第2章俺の過去
「これも可愛いわね!」甲高い女の声が耳元に聞こえる。俺、いや、「私」の母の声だ。私は目の前の鏡を見て笑顔を作る。
「そう?ありがとう!お母さん!」にっこり笑顔を浮かべた自分に少し吐き気を催したがもう何年もこの調子だ。慣れてしまった。母は少なくともこんな現実を望んでいる。なら私は演じ切る、そう決めたではないか。そう案じてから振り返る。母は満面の笑みを浮かべている。大切な人の幸せは壊したくない。だから私は今日も女を演じる。「"私"、これが欲しいなっ」そういうと母は試着していた服を買ってくれた。更衣室からでるとすでに会計が済ませてあり、紙袋に入ったワンピースを持った母が待っていた。「買ってくれてありがとう!お母さん!」そして母から紙袋を受け取る。きっと会話だけ見ていればただの母娘の会話だ。私は少し母と話しながら駅まで歩いて、そのまま別かれた。そして電車に乗った。トンネルに入ったので窓に自分が反射して鏡のようにくっきり見える。長い髪、ぱっちり開いた二重目、盛り上がった胸部、全体的に丸い体つき、リボンやフリルがたくさんついた服。鏡は嫌いだ。大嫌いな自分の体を....いや、「今」の自分を強調されるようで....。そんなことを考えていると、すぐに学校寮の最寄り駅へ着いた。駅を降りるといろんな人でいっぱいだった。疲れ果てて今帰りであろうサラリーマン、長いスカルプの清楚ギャル、スーパー帰りの子連れの女性、これから合コンであろう洒落た男女....。その中にゴスロリを着ている少女たちがいた。各々すごく笑顔でゴスロリを着た仲間と喋っていた。自分のやりたいことができてうれしいのだろう。私には一生できないことだ。すると長いツインテールの女の子が私の視線に気づいたのか、こちらを向いた。私はあわてて目を逸らし、代わりに近くの自動販売機へ目をやった。たまたま好きなコーヒーが売っていたが、私はコーヒーのボタンの前で自分の指をピタッと止め、下の段にある甘さ控えめと小さく書かれたいちごみるくを買った。自分は「可愛い女の子」だ。そうならなければ、と思い直してからいちごみるくを飲んだ。が、あまりにも甘かったので、すぐキャップをして、近くのゴミ箱入れてしまった。そしてバックを背負うと、学校寮に向かって歩き出した。途中でコンビニにより、ポテチと、挽いてあるコーヒー豆を買った。通り沿いにはいろんなお店や家がある。可愛らしいケーキ屋さんや、某中華レストラン、コンビニ、洋服屋さん、まぁごくごく普通の通りである。私はその通りを直進して左を曲がった。曲がってすぐに由緒正しい門がある。私の学校寮の門だ。学生証をかざして中に入らなければいけないのだが....。
「な、ない....。」今、学生証を人生で初めてなくした....。完全に終わった....。今日はいつもいる寮の管理人は休みでいないし……。学校は学生寮からかなり離れたところにある。こんな寒い中歩けないくらい……。私が絶望に打ちひしがれていた時、後ろからポンポンッと方を叩かれた。びっくりして顔面蒼白で振り向くと、さっきのゴスロリ少女がいた。するとカードのようなものを私へ向けて差し出してきた。よく見ると私の学生証だった。届けてくれたのかな?と思う。「あ、ありがとうございます。」私は寒さに震えながら、カードを受け取った。その後だった。
「どういたしまして。」と、あの可憐な少女からとんでもなく低い声が返ってきた…。私はびっくりして少し固まり「えっ!?」と言ってしまった。するとゴスロリ少年(?)はこう言った。「ごめんなさい、実は私、男なんです( ˊᵕˋ ;)、気持ち悪いですよね…。」俺は「いや、全然!!((`ω´。)(。`ω´))ブンブンちょっとびっくりしただけで…」と言った。まさかこの人…いわゆるおかま??俺は真逆だけど。 「実は…私、体が男だけど心が女で…。いわゆるおかまってやつで…。」「気持ち悪いですよね笑」そう言う彼女に「そんなことない!!」と思い切り手を握りならが言った。彼女はぽかんとしていて、私もはっとなり、直ぐに手を離した。俺と同じ人だ!という衝動に駆られて手を握ってしまった💦「ご、ごめんなさい、あ、ありがとうございます、これ…じゃあ。」「は、はい…。」そのまま彼女は立ち去ってしまった。可愛かったなぁなんて思いながら、門をくぐりだす。門から寮部屋まで続く道のりはいつもより短く感じた。


部屋に着き、扉を開けるとルームメイトの悠雨(ゆう)がご飯を食べていた。悠雨はこちらを向き、キラキラした眼差しで「ほはえひ!!(訳:おかえり!!)」と言った。俺は「ただいまー。」と適当に返し、結われた髪を雑に解いた。次に可愛らしいフリル付きの服を剥ぎ取るように脱ぎ、頭にネットをかぶり、長い髪のウィッグを外し、ネットも外す。黒いズボンをはき、Tシャツを着る。そして急いで顔にメイクを施していると、悠雨が「よくそんなことできるねぇ。僕我慢できないよ??」と言ってきた。私は「まーな。」と言い、短髪の髪を整え、鏡で自分を見つめる。あぁやっぱりこの自分が好きだ。と、そう思う。長めのまつ毛が良く似合うスッキリとした青紫色のメッシュの黒髪ウルフ。
ぱっつん前髪とサイドの三つ編みはお気に入りだ。鏡横から悠雨がひょこっとでてくる。
悠「お、完成した?」糸「うん。」
悠雨も俺も、性同一性障害で、心は男なのに体は女。だからせめて見た目だけでも男になって生きやすくなりたい。最初はスカートを履く自分を見て吐き気を催す程度だったが、段々自分自体を嫌悪している。


中三の卒業間際のころ、
病院に去勢手術(胸の脂肪をとる手術)の相談に行って契約書を持って帰った。親の許可が必要だと言われて悩んでいた。小学生の時、私は親に1度性同一性障害についてどう思うか聞いた。
「別に…そういうのはいいと思うよ?」私はびっくりしたと同時に嬉しかった。偏見持ちの母にも理解があったのだ。しかしそれはぬか喜びだった。
「ただ、自分の娘とか、家族がってなると……ねぇ?」私は一気に落胆したと同時に憤りを覚えた。思わず「は?」と言いそうになったが慌ててその言葉を飲み込んだ。一応何故か聞いてみると、「生きにくくてかわいそうだから。」といった。私は思った。(は?可哀想?ふざけんな。自分の性別を否定して生きていく方がよっぽど生きてけなくて可哀想じゃんか。)この時はかなり感情的だったが今なら何を言いたかったのかよくわかる。きっと、母が自分のために言ったことが自分へ逆効果を与えたので、ふざけるな、と言いたかったんだと思う。そんなことを思い出し、親にサインを貰うのではなく、同居している親の隙を見て勝手に判子を押すことにした。
数日後、私は家族に、友達の家へ長期滞在することになったと誤魔化し、1人で手術をしに病院へ行った。正直誰もいなくて少し心細かった。初めての婦人科、初めての全身麻酔、初めての入院、初めての手術....その日は初めてなことだらけだった。手続きを済ませ、荷物を置き、服を着替えると、手術室へ向かった。初の全身麻酔は3分で気絶した(らしい)。終わったあと俺は立ち上がることもままならず、ただ天井をぼーっと見つめることしか出来なかった。その後徐々に回復していき、上半身を自分で起こせるようになった頃だっただろうか。PCでyoutubeを開くと、見慣れたイラストのある歌ってみた動画が上にでてきた。俺は何を思ったのか、その動画を開いた。それをきっかけに入院中無我夢中で歌い手の曲を聞いていた。そしてある日、俺にとって神のような存在の歌い手と出会ったのだ。チャンネル登録者はわずか40人前後。透き通っていて綺麗で、でも暗い曲が似合う美しくてかっこいい声で。それは初投稿の動画のようだった。つい昨日アップされたものだ。投稿主の名前は「ライト」といった。俺はガキの頃のように爛々と目が輝いた。こんなにわくわくしたのは何時ぶりだろうか。そうだ、この時に俺は歌い手になることを決心したんだ。

そしてたった5日間の入院も終わって高校生になり、今に至る。こんなことはありつつ、両親には恩があるので、反抗できるはずもなく、自分の性別については話していない。だがしかし、流石にずっと我慢して女性として生きていくことは辛いと感じていたので、高校受験でわざと志望校を全て実家から遠い全寮制の学校にしていた。親と離れて、自分らしく生きるために下した決断だ。でも心配性な母は一か月に一度会うなら今回の全寮制の学校に通うことを許すというのだ。ので、月一で女子らしい格好(俺にとってはほぼ女装だけど)をしていかないといけない。それすら最近辛くなっている。そんなことをぼーっと考えていると、ポンと肩に手を置かれる。
悠「また親御さんのことで考え事してたん?」
糸「いや、まぁ....。」
悠「普通に自分を否定され続けるって辛いもんだよ本当。」
そういって立ち去ろうとしたとき、悠雨はぼそっと「僕は耐えられなかった。」といった。悠雨は俺と近そうで遠い人生を送ってきている。同じ性同一障害で親には言いたくても言えない環境下だった。