「お、来た」
 翌週の木曜日、いつも通り神社に向かえば西条くんが私を迎え入れた。
 スマホのライトで照らされた苔だらけの階段に座っている西条くんの足元には今日もギターケースがある。
 真っ暗なここに慣れてしまっていたので明るいここは今までとまるで違う場所な気がした。
「来るよ、だってここ先に見つけたの私だもん」
「確かにそうだった」
 ははっと笑う西条くんは今日も明るい。
「ねえ、早速路上ライブのことで相談したいんだけど」
 西条くんはそう言うとギターケースを開け何か紙を取り出す。
 手渡された紙には手書きで書いたものをプリントしたのだろう汚い字が並んでいた。
 たくさんの色ペンを使っていて目がチカチカする。
「これ、路上ライブとかで配りたいちらしなんだけど」
 活動名は朔弥と本名を使うらしい。ちらしの下の方に書いてあるサインなのかロゴなのか筆記体で書かれたsakuyaがおしゃれだ。
 ……後は何と言えばいいのだろう。
 言葉に詰まっていると西条くんは言う。
「率直な意見を聞かせて欲しい。怒ったりしないから」
「私の経験上では怒ったりしないからって言った人の九十九%は怒るんだけど」
「じゃあ俺はその残り一%になる」
 きっと今までならそんな言葉はお姉ちゃん以外信じなかった。
 けれど西条くんの言葉なら信じてもいいような気がした。
「まず思ったのは」
「うんうん」
「手書きじゃない方がいいと思う。どうしても読みづらくなっちゃうから」
「それはそうだよなぁ。たださ、俺機械音痴で全く分からないんだよ。だからこうなった」
 手書きがいいと思ってこうなったわけではないと知り話が通じそうだと安堵する。
「後は色を使いすぎ。使うなら三色くらいまででまとめた方がいい。そっちの方が見やすい」
「えー、こっちの方がカッコよくない?」
 色の感性は残念ながら合わないらしい。
「パッと目に入ってきた時に今のままだとどこを強調したいのか分からないでしょ?強調したいところだけフォント変えたり、色変えたり、文字の大きさ変えた方がいいと思うんだけど」
「うーん、そうか」
 納得していないのか西条くんは顎を手で摘みうーんと唸る。どう言えば理解してもらえるのか考えていた時だった。
「ま、雪が言うならそうなんだな」
 急にあっけらかんとした声が耳に飛び込んでくる。
「へ? いいの?」
 驚き思わず間抜けな声が口から飛び出す。
「うん。だって俺、雪のこと全面的に信用してるから」
「そうやって出会ってすぐの人のこと簡単に信用してるといつか騙されるよ」
「大丈夫、俺がすぐに信用するのは後にも先にも雪だけ」
 へへっと笑う西条くんは相変わらず調子が良い。
「まあいいや。多分、これ西条くんが一から考えて作ったでしょ? それは知識のない私たちにはやっぱり難しいから」
 私はそこで区切り、ポケットからスマホを取り出した。
 検索エンジンを開き“ちらし デザイン“と検索ボックスに入力し出てきた画像を西条くんに見せる。
「こういう感じで調べていいと思うちらしだったり広告だったりを集めて参考にして作ればいいと思う」
 ──それから数週間はひたすらちらし作りに励んでいた。
「これ背景にどう?」
 西条くんは私が見つけられなかった小さな会社の広告なんかも見つけてきてあれこれと提案してくる。
 今度提案してきたのはキャラクターに使われている赤色。それも真っ赤だ。
「いいと思うけど背景じゃなくてロゴとかだけにしたら?」
「あー、やっぱ派手すぎ?」
「派手というか字を重ねるときに見える色が限られそう」
「そっか、そっちもこだわること考えるとやめておいた方がいいか」
「ロゴはあのサインでいいの?」
「うん。あれは姉ちゃんと決めたやつだし気にいってるから」
「通りでセンスがいいわけだ」
「おい、その言い方だと他がセンス悪かったみたいな言い方になりますけどー?」
「実際ごちゃごちゃはしてたでしょ」
 どれが正解なのかは分からない。
 けれど西条くんと話し合いながら考える時間はとてつもなく楽しかった。
「というか、日程と場所は決めたの?」
 ふと思い出し尋ねる。
 会えばちらしのことばかりでその他のことは何も聞いていなかった。
「場所は駅前の広場で、日程はどこかの土日で申請が通りそうな日にしようかなって」
 ほらあそこの、と西条くんが口にした駅はここから二駅ほど隣の比較的都会の駅だった。
 土日なら人通りも多いので誰かが見ていってくれる確率は上がりそうだ。
「あそこなら人もたくさん来るもんね」
「そう、ちらっとでも見てくれる人がいいなって」
 今まで、行事ごとにはまともに参加したことがなかった。
 そんな行事に出るくらいなら休んで勉強しなさい、といつもお母さんは言っていた。
 だからこうやって誰かと何かを作り上げる体験が私にとって初めてで新鮮だった。
 何回目からか描きやすいようにと西条くんが持ってきた下書きの上に紙を載せ案をまとめて書いていく。
 初めは真っ白だった紙がどんどん文字で埋まっていった。
「これでいいんじゃない?」
「うん、いいと思う」
「よし」
「かんせーい!」
 二人の声が重なりハイタッチをする。
 それは何度かのボツを繰り返し、十枚以上の紙を無駄にした時のことだった。
「ま、完成ではまだないけどね」
 そうだ。完成と言ってもまだ下書きが完成しただけ。
 けれどようやく完成形が見えてきたちらしに私たちは心踊らされていた。
「後はこれをどう実現するか、か」
「本来なら俺がやるべきなんだけど俺機械音痴なんだよ。姉ちゃんに頼めればそれが一番良かったんだけど今課題に追われてるとか何かで無理だって」
 どうすっかなぁ、と西条くんは頭を掻きむしる。
 そんな中、私には考えがあった。
「私がやる」
 そう言えば西条くんはぶるんぶるんと首を振った。
「え、いいよ。そんな所までやらせられないし。俺が頑張ってやれば」
「大丈夫。私、多分だけど、西条くんよりは機械音痴じゃない」
 特別機械が得意な訳ではないけれど一般的な高校生の知識くらいは持っているはずだ。
 調べながらやれば出来ないことはない、はず。
 いや、やる。やってみせる。
 西条くんはしばらく考え込んだ様子だったが少しすると突然大きく頷き私に紙を手渡した。
「お願い、してもいいかな」
「もちろんっ」
 私はとびきりの笑顔で頷いた。