この出会いは突然でした。


日を(また)いだ真夜中の0時頃。
あまり眠れなくて気分転換にルーフバルコニーに出る。
暗い雰囲気を纏う夜の空気はやけに澄んでいるように感じる。

「眩しい。」

小さく呟く。
空には暗闇が広がる。
そんな中に、散りばめられた星たち。
一つ一つが個性を持っているように煌めいている。

羨ましいな。

星に向かってそう思ってしまう自分は変だろうか。
個性を持たない、感情を知らない私。
そんな私は全ての人や物に対してそんな感情を抱いてしまう。

胸が苦しい。

なぜ苦しいのか分からない私はいつの間にか胸の辺りを抑え、はぁと息を一つ吐く。
私が吐いた重苦しい息は暗闇へと溶け混ざっていった。
そんな時にふと気配を感じ、空を見上げた。

人が浮いている?

月明かりにより影がくっきりと浮かび上がる。
銀色に輝く月に照らされ表情が見える。

その瞬間、私は息を呑んだ。
さっきの胸の苦しみなんて忘れて。

黒いパーカーを頭に被った彼はフードの部分に手をかけて私を見つめていた。
雪のような白い肌と髪の毛、夜空より暗い瞳に私は捉えられる。

「お前が霧島(きりしま) 蘭華(らんか)か。俺はお前を新たな世界へと(いざな)いに来た死神だ。突然で悪いがお前は明日この世を去る。」


死神は重い空気の中、真剣な眼差しで堂々と言い放った。


明日…。


彼が新たな世界と表現したのはあの世のことだろう。

「そう…ですか。」

私は死んでしまうのか。
この世界から『霧島蘭華』という存在が消える。

小説でよくある余命宣告。
だけど、普通とは違う。
医者からではなく死神から余命宣告を受け、私は患者としてではなく普通の人間として余命宣告を受けとった。

私の前に死神は降り立った。
私より身長が高く、見た目は普通の人間のように見える。
年は私と同じくらいだろうか。
だけど、この魔法使いのようなオーラと存在感がある死神はその場をふわりと包み込む。

私は死神に目を奪われた。
死神という存在への恐怖や苦しみなどそんな簡単なものではない。

ただ、私の本能が惹かれた。
それだけの理由だ。

「お前は残りの1日を俺と共に過ごす。お前の魂を明日奪わなければならないからな。」

何だか寂しそうなその声色に私の興味がより一層惹かれる。
死神にとって人を殺すという行為には日常の中で普通だと思っていたから。
だけど、噂や都市伝説とは違い、死神は感情が豊かで殺すという行為にも躊躇(ためら)いがあるのかもしれない。
一切表情を変えない私のことを不思議に思ったのか怪訝(けげん)そうに私の顔を覗き込んでくる。

「お前は死ぬことが怖くないのか?」

やけに死ぬという部分が強調されたその言葉は私の心に溶けて消えていった。
一気に演技モードに入る。
だけど、つい今までの私について考えてしまう。
演技を知らなかった頃の私を…。
感情がない私は家庭や学校でも厄介者のような扱いをされていた。
だって、みんなには当然のように感情というものが存在しているから。
人から避けられる毎日を過ごしていた。
そんな生活が普通だと必死に思い込み、慣れていった。
私は他人に迷惑をかけたりしていない。
ただ普通に生きているだけなのに。
そしていつの日からか、みんながおかしいのではなく私がおかしいんだ。
そう感じるようになった。

死にたい。

私がいなくなれば…。
この世から消えれば…。

でもそんな勇気私にはないから死ぬ一歩手前で踏みとどまる。

「怖いよ…。死ぬなんて怖いよ…。」


長い沈黙の中、私が今にも消え入りそうな声で答える。
苦しみが死神に伝わるように。
死への恐怖が溢れてくる。
そんな演技をした。
そういう反応をみんなはするだろうから。
‘‘普通’’の人だったら……そうなるはずだから。

ポタリ。

思わず下へと視線を落とすと丸く透き通るものが落ちていた。
水?
なぜ?
雨など降っていないのに。
不透明な光が私の視界を濁らせる。
そこでやっと異変に気づく。
目元をそっと触ると手には少しの冷たさと濡れた感じが伝わってきた。
頬を伝い床へと落ちていく水滴が視界に入る。
悲しい。
唐突にそう思った。
その時私はこれが涙だと気づいた。
演技を超えた自分の気持ち。
本当の気持ちが溢れ出す。
死神との不思議な出会いは偶然ではなく必然的に起こったことだと思う。
神様から贈られた最後の時間は君と共に。


   ◇


不思議な空気が漂う夜中の0時。
空は濡羽色(ぬればいろ)に染まっていた。
空と同じ色をしたパーカーを頭まで被り、顔を隠す。
少し勢いをつけ、ふわりと宙を舞う。
パーカーから少し出ている白く染まった髪が揺れる。

俺は人間だ。
人間だけど、神から与えられた貴重な能力がある。
その能力は「死」
人を殺す能力。
余命が見える能力。
この2つの能力を神から授けられた。
こんな能力俺には必要ないし、大嫌いだけど。
神からは死神と呼ばれ俺も神と同等の存在。
他の神様からは死神らしくしなきゃねということで飛べるようにされたり、でけぇ鎌を渡された。
この白い髪も元々はみんなと同じ黒髪だった。
死神は白い髪が特徴だそうで無理矢理、神の力で染められた。
この見た目のせいでみんなから珍しがられ、この能力を目当てに近づいてくる奴もいる。
俺は今日まで頑張ってクラスのムードメーカー的存在として生きてきた。
でも、もう疲れた。俺は普通の人間なのに。


ふと視線を感じ、そちらの方向を見ると星空を見上げている1人の女の子がいた。
俺と同い年くらいだろうか。
そう思っていると女の子は胸を押さえている。
大丈夫だろうか、不安になり近寄ると…。

ピコンッ!

急に音が鳴った。
この音は今目の前にいる女の子の命がもうすぐ尽きてしまうというサインだ。
目の前には女の子の名前と残りの寿命が表示される。
急に俺の息が苦しくなる。

死神の役割
余命が見えてしまった子はその翌日に殺さなければならない。
天界にいる神様が決めたことらしい。

強い決意と共に覚悟を決める。

「お前が霧島蘭華か。俺はお前を新たな世界へと誘いに来た死神だ。突然で悪いがお前は3日後にこの世を去る。」

堂々と言い切った。
苦しいという感情がバレないように。
淡々と冷静に。

「そう…ですか。」

彼女はなんともいえない儚さを持ち、美しかった。
俺は思わず彼女に近寄り、音もなく降り立った。
彼女と目が合う。
俺は不思議な感覚を覚えた。
初めて出会ったとは思えない懐かしさ。
時が止まったかのようなこの感覚。

「お前は残りの1日を俺と共に過ごす。お前の魂を明日奪わなければならないからな。」

変わらずに淡々と言葉を紡いでいく。
人を殺すという残酷なこの仕事。
俺に苦しみを与えるこの仕事。
俺の苦しみを知る人は誰もいない。

だけど、彼女になら全てを打ち明けても受け入れてもらえる。
死神らしからぬ感情が心の底から溢れて来た瞬間だった。


   ◇


カーテンの隙間から暖かな光が入り私の顔を照らす。
もう少し寝ていたい。
カーテンから体の向きを逸らし現実逃避する。

「おい、蘭華。起きろ、朝だぞ。」

家族のものではないその声色にびくりと肩を震わせる。
死神だ。
なんだか新鮮さと安心感に包まれる。

「死神さん、おはよう」
「おはよう」

朝の挨拶から始まる穏やかな生活はこれが最初で最後。
家族は私が挨拶をすると鬱陶しいとでもいうかのように睨まれるだけだった。
そう思うとなんだかくすぐったいような気持ちになる。

「死神さんには名前はないの?」
「あるだろ。死神っていう名前が」

ニカッとイタズラっぽい表情が私に向けられる。
それに対して私は頬を膨らます。

「そういう事じゃない!」
「わぁってるよ。俺の名前はな氷月(ひづき)。氷に月って書いて氷月。」
「かっこいい名前だね。」

私は思わず微笑んだ。
昨日までは笑うこともなかったのに。
笑えなかったのに。
死神と出会えたのは私にとって最後の奇跡だ。

いつからだろうか。
君に対して不思議な感情を抱いたのは。

そんなこんなで準備を終え、学校に向かう。
死神もなぜだか制服を着ている。
私の視線に気づいたのか

「俺もお前と同じ学校で同じクラスなんだよ。」
「えっっ」

思わず間抜けな声が出る。
それにツボったようで死神は顔を私から逸らし、くすくすと笑っている。
気づかなかった…。
だって、私は学校でも演技で近づくなオーラを出していたし、学校では授業が受けられれば良いと考えていたから。

「氷月って、人間なんですか⁉︎」
「そうだよ。俺は死神である前に1人の人間。」

悲しさを含んだ声色に私はよくないことを言ってしまったのだと気づく。

「ごめんね。失礼なこと聞いちゃって。」
「いいよ。俺にとってはいつものことだから。この白い髪のせいで俺が死神だってみんな気づいてる。」

私も学校で噂程度に聞いたことがある。この学校には白髪の死神がいる。そして、無表情で人を殺すと。
でも、今ならわかる。氷月はそんな悪いやつじゃないって。

「でもさ、氷月は悪い死神じゃないね」
「ふっ、なんだそれ。お前俺に魂奪われるのによくそんなこと言えるな」

やっと、氷月が笑った。よかった。安堵の気持ちに包まれる。

「氷月になら、魂奪われてもいいよ」

自然と言葉が口から出ていた。

「えっ?なんで?」

氷月の戸惑いの声が全体に広がる。
この短時間で私は変われた。
全て君のおかげで。

˚✧₊⁎キーンコーンカーンコーン˚✧₊⁎

学校のチャイムの音が響く。
やばい、遅刻する。

「急ごっ」

私は氷月の腕を掴み、走り始めた。
教室に入るとみんな不思議そうに私たちを見つめている。
恐怖…だろうか。そんな感情が私の胸の中に溢れた。

でも、氷月はそんなこと気にしないで、今度は私の腕を氷月が引っ張る。
席に着いた時、先生が入ってきた。

ギリギリセーフ
危なかった。
安心して、斜め前の席を見ると氷月も額の汗を拭いながら笑いかけていた。

ホームルームでは先生の長い話を聞く。
数学の授業では急に先生に当てられたりとハプニングもあった。
急に「霧島、答えてみろ」なんて言われて体がびくっと反応する。
数学が苦手だということもあるが、急に先生に当てられパニック状態に陥っているというのもあり全く分からない。
周りの視線が熱く怖い。
小刻みに私の手は震え始めた。
助けて欲しいと言わんばかりに周りを見ると氷月と目が合う。
怖くて目を逸らそうとした時、氷月がふと手を動かしているのが目に入った。
指をゆっくりと動かし何かを表している。

2、3?
23!

「答えは23です」
「おぉ、正解だ。難しいのによく分かったな」

初めて先生から褒められた。
こんなことも氷月と出会わなかったらなかったかもしれない。

無事授業が終わり、昼食の時間になった。

「さっきは、災難だったな」
さっきとは、数学の授業のことだろう。
「授業の時、本当ありがとう。氷月は頭が良いんだね」
「そうか?頭が良いなんて初めて言われたな」
恥ずかしいのか、ほんのりと顔が赤い。

「一緒にご飯食べよ!」
「いいよ」

たわいもない話をしながらご飯を食べる。
いつも1人だったから、氷月と一緒に食べられるだけで幸せ。
もうすぐ死ぬなんて嘘みたい。

午後の授業が始まる。
午後の授業は大したハプニングは起こらず終えた。

自然な流れで氷月と一緒に帰ることになった。
茜色に染まってゆく空。
カラスが橙色に変化した空を横切ってゆく。
綺麗。

この綺麗な景色を見るのも今日が最後。
いつもは虚しさで心がいっぱいになるはずなのに、今日は氷月といるからか穏やかな気持ちになれた。

こんな風に友達と話して一緒に帰る。
この理想の生活がずっと続けば良いのに。

そろそろお別れの時間が近づいてくる。
死ぬ恐怖よりも先に氷月とお別れする方が悲しい。
この気持ちは人生の中で初めて感じる。

多分これが……恋。

「蘭華」

優しく透き通った声が私の心にふわりと響く。

「?」

私は首を傾げて氷月を見つめる。

「俺が…こんなこと言っちゃいけないのは分かってるけどさ…」

数秒の沈黙の時間が過ぎる。
一瞬だったのに長く感じてしまう。

「好きだよ、蘭華」

顔が赤く感じるのは夕焼けのせいだろうか、それとも恥ずかしさからだろうか。

私たちは1日という短い時間で恋をした。

短く儚い恋。

「ありがとう」

私は笑顔だったけど、目から涙が溢れていた。
これはきっと、出会った時に溢れてきた悲しみからくる涙じゃない。
嬉し涙だ。

「私も氷月のことが好きだよ」

初恋は死神と…。

「ごめんな、そろそろ別れの時間だ」

氷月の声が掠れている。
氷月も泣いているのかな。
視界は涙でぼやけてよく見えない。

急に意識が遠のく。
宙に浮くような感覚を覚えたところで私の意識は途絶えた。

   ◇

死んでしまったのだろう。
あれ、でも体が動く。
ここはどこ?
見覚えのない場所で目を覚ます。

近くには氷月がいた。

「ここは神が集う場所だ」

事情をゆっくりと説明された。
あの時私は確かに死んだらしい。
だけど、氷月が私の魂を奪うことに躊躇っているところで神が氷月と私の魂ごと神のところへ呼んだらしい。

「何の用ですか」

神に向かって堂々と氷月が話す。

「突然だが、君たちはツインレイというものでね」
「「ツインレイ?」」

私と氷月の声が重なる。
その様子に神が優しく微笑む。

「ツインレイはね、魂の片割れでね、君たちが運命の相手だということを表している。君たちは最初に出会った頃から惹かれあっていたでしょう。死神が恋をすることは稀でね。今は死神も絶滅危惧種的存在になっているから結婚して子供を産んで欲しかったんだよ。あとね、ツインレイ同士で結婚すると神の力が強まるから」

淡々と話し続ける神に戸惑いつつも話を理解する。
私たち2人はツインレイで恋に落ちていたことから私は生き返ることになった。

最後に神から氷月のことをよろしくと頼まれた。

死神と過ごせるこれからの時間は何よりも大切なものになるだろう。
君に出会えたことは私の人生の中で最大の奇跡であり、最大の幸せだ。
君は青に沈んだ私に一筋の光を与えてくれた救世主。


私の命を奪いにきた死神はたった1人の運命の相手でした。
今度君とお別れするときは多分どちらかが死ぬときだろう。