————翌日。

 昨日の祭りがまるで夢だったかのような静かな夜。蛙の泣き声も蝉の鳴き声も少なく、まるで夏がもうすぐ終わりを迎えるような夜に、僕は一際深い溜め息をついた。

 テーブルに並んだ夕食は『唐揚げ』だった。

 まぁお祝い事だから仕方が無いけれど、そろそろ本当の事を言った方が良いかもしれない。今なら言えそうな気がするし。
「さあ! 食べるか! いただきます!」
 やけに大きい父さんの声とは裏腹に、僕も小さな声で「いただきます」と手を合わせる。
 父さんはいつになく上機嫌だった。まだ昨日の祭り気分が抜けてないのかもしれない。だとしたら、その気分に水を差すのも悪いし、これはまた後日に言う事にしよう。
 僕は諦めて、唐揚げを一口齧った。


「……え? ……これ」


 僕は箸で掴んでいた食べかけの唐揚げを丸ごと口に放り込む。
 しっかり味わって、飲み込み、確信する。間違いない。やっぱりこれは。
「やっぱり気づいたか?」
 父さんは嬉しそうに笑って箸を置くと「ジャン!」と一冊のノートを見せてきた。
「昨日、蛍のピアノを聞いたらまた懐かしくなってきてな。母さんの楽譜を入れていた段ボールを奥から引っ張りだして色々眺めてたんだ。そしたらな、このレシピが出て来た。まさかあんな所にこんなものが入ってるなんてな。お前のお祝いの時はいつもこの唐揚げだったよな!」
「うん……うん」
 僕は唐揚げを何個も食べながら頷く。そうだ。この味だ。僕の大好物の母さんの唐揚げ。僕の大好きな大好きな、母さんが作った唐揚げ。
「まさか隠し味にあんなものを使うなんてなぁ。おっと! 俺も食わなきゃ蛍に全部食われちゃいそうだ!」
 父さんもノートを置いて箸を付ける。唐揚げを目一杯頬張って笑う父さんは、何だか昔に戻ったみたいだった。僕も負けじと口一杯に頬張って笑う。


 母さんが居た。
 母さんがいつものように「いっぱいあるからゆっくり食べなさいよ」と笑っている。
 久しぶりに三人で囲む食卓。
 僕はおかわりをした。昔みたいにいっぱい食べた。
 母さんは、笑ってた。


「————今日は食い過ぎたなー! 大満足だ!」
 あっという間になくなった唐揚げ。僕と父さんは揃ってお腹を擦りながら、空になったお皿が並ぶテーブルを眺めていた。
「ねぇ、父さん」
「うん?」
「今度、僕にも作り方教えてよ」
 父さんは笑って頷いた。
 僕は父さんに微笑み返すと、畳の上にバタンと大の字に倒れ込んだ。縁側の窓越しに、すっかり慣れ親しんでしまった田舎の夜を覗く。
 時期遅れの蛍が一匹、光って飛んで行くのが見えたーーーー。