――これは私しか知らないこと。
数日経ったある晩、あの時と同じ者が枕元に立っていた。
飛び起きて、それと真正面から向き合った。それは精一杯の虚勢だった。
どうして騙すような真似をしたのか、やるせ無い思いを訴えるとそいつは言った。
「やはり覚えていたか。これでも君には感謝してるんだよ? ……だが、もう必要ない、出来るだけ早くこの世を去ってくれ。おかげさまで、疑われてるみたいなんだ。もうこちらからは手出し出来ないから、置き土産を」
私の額に人差し指を押し当てながら、それは続けた。
「これはキミがこれからの人生で『最も幸福を感じた時』に恐ろしい悲劇を迎える、そんな呪い。殺すとか直接的で強力なもの、僕には無理だから。まあ保険だよ。自分の霊力の高さを恨むんだね」
そう唱え終わると、目前の相手は青い光に包まれて燃え上がった。不思議と熱は感じなかった。ただ漠然とその光景を見つめていると、やがて塵となった欠片が私の肌に溶け込み、消えないシミを作った。
――心底気味悪く感じた。
なんてデタラメな戯言。そんな現実味のないこと、真に受ける必要はない。
しかし全てを幻と片付けるには無理があるぞと、猛烈な経験と汚された肌が、それを裏付けるように主張していた。
あの扉を開けたのは間違いなく私自身だ。それは覆しようがない事実。
どこかで分かっていたのに。……あんな暗くて狭い所に、居鶴がいるはずないって。
だから天罰だと思い、間近に迫る死を受け入れた。
そこに恐怖はなかった。その方が救われると気づいてしまったから。
なのに今も私はこうして生きている。
あの時誰かに命を掬われてしまい、悟った。
――投げ出せない、と。それを許してくれない人がいることを。
ならば……答えは最初から一つしか残されていなかった。