61年後の香調

 
 あれ以降、私は一層一人を好んだ。

 心を殺し、本当の気持ちを偽って、誰とも接しなくなった。
 あれ以上の悲劇が待っているくらいなら、温かいものから遠ざかろう。
 失うと決まっているなら、幸せもいらない。
「もう二度とあんな思いはしたくない」

 何にも侵されず、ただ寿命という時間を消費しよう。
 機械人形の様に、ネジがまかれた時にだけ命が宿り、決められた動作だけをして。


 そんな人形を目指した少女の生活は、十年以上が経過した。
 多くの優しさを犠牲にした日々だった。
 手を差し伸べてくれた人。
 気遣いの言葉をかけてくれた人。
 傍に居ようとしてくれた人。
 それら全てに一定以上の距離を置き、拒絶した。

 そんな努力の甲斐あってか、様々なものを失って得たのは……孤独という名の、平穏な生活だった。
 中でも一番失ったのは、あれだけ大事だと思っていた居鶴との思い出。
 苦しむことを恐れ、厳重に蓋をして見えない所に追いやったそれは、もう確かな輪郭を描くことが出来ない。
 全部自分が選んだことだ。でも時々無性に寂しくなる。

 実は居鶴の思い出と共に、もう一つ思い出せないことがある。
 もう一人、この家には誰かいた気がするのだ。居鶴と自分以外に……誰かが。
 今でも稀にそんな存在の気配を感じる。
 それが何か分からないのに、不思議と安堵感が体を包んだ。



 こんなヒビだらけの日常(はこ)の中に、異分子が混入してきた。
 ある日突然、見知らぬ青年が訪ねてきたのだ。

「線香をあげさせて下さい」

 そうやって言われては断れなかった。
 久しぶりの客人に戸惑いながらも彼を部屋に通し、遠くから観察した。
 青年……にしては自分より年上だったが、少年のような幼さも残る顔立ちに、よく通る声。

「ありがとう。貴方は娘さん?」
「……実の娘ではないけど、強いて言うなら姪ですね」
「ということは……やっぱり、栞恩ちゃん? いやぁ、大きくなったね」
「お会いしたこと、ありましたっけ?」
「残念ながら。でも話はずっと聞いてたんだよ、居鶴さんから」
「そう、でしたか」
「うん。だから会えて嬉しいよ」

 自分とは対照的に表情豊かでよく笑い、素直で明るい性格。
 そんな彼が一瞬で苦手になった。
 私には眩し過ぎる存在だったから、息が詰まった。
 だからいつも以上に距離を置いて、愛想悪く拒絶した。


 ――そうすれば、もう二度と会うことはないと思っていた。