「はぁ……」

私は誰もいないことをいいことに大きなため息をついてベッドに倒れ込む。楽しかった思い出も、家に着くと何故か疲れに変わってしまう。きっと家に帰る気だるさが楽しさを上書きしているからだ。

ふと、気まぐれに思い立って起き上がり、すぐ横にいる窓を見た。カーテンの外には雲の少なく紺よりも黒に近い夜空に赤や青、白に輝く星々が散りばめられていた。でも、今はその輝きが私には鬱陶しかった。

空夜くんと見た夕焼けは言葉にできないほど美しいと思えたのに。なんでこの星空は美しいとは思えないのだろう。

ふと、外に人影が見えたような気がして驚く。こんな夜中に何故1人で歩いてるんだろう。その人を見ていたけれど、その人は物陰へ行ってしまった。

「……空夜くん?」

何故か感覚がそう言っている。暗くて姿は分からないけれど、何故かそんな気がした。けれど確証なんか何も無い。しかも、もし、もし本当に空夜くんだったとしても、こんな時間に出歩いている意味がわからない。時間はもう午後十時半を過ぎている。

しばらくその人が消えた建物の方を見ていたけれど、それっきり出てこないので私はまた同じようにベッドに横たわった。目をつぶるとそこに描かれたのは、カナとの思い出だった。

「はづ、ほらもう少し。」
私は手を繋いでカナと歩いている。しばらく歩いているせいで息が切れている私。
「もう着く?」
いつもは私がカナを連れ出すけれど、これだけは、この日だけは違った。

「ほらはづ、見て?」
そうやって笑顔で手を広げるカナ。
「うわぁ……っ!」
そこから見た景色は、幻のようだった。

遠くまで無限に広がる空。遠くに見える海の波の輝き。たまに通りかかる街を歩く人。スーパーの駐車場に止まる数台の車。そして何よりこの町全体を、この国を、世界を優しく包み込んでいる、目がくらむほど眩しい太陽。全てが明るくて、全てが生き生きしていた。

そして、この美しいという言葉だけでは足りない景色の隣には、君がいる。

なんて幸せなんだろう。

「カナ、本当に、ほんっとに、ありがとう!」
「……喜んでくれて嬉しいな」
「あたし、今人生で1番幸せだよ!」
「ははっ、大袈裟すぎ。これから何が起こるかわかんないじゃん」
そう言ったカナも、幸せそうな顔をしていた。
「これ以上に色んなこと経験するんだからさ。もっとすごい景色だっていっぱいあるよ?」
カナはそう言ったけれど、私は肯定はしなかった。

「カナが隣にいてくれないと、すっごい景色もすごくなくなっちゃうんだもん!」
「じゃあ僕は一生はづの隣にいなきゃいけなくなったのか」
「もう、何その言い方!カナは私と居ても嬉しくないの?」
口を尖らせて冗談っぽく言う私に、カナは真剣に、でもいつもみたいに弾けた笑顔で答えた。

「僕ははづといられるだけで、いつも最高だよ」

────私も。そう言いかけたけれど、何故か言葉にはならなかった。

「……え?」
気付いたら私はベッドで布団にくるまっていた。

あまりにもリアルすぎて、それが夢だったことにしばらく気付くことが出来なかった。