望月ノエルの恋を見守り始めて、早くも一週間が経った。正直進展がなさすぎてつまらない。
 ヒトヤは隣のクラスだから選択授業だの合同授業だのでもない限り、同じ空間に留まることすらないのだ。
 基本遠くから眺めるとすれ違う以外の接点がないものだから、状況が全く動かない。

「……いや、せめてもうちょい何かさ……見守ってて楽しい感じのないわけ?」

 手を出さずに楽に失恋を見守れると思ったのに、そもそも一ミリも変わらず現状維持なのだ。
 ヒトヤに恋人が出来るだとか、いっそ告白してフラれるだとか、何かしらないとノエルは失恋なんてせずに、ずっと淡い片想いを続けそうな気がした。

「確かに失恋の気配はあるのに……なんで……」

 僕は悪魔だ。不幸の匂いはすぐにわかる。人間でいうところの、ご近所でカレーの家があったら外からでもわかるようなものだ。
 カレーなのはわかっても、シーフードカレーなのかキーマカレーなのか、甘口なのか辛口なのかは匂いだけじゃわからない。だから、今の時点では失恋の原因もわからない。そんな状況。

「ヒトヤの方に進展はないし……そもそもあいつ、欠点マジでないな」

 あまりの進展のなさに、ノエルに恋を諦めさせる手段としてヒトヤの弱点を探したりもした。
 理想を壊し幻滅させれば御の字だと思ったのだが、そもそも幻滅要素がないのは予想外だった。
 大体の奴は何かしらの欠点を抱えているものなのに、白神ヒトヤは本当に裏表のない完璧な人格者だったのだ。

「ああいうのは絶対何かしら裏の顔とかあんのに、ただの王子様とか……ないわ」

 かといって、今すぐ恋人が出来そうな雰囲気もなく、ヒトヤを狙う女子たちをけしかけようかとも思ったが、ターゲットをノエルにしてしまった以上、その女子たちが失恋したとして食べられないのは悔しいのでやめておいた。つまみ食いはしない。悪魔の美学だ。

 つまり、ヒトヤに恋人が出来る前に、ノエル単体に失恋させなくてはいけない。
 楽に食事にありつけると踏んだのに、思いの外難易度が上がってきた。

「今からターゲットを変えるのも、僕のポリシーに反するんだよなぁ……」

 何の進展もないまま放課後帰宅して、ノエルは遊びに出掛けることもなく自室で勉強している。
 どうやらノエルはヒトヤの受験先を一緒に受けたいようで、必死に成績を上げようとしていた。
 真面目な優等生風な雰囲気はあるものの、基本どんくさい彼女は要領も悪い。勉強も効率が悪かった。

 そんな彼女は、それでも誰より一生懸命だった。同じ学校に居たって、話しかけすら出来ないのに。好きな人と来年も近くに居るために、こんなにも努力している。
 気付けばとっくに空は暗くて、時計の針はてっぺん近く。それでもノエルは、眠い目を擦りながら勉強を続けていた。

「……なんで、こんな子が失恋するんだろうな」

 彼女の恋の成功を願ってしまうような、そんなつい溢れた言葉は、悪魔らしからぬものだった。
 そのせいで、僕の悪魔の能力が一瞬弱まる。

「う、わ!?」
「えっ……だ、誰……!?」
「やばっ、ばれた」

 自慢の羽根は小さくなって黒い服に隠れ、僕はあえなく彼女の部屋のベランダに落っこちる。
 物音に驚いた彼女と、姿を隠す余裕もなく無様に落っこちた僕のご対面だ。

「ど、どちら様ですか……」
「あー……ええと、僕はあく……じゃ、なくて、天使! 望月ノエルさん。きみの恋を見守りに来たんだ」
「天使……!?」

 我ながら苦しかった気はする。羽根がなければ人間と近い見た目をしているけれど、こんな真夜中にベランダに現れた時点で、どう考えても不審者だろう。
 けれど単純な彼女は、空から降って来た僕を天使と信じて疑わないようだった。

「す、すごい……天使ってことは、わたしの恋を叶えてくれるんですか?」
「えっ、あ、まあ……」
「嬉しい……ありがとうございます!」

 勘違いされたものの、訂正するとややこしいのでやめておく。そして、心底嬉しそうな微笑みに、本当にあいつが好きなんだと理解した。
 何故だか、なんとなくもやもやする。叶うはずのない、というか叶える気がない願いだというのに、複雑な気持ちは治まらなかった。

「……でも、今のままだと十中八九失恋確定だけどね」
「えっ……そりゃあ、わたしみたいなのは誰も好きになってくれないと思いますけど……」

 もやもやの八つ当たりのようにちょっと意地悪を言えば、凹んだように俯くノエル。彼女はすぐに不幸の匂いをさせる。そんなだから、僕みたいな悪魔の食い物にされるのだ。

「……わかってないなぁ。だから、僕が来たんだよ」
「ええと、魔法のアイテムで両想いにしてくれる、とかですか……?」
「自己評価低い割に地味に図々しいなきみ……」
「す、すみません」
「魔法のアイテムだとか、そんなんで好かれても嬉しくないでしょ? 僕がするのは君が彼に愛されるくらい魅力的になれるようアドバイスだけ! あとは自力で何とかして」
「ええっ!?」

 こうして成り行きで、天使だと嘘をついてしまった悪魔の僕と、ターゲットである失恋間近の彼女の日々は始まった。


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