あれから半年ほど経った頃だろうか。
 蒲田さんと私の関係は、少しずつ少しずつ、真っ白な紙に染み込んだ水彩絵の具がじんわり広がるみたいに生活に溶け込んでいった。
 あの夜の騒動がきっかけになったと言えるかは分からない。だけど、蒲田さんが私を『浮気者の子』ではなく普通の女子高生の一人だと認識しているとわかったことで、私は安心して彼と話ができた。
 それでも時々は私の容姿について何か言いたげな人と出会ったりもする。だけど自分を見失いそうなときには、鏡に向かって魔法の言葉を呟くようになった。 
「大丈夫。見た目の印象なんて後からいくらでも覆せる」  
 
 ある日、仕事から早く帰ることが増えた母親と、蒲田さんを交えて我が家で夕食を食べているとき、背後から聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
『余命半年という難しい役柄だったので、一度は挫けそうになりました。でも、なんとか最後まで撮影を続けることができて良かったです』
「あれ、この声……?」
 振り返った先には、つけっぱなしのテレビに夜の情報番組が流れていた。新作映画の特集で『期待の新人女優佐野麻里子が余命僅かな主人公を熱演!』と派手なテロップが踊っている。
「ああ、この映画、ウチの近所で撮影してたらしいわよ」
 お母さんさんが箸で肉じゃがを摘みながら言った。
「そうなんだ、近所の病院で?」
「ううん、昔から放置されてた廃病院を、この作品のセットにするためにわざわざリフォームしたんですって。手がかかってるわよねえ」
 お母さんと蒲田さんの会話を聞き流しながら、画面に映った主演女優の顔を見た瞬間、私は思わず立ち上がった。
「えーーーーっ!」
「ちょっと璃子、どうしたの」
「わわ、お茶こぼれちゃうよ」
 慌てる二人をよそに、私は画面に釘付けになる。
 マイクを向けられてにこやかに受け答えするその女優こそ――アカリだったのだから。
 画面に映る彼女は華やかなメイクに彩られて、びっくりするほど美しかった。
『長い下積み時代を経てた佐野麻理子さんは、今回のオーディションで見事主演のアカリ役を勝ち取ったということですが』
 アカリって、役の名前じゃん。本当の名前は佐野麻理子だったんだ。
 出会った時の会話が脳内でリフレインした。
――私、佐伯璃子。あなたは?
――ちょっと似てるね。
――え?
 佐伯璃子と佐野麻理子。確かに似ている。
『激しいオーディション争いがあったそうですね』
『オーディションを受けた時期、私は海外に住んでいたので、自分をアピールすることに躊躇いがなかったのが良かったのかもしれません』
――私、目立つから。気にならない?
――大丈夫よ。見慣れてるからかも。
 見慣れてるってそういう意味だったのか。
『役作りのための食事制限も本気で取り組みましたし』
――ラーメンを前に『おいしそー!』と歓声をあげていた彼女の横顔。
 私は思わず吹き出してしまった。
 私たちは、お互いに嘘をついていたのだ。
 テレビの中の彼女はとても上品な笑い方をしていた。
『実は、撮影中にちょっとした出来事があって、そのおかげで何があっても希望を失わないアカリの役柄を掴むことができたんです』
『ええっ、それはどんなエピソードですか?』
 前のめりになったインタビュアーに『それは――』と微笑んだ彼女は、画面越しのこちらに意味ありげな目くばせをしていた。