また、いつもと同じような朝がやってきた。
カーテンから漏れる朝の光は、この前より少しだけ優しい気がした。
今日もまた、昨日と同じように青空が広がっていた。むこうの方に薄い雲が覆い被さるように広がっているのが見える。青空と雲の比は6:4くらいだろうか。青空と雲は同じくらいだけど、青空の方が多いように感じる。
私は長袖の白い無地のワンピースを着る。私が持っている私服はほとんどない。部屋着以外はこれくらいしかない。他にもあるにはあるけれど、着るのが楽なのでこれにする。
「図書館で勉強してくる」
黒いリュックを背負い、今から勉強しに行く、みたいに装う。
「そう、あまり遅くならないようにね」
背中にお母さんの声を聞きながらローファーを履いて外に出た。
あの崖に行く道は図書館へと行く道とは真反対だった。だからお母さんがもし窓の外を見ていればすぐに気付かれてしまうと思う。
だけど、その点は心配してない。そもそも私のことは気にかけないから窓なんて見ない。万が一見ていたとしても私のことなんかどうでもいいから気にしないと思う。
崖まで行く45分の徒歩はかなりきつい。距離にすると、少なくとも3キロはある。帰宅部じゃなくてもある程度は大変な距離だろう。空夜くんはどうやって来ているのか知らないけれど、きっと空夜くんも大変だと思う。もし今後また会うのなら別の場所にしようと決めた。
やっとの思いで山を登り追えると、昨日と同じように空夜くんは先に来ていた。いつもと同じ、黒いパーカーと普通のジーパン。
「おはよう、はづき」
「おはよう」
昨日より自然な感じで返すことが出来た。
「空、綺麗……」
空夜くんはつぶやくように言葉をこぼした。
「うん」
私の相槌はいらないと思うけれど、勝手に口が動いた。空夜くんといると不思議なことが沢山起こる。
昨日と同じように木陰に腰かけた私たちは何気なく空を見上げる。
お互いにしばらく無言だった。だけど気まずさは全くなくて、むしろ心地よかった。
しばらくして空夜くんが私の方を向いた。すると置いてあった荷物で目が止まっている。空夜くんの目を追いかけると、リュックについているキーホルダーがあった。
「はづき、そのキーホルダーってもしかして……」
「空夜くん知ってるの?”くももん”」
これは私がまだ小学生だった時に、子供の間で流行ったキャラクターだった。ふわふわとした雲に笑顔が咲いている。
『誕生日おめでとー!』
カナが走ってこちらへ来た。
『ありがと、カナ!カナがくれたクッキーすごく美味しかった!』
私はこの日11歳の誕生日だった。前日のうちに、クッキー作りが最近楽しいと言っていたカナから五枚、私の好きなチョコチップクッキーを貰っていた。
『実はね、もう一個プレゼント。これあげる。』
『……え、くももん!?しかも珍しい笑顔バージョン!私にくれるの?』
そのキーホルダーは人気で、私が発売から1週間後に見た時には完売していた。しかも、そのくももんのキーホルダーには普通に笑っている顔と、思い切り弾けるように笑う笑顔の顔の2種類があった。笑顔の方は2日も経たないうちに完売したと噂で聞いていた。なのにそんな珍しい方をくれるなんて。
『誕生日プレゼントってことで、改めて11歳の誕生日おめでとう』
私はそのキーホルダーを大切に手に包んだ。
「これは、私の大切な人からもらったんだ。」
カナを思い浮かべると、自然と顔がゆるむ。初めて空夜くんの前で無表情以外の顔を見せた私に空夜くんは驚いた顔をしている。
「……僕の、小学校のときに仲の良かった子がくももんが好きだったんだ。だから、知ってる。」
「そうなんだ」
空夜くんの口から小学校の話題は出たことがなかった。そもそもそんなに親しい関係にはないしまだ会ってから3日も経っていない。だから当たり前と言えば当たり前なのだけれど。
仲の良かった子と言うとは友達か、私とカナみたいに幼なじみの子か、それとも……
「空夜くん好きな人いるの?」
私は聞いてしまってから慌てて取り消す。
「あ、いや変な意味じゃないんだけど……!」
「ぷっ」
空夜くんが吹き出す。
「はづきが慌ててるの、初めて見た」
そう言いながらけらけらと笑う空夜くん。
その笑顔はなんとなく、くももんの笑顔みたいに、そしてカナの笑顔のように、少し可愛いなと思った。
「ここの景色、ほんといいよね。僕大好き」
「……来るのが大変だけどね」
「そう?自転車使ったら15分よりも少ないくらいじゃない?」
本当に自転車を使えたら、多分私もそのくらいだと思う。だけど私の自転車は今はもうどこにもない。
「……自転車、持ってないから」
空夜くんは少し驚いた顔をしてから、
「そっか」
とだけ言った。
「明日も会いたいな、用事とかない?」
「……ないよ、同じ時間でいい?」
空夜くんは無言でこくこくと頷く。
「あのさ、僕、昨日見た公園に行きたい」
きっと、私とカナが沢山遊んだ、そして昨日空夜くんが指を指したたくさんの花が咲いたあの公園のことを言っているのだろう。
「あそこ、暗くなったら遠くの橋のライトアップがよく見えるらしいんだ。一緒に見ない?」
空夜くんが私の顔を覗き込むように見て言った。
「いいよ」
明日の約束をしたものの、私たちはお互いに動こうとせず、景色を眺めていた。