私の動かそうとしていた足が止まる。
「待って」でも「やめて」でもない。
「大丈夫?」
その言葉は私が浴びせられてきたどの言葉とも違った。
ゆっくりと声の方を向く。そこには高校生くらいの男の人がいた。
さわやかににこっと笑う。その笑顔は、自殺を止めているのではなく、普通の笑顔のようだった。
「何があったの?」
何も知らない人に、そんなことを知られる筋合いは無い。そう言おうと思ったけれど、何故か口から出てこなかった。
「存在しなくてもいい邪魔者は、消えた方がいい」
小さめの声で呟く。自分のとは思えないくらい弱い声がぼそぼそと出た。久しぶりに話したからだろうか。
「そっか」
特に何も言わず、ただその一言だけ言われた。
たった一言なのに、何故か安心するのはなぜだろう。
「ねぇ、僕と一緒に生きてみない?」
「……え?」
「生きるって本当に、本当に凄いことなんだよ。 僕と一緒にそれを見つけてみようよ!」
……見つける。
生きるのが凄いっていうことを。
出来るのかな。
相手は見知らぬ人。
だけど、私に声をかけてくれたこの人なら。
「……はい」
気付くとそう答えていた。
「そうこなくっちゃ!」
彼は楽しそうに笑った。
「僕の名前は……」
……何故か分からないけど、間が空いた。迷ってるようにも見えた。名前なんか言うのに、迷う必要があるのだろうか。もしかして偽名でも答えようとしているのだろうか?
「ナツメ、ソラヤ。夏の目に空と夜って書いて、夏目空夜。君は?」
……なつめ、そらや。言葉をほんの小さな声で繰り返す。
「……私は……カゼチ、ハヅキ。風に土で風土、半分の半に月で半月、です」
「そっか、いい名前だね」
社交辞令ではなく、単純な言葉。私はその言葉が嬉しかった。本心の言葉が、いちばん安心するから。隠されるより、その方が、嬉しいから。
「……半月……か。」
こちらをじっと見つめる、白く透き通った目。風に揺れる水色の髪。それはどこか別の国とのハーフを思い浮かべた。
「よろしくね、はづき」
そういって手を出してくれる。笑った顔は、どこかカナの顔を思い起こさせた。その仕草はいつも優しいカナと通ずるものがあった。
いつも、カナのことを考えているからこんな些細なことが似ているだけでカナに思えてしまう。そんな自分を少し恥じて、そして私も手を伸ばした。
私は普段外に出ないのでかなり白い方だけれど、空夜くんの手も負けないくらいに白かった。きっと女装してもバレないどころか人気になるだろう。
赤い傷の入った手と綺麗で白い手がぎゅっと繋がった。
「……ありがとう」
特に何を指すものでもないのに、たったそれだけで空夜くんには伝わったらしく、またさっきみたいに笑って
「どういたしまして!」
と言った。
それが、初めて空夜くんと出会った瞬間だった。