都を出発し五日後の夕刻、俺たちは八雲に到着した。

「まずは参詣いたしますか?」
街並みが見えてきたところで、宗太郎が聞いてきた。

八雲大社は信仰の中心でもあるのだから、八雲に来たからにはまずは参詣にするのが普通なのだろう。
しかし、俺には行きたいところがある。

「神迎えの浜へ行きたい」
「・・・承知しました」

宗太郎は一瞬考えてからうなずいた。
神迎えの浜とは八雲大社から1キロほど離れた場所にある砂浜で、神々がその浜から八雲に上陸するとされる場所だ。
神迎えは10月だから今は普通の浜辺でしかないのだが、ぜひ一度行ってみたいと思っていた。

***

浜辺に到着すると、ちょうど夕日が海に沈むところだった。

「綺麗な浜だな」

夕日に照らされキラキラと輝く砂浜を見て、無意識のうちに言葉が出た。
普段都会の喧騒の中で暮らしているからこそ、夕陽の輝きや海の壮大さが美しいと思う。
もしこの自然ひとつひとつに神が宿るというのならば、この地はまさに神々の降り立つ地なのだろうと腑に落ちた。

ん?

しばらく景色に見とれていると、波打ち際を歩く人影が目に入った。
細くて小柄な女性が、打ち寄せる波のギリギリを歩いている
しかし・・・
俺はなぜか違和感を覚えた。
オレンジ色の光を受け輝く人影が、あまりにも神々しく輝いていて、まるでその人自身が発光しているように見える。

「声を掛けて見ましょうか?」

俺が気になっていることを察したのか、宗太郎が聞いてきた。

「いや、自分で行く」

普段なら自分から人に声をかけることはしないのだが、旅先の解放感が警戒心を薄れさせたのかもしれない。俺は波打ち際に向かった。

「すみません」
「はい」

俺の声に返事をして振り返った女性。いや、少女と呼ぶ方がふさわしいのかもしれない。
まだまだ幼さが残る顔立ちはあと数年すれば美人になるだろうと思わせる美少女だった。
ただ、それよりも目を奪われたのが・・・

「そんなに見ないでください」
「ああ、ごめん」

俺があまりにもジロジロと見つめたものだから、少女は手にしていた帽子を深くかぶり直してしまった。

***

波打ち際を歩いていたその少女の髪は、真っ白だった。
肌が透けるように白いのは八雲の地に住む人に共通するようだが、髪の毛も真っ白で瞳は薄い琥珀色。
その髪に夕焼けを写した姿は、神々しささえ覚えるほどだ。

「不躾に見つめてしまって、申し訳ない」
俺は深く頭を下げた。

生まれた時には金髪だったという髪色のことを気にしているくせに、彼女に対する配慮にかけていたと後悔した。
周囲からすればなんでもない言葉や態度でも、当事者にとっては鋭い刃物のように突き刺さることを忘れていた。

「失礼ですが、お名前を伺っても?」

謝る俺と憮然とする少女の間に、宗太郎が割って入る。

「そういう時は自分から名乗るものではないですか?」

幾分怒気をはらんだ彼女の声。
どうやら俺たちを怪しんでいるようだ。

「確かにそうだな。私は北島珀という。都から来た旅人だ」

北島は母の旧姓。苗字を持たない俺は、咄嗟に母の実家の性を名乗った。

「私は須佐宗太郎と申します」

俺に続いて宗太郎が名乗った瞬間、少女は驚いた顔をした。
そして、まじまじと宗太郎の顔を見つめる。

「もしかして、須佐家の方ですか?」
「ええ、母が縁者です」

宗太郎が答えると、少女の表情は少し和らいでいく。
須佐家は八雲大社のあるこの場所から山2つ隔てた場所にある須佐神社を祀る家。
ただし本宅は八雲の中心地にあり、俺たちが八雲に滞在する間の宿は須佐家にお願いしてある。
これも千景の手配だ。

***

「君の名前を伺ってもいいかな?」

宗太郎の素性を聞いたきり言葉を止めてしまった少女に、俺は尋ねた。

「私は杵築稲早と申します。須佐家で働いております」
「そうか、それはちょうどよかった。俺達も今夜は須佐家に泊まる予定だ」
「では、私がご案内いたします」

さっきまでずいぶん怪しむそぶりを見せていたのに、須佐家に縁のある者だと知ると少女の態度が一変した。

「宗太郎、八雲大社参詣は明日にして、今日はこのまま須佐家へ向かおうか?」
「そうですね、時間はまだありますので、今夜はゆっくりいたしましょう」

正直言うと、稲早と名乗った少女に興味があった。
その姿形はもちろんのこと、彼女の放つエネルギーのようなものに、俺はひきつけられていたのかもしれない。

***

「私は八雲大社の巫女見習いで、今は須佐家の本宅で暮らしております。育ててくれた祖母が須佐神社に縁があり、そのご縁でお世話になることになりました」

稲早と名乗った少女は現在18歳。
あまり詳しいことを話そうとはしないが、幼い頃に両親をなくし、祖母の手で育てられたらしい。

「お二人は八雲参拝ですか?」
「まぁそんなところだ。私も宗太郎も都に住む学生で、今のうちに八雲大社に参拝しておこうと思い立ってやってきた」

まだ学生であることに嘘ではないと言い訳をしながら、俺は自分の素性を隠すことにした。

「私は母が須佐家の人間だったと聞いています。私自身は八雲の地を訪れた事は無いのですが、母はとても良いところだと言っていました」

須佐家に向かう途中、俺たちが都から来た旅人だと言う説明をし、稲早も納得してくれた。

「ここが須佐家の本宅です。私は手と足を洗って勝手口から参りますので、どうぞ玄関からお入りください」

10分ほど歩いて大きな邸宅の見えるところまで来た時、稲早は俺と宗太郎を大きな門が見えるところまで案内し、自分はかけ出そうとした。

「ちょっと待て、俺も砂浜で足が汚れてしまった。一緒に洗わせてもらう」

本物の海などを見るのが初めてで、ついはしゃいでしまった。さすがにこのまま須佐家にお邪魔するわけにもいかない。

「では、私は先にご挨拶をしておりますが、お一人で大丈夫ですか?」
「ばか、子供扱いするんじゃない」
「私が後でご案内いたします」

思わず口をとがらせる、俺を稲早が笑っている。
俺の素性を知らないせいなのかもしれないが、こんなに屈託のない笑顔を見せてくれる女性が俺の周りにはいなかった。
俺は不思議な気分で稲早を見つめ、それから2人で裏口へと向かった。

***

「大きな邸宅だな」
「はい、八雲でも1人を争う旧家です。ご当主は代々須佐神社の宮司をお勤めになっています」
「そうか」

一旦、宗太郎と別れ、1つ2つ曲がったところにやっと裏口が見えてきた。
高い壁に囲まれた敷地だけでも相当のものだと思えるし、当然そこに使える使用人も相当な数だろうなどと思いながら、俺は裏口からお邪魔して足についた砂だけ流させてもらうつもりだった。
しかし、こんな時に限ってトラブルは向こうからやってくる。

「おい」

それはどすのきた男性の声。
返事などするよりも先に肩をつかまれ、体を引かれた反動で思わず身構えそうになった時、
「きゃー」
稲早の悲鳴が聞こえ、そちらに気を取られた瞬間、
「うっ」
鳩尾に激しい痛みがはしり、目の前が真っ暗になった俺は意識を手放した。