「————今日は午後の練習無しだね」
 僕が言うと、ようやく涙も止まって落ち着きを取り戻した灰坂がごめんと頭を下げた。
「いやいや、気にしないで。最初からそのつもりだったから平気。まぁここまで劇的な展開になるとは思ってもみなかったけど」
 大げさに言って、少しおどける僕に灰坂が笑った。
「ねぇ。劇的って例えばこれとか?」
 灰坂は僕とずっと繋いだままになっている手を持ち上げた。
「あ、いや! これは違う!」
 慌てて手を離すと、灰坂は手をスカートの上に下ろして、少し意地悪そうに笑った。
 僕は熱を帯びる顔を両手で軽く叩きながら、内心、こんなにも違うものなのかと驚いていた。女の子の心の底から笑っている顔って、実は滅多に見れていないんだなと気づかされた気がした。
「あー、そうだ。そう言えばさ。大事な事を言い忘れてたんだけど」
「ん? なに?」
 僕は神妙な顔を作って唇を噛んだ。
「その……ユキと友達になると、もれなくカズってのがついて来ちゃうんだけど……」
 僕はわざと余計な物の様にカズの話をすると、灰坂は足をばたつかせて声を上げて笑った。
「ひどいよその言い方! でも、それは逆に嬉しいかも!」
「でも、すごーくめんどくさいよ?」
 これは半分本心。灰坂はスッと手を挙げて、ピースサインを突き出した。
「のぞむところです!」
 屈託の無い灰坂の笑顔につられて、思わず僕も笑ってしまった。面白かった訳じゃない。
 でも、何だか笑いが止まらなかった。
 多分、灰坂と話しているのが楽しかったんだと思う。