

 2人の好きの意味が違うと私が知っていることを、彼女が知っていることを、私は知っている。

 それでも自分の欲望の為に何度も私に語りかけてきた。
 そういうところがとても可愛い。

「ねぇ」
「なぁに?」
「愛してる。愛だよ、茜ちゃんは」
「ふふっ。私も透子ちゃんだけを愛してる」

 そう、私達は愛し合っている。

 それが恋愛だろうが友愛だろうが偏愛だろうがこの際どうだっていい。

 愛し合ってさえいればそれだけで心が満たされる。

 日の出が目に染みるのか、それとも彼女の温かさに触れているからなのか、涙が溢れてくる。

 私の黒髪と彼女の茶髪が混ざり合って不安定な線を描く。

 これから私達は、2人だけの幸せな世界へと旅立つ。


   ◇


 人にはそれぞれ色と水が与えられている。

 人を自身の色で染めあげ、自身もまた人の色に染まる。

 ほら、少女漫画にも偶に「俺色に染め上げてやる」とか言う人が出てきたりするでしょう?
 つまりはそういうこと。
 そう考えると今までの全ての出来事に合点がいった。

 私の色は薄いのだ。

 だから初めのうちはよく馴染んでいてもいつの間にか他の色に染まって私から離れていく。
 保育園、小学校、中学校でその一連の流れを繰り返してきたのだから分かる。

 私を1番大事だと思ってくれる人など、この先もきっと現れない。
 それを認めるのが何よりも怖くて、私の水は無色のまま。

 高校に入学した今だって既にそうだ。
 学級委員長となった私はその地位を確立し、誰とも満遍なく話ができる。
 学校で一人で行動することにはならないけれど、それ以外で遊びに誘われたりすることだってない。
 名前よりも「委員長」と呼ばれることの方が多い。
 そういうあだ名みたいだ。

 このまま特に代わり映えしない3年間が待っていると思っていたが、そんな私に転機が訪れた。
 きっかけは些細なもので、学級委員長として不登校のクラスメイトに届ける、ただそれだけのこと。
 そこで私は出会ったのだ。
 最愛となる人に。

 彼女はすぐに何かに依存してしまうらしく、それが理由で不登校になったという。
 会話を何となく重ねていくうちに、彼女が段々と私に依存していくのに気づいていた。
 それを無視し、私は彼女の家へと通い続けた。

 毎日毎日他愛のない話をして自身の色を分け与えていく。
 意外なことに彼女の水は全く濁っていなかった。
 何か一つに全てを委ねるのが怖かったらしい。
 私と同じだった。

 互いの色に染まるにつれ私達の気持ちは食い違っていき、ふとした瞬間にされたキスでそれが明確になった。
 それでも私に彼女と離れるという選択肢は存在したかった。

 そんなある日、彼女は私といる時間がもっと欲しいからと、「学校に行きたい」と言い出しのだ。
「・・・うん、分かった」と無理やり言葉を絞り出した。

 怖かったのだ。
 彼女が私以外と関わることが。
 また私から離れていくかもしれない。

 もちろん彼女が他の人と同じだとは思わない。だからといって不安が消えるわけじゃない。
 彼女が私をどう思っていようが、私にとって彼女が最初で最期の友達だということに変わりはない。

 なるべく人に会わないようにと運動部が朝練を始める時間帯に彼女を学校へと連れ出した。
 立ち入り禁止の屋上に忍び込んで2人並んで日の出を見る。
 これだけを切り取れば掛け替えのない青春の1ページだ。
 空気は澄んでいるというのに、私の心のもやもやは浄化されない。

「ねぇ、私と心中しない?」

 気づけばそんな提案をしていた。

「いいよ」

 彼女はいつもの調子でそれに応えた。

「・・・いいの?」

 本気なのかと恐る恐る聞き返した。

「うん。きっと今が一番幸せだから」

 この時の彼女の顔は恍惚としていて、身体が甘く痺れた。
 彼女も私達にいずれ限界が来ると気づいていたのかな。

 もう何でもいいや。

 彼女さえいれば、それで。


   ◆


 落ちる、





























 墜ちる、




































 隕ちる、



























































 堕ちる、



















































 零ちる、
































































 おちていく・・・・・・。



























































 ぐしゃっと音がして、





 私達は地面に溶けた。