古の時代から森羅万象に神が宿ると信じ、八百万の神を奉ってきたわが国。
戦の時代や鎖国の時代を経た今は、他国の文化を受け入れつつも共存し穏やかで平和な国を築いている。
世界では現在もいくつもの戦が起きていると聞く中で、人々が争うことなく暮らせている事こそが神の守護なのかもしれないなと俺自身も感じている。



そして、今日は一二月二四日。
西洋では明日が神の生誕日だそうで、街はお祝いムード一色。
目に入ってくる風景も、いつも以上に華やかで煌びやかだ。
しかし、俺の気持ちはなぜか晴れない。

「珀斗(はくと)様、どうかなさいましたか?」
窓辺にもたれかかりボーっと外を眺めていた俺に、声がかかった。

「いや、どうもしない。ちょっと外を見ていただけだ」
「そうですか」

おそらく何かを感じ取っているであろうが、それでも余計なことを聞いてこないのはいかにも彼らしい。

はあー。
俺は小さくため息をつくと再び窓の外に目をやった。

***

俺の名前は珀斗という。苗字はない。
歳は一九歳、とはいえ明日で二十歳になるのだからもう成人みたいなものだ。
身長は一八五センチと比較的大きく、毎日のジョギングを日課にしているせいかどちらかというと細身で筋肉質の体をしている。
なぜ名字がないかというと、俺の生まれた家が王家直系の家系だからだ。
俺の祖先はこの国の祖であり、とてつもない霊力を持つ人物だったらしい。
当時の様子は言い伝えでしかないが、振り続く雨を止ませ、戦を収め、国を一つにまとめたまさに神のような存在だ。
そして、そこから何千年にもわたって直系男子によって彼の遺伝子は引き継がれている。
その末裔が俺なのだ。

「何か温かい飲み物をお持ちいたしましょうか?」
「いや、いい。もう歯磨きをしてしまったから止めておく」
「そうですか」

こうやって常に俺の側に付き声をかけてくれるのは側近であり乳兄弟でもある須佐宗太郎(すさそうたろう)。彼の母は俺の乳母で、同い年の俺たちは双子のように一緒に育った。
俺にとって宗太郎は、かけがいのない親友でもある。

***

「明日のことが心配ですか?」

窓辺に立ったまま動かない俺に、再び声がかかった。

「そうだな、明日からは俺も成人だからな。感慨深いものはある」

この国では二十歳からが成人。
もちろん大学に通う俺はもう二年ほど学生を続けなくてはいけないのだが、明日からは成人王族としての公務を加わり忙しくなる。

「明日はケーキを用意しましょうか?」
「絶対やめろ」

なぜかニコニコと俺を見る宗太郎に、つい渋い表情になった。
明日は一二月二五日は俺の誕生日でもあるのだが、世間一般ではクリスマス。
宗教的な意味は別にして、どこの家でも家族そろってケーキを囲んでいるはずだ。
そんな日にバースデーケーキなんて、ナンセンスだろう。


***

我が国の国民は九〇パーセント以上の人が神の存在を信じている。
現国王である父を王と定め、慕い崇拝する。
そんな国の王子が西洋の神と同じ誕生日に生まれた時には、『神の生まれ変わりだ』とか『異端な存在が生まれた』とか『凶事の知らせではないか』などかなりの物議をかもしたらしい。
当然当時の記憶が俺にはない訳だが、成長の過程の中で誹謗中傷や心無い言葉を何度も目にして耳にもしてきた。

「そろそろお休みください」
「ああ、そうだな」

気が付けば日付の変わる時刻。
そろそろ休まなければ、明日の公務に影響が出る。

「珀斗様」
「何だ?」

呼ばれて振り返ると、凄く真剣な表情で宗太郎が俺を見ている。

「私を含め珀斗様のお側に仕えるものは、皆あなた様を信じております。どんな決断をなさってもついてまいります。ですから」
「わかっている」
その先を聞くのがこそばゆい気がして、右手を挙げて遮った。

明日二十歳の誕生日に、俺には決断しなくてはいけないことがある。
宗太郎はそのことが言いたいのだろう。
実際俺がこんなに考え込んでしまっているのもそのせいだ。

「心配かけたな、宗太郎。でも、私は大丈夫だ」

いつも対外的に見せる穏やかな笑顔で宗太郎に笑いかけ、寝室へと向かう。
しかし、それが作り物のだと承知している宗太郎は、困ったようにうつむいてしまった。