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 アラタに告げた丘を下から見上げる。駐輪場は見当たらないので、端の方に自転車を寄せて止めた。今からこの丘を登るのかと思うと少し、疲れたなという気持ちが漏れそうになった。

 それでも、アラタが来てくれることを信じて私は待ち合わせ場所に行かなければいけない。

 一歩、一歩と歩みを進めるたびに、自転車を漕いで疲れ切った太ももが悲鳴を上げる。こんなところで友達が居ないからと家に篭りきりだった弊害が現れるだなんて。

 諦めずに、まっすぐ上を見上げれば、星がチラチラと瞬いて私を応援していた。アラタからのDMが届くバイブレーションが、ポケットの中でスマホをずっと揺らしている。

 でも、ここで返事をすればアラタはきっと来てくれないから。私は気づかないふりをして、無視を決め込んで、待ち合わせ場所で時間を潰す。

 丘の上まで登りきれば、夜風が涼しげに木々を揺らしていた。涼しいというよりも、もはや寒い。ぶるりっと震えた体を自分で抱きしめて、さする。少しだけ寒さが止まった気がする。

 一つ置かれていたベンチに腰掛けて、リュックを膝の上に置いた。リュックの中からストールを取り出して首元に巻けば、まだ幾分か暖かい気がする。

 冷えた手を擦り合わせながらスマホを開いた。アラタから届いたDMは、何度も念押しするように「行かないよ」と書かれている。DMを一通一通読むたびに、ウソ発見器のアプリが【ウソです】の通知を表示した。

 文章にも反応するんだ、という初めての発見につい口から「ふーん」と声が出ていた。

 既読に気づいたのか、アラタからまた新しいDMが届く。

【本当にいんの?】

 疑う言葉に、目の前の丘からの眺めを写真で撮って添付する。言葉は付けなかった。何を書いてもウソみたいに見えてしまう気がしたから。

 アラタからの鳴り止まなかった通知が急に鳴りを潜める。答えなければ帰るとでも思ってるのだろうか。アラタの見通しは甘いよ。私は、やると決めたらやるんだから。

 だって、そうしなきゃ手に入らないって教えてくれたのはアラタだ。

 クラスメイトたちの陰口を気にしないふりをして無視を続けていた。それでも、こそこそと漏れ聞こえる言葉に、傷つかないわけではなかった。

「気にしなきゃいいってわかってるんだけどね」

 強がって口にすれば、スマホ越しにアラタが否定する。

「気にしなきゃいいじゃないよ、言う方が悪い。やめてって言ってみれば」
「そんなこと言ったら、もっと嫌なこと言われちゃうよ」
「でも、ミチルが嫌がってるのわかってないんだろ、そいつら。伝えなきゃ伝わらないよ」
「でも、さすがにやめてって言う勇気はないかも」
「まぁそうだよな……でも、やるしかないんだよな、やめてもらうには」

 言い聞かせるようなアラタの言葉に、心の中で決める。本当に無理だと思ったら、言ってみよう。ダメだったら死んでしまえばいい。今死ぬのも、やめてって伝えてから死ぬのも変わらないから。

 よし、次言われたら、やめてって伝えてみよう。

 そう心に決めたのに、結局、クラスメイトたちはやめてと伝える前に、私を攻撃するのに飽きてしまった。飽きてしまったのか、心を決めた私にヤバいと思ったのかもしれない。