中から現れた彼の素顔を初めて見た。
「驚いた、そんな顔をしていたのね」
「……どんな顔ですか?」
「綺麗な顔だよ。隠すのが勿体無いくらい」
「ワタシは顔があるというのは苦手でね。生まれた時から落ち着かなかった。だから栞恩にそれを貰って、嬉しかったんだよ」
「良かった……」
「あぁ。全部覚えているよ、君たちとの思い出を」

 ――そうか、私、忘れたくないのか。
 今まであれだけ忘れようと努めていたのに。

 露命は大きな木の麓で立ち止まり、私をそっと下ろした。
 ここは心が安らぐ気持ちの良い場所だ。
 けれど体の崩壊は止まらないくせに、ずっと痛みすら感じない。
 
 ただ私を人の形に構成していた物が消えていくのを眺めるのは、今までの記憶全て無かったことにされるみたいで怖かった。
 本当にこれで「おしまい」なのだと思い知るから。
「……すまない。ワタシには覚えていることしか出来ない」
「違うよ、それが何より一番嬉しい。それだけで……いい」
 今にも泣き出しそうな顔で私を見下ろす彼を、ただ見上げていた。
 なんだか不思議な気分を味わった。
 長い間一緒に居たはずなのに、そんな表情も出来たこと、知らなかったから。
「露命、ありがとう。私が消えてしまっても、あなただけは覚えていてくれるなら……でも背負わせてしまって、ごめんなさい」
「いいんだ。ワタシは栞恩の付喪神だ、本望さ」

 ――これで、もう…………。
 
 しかし瞳が閉じる間際、ある一点……その人物に意識を引き戻された。
 ここから少し離れた茂みに、一人の「青年」が立っている。

 ――ねえ、どうして……あの時の姿のまま、アナタがそこに居るの?
 あれからどれだけの時が流れたと思っているのか。
 こんなこと有り得ない。
 私は二度と会いたくないと望んだのに。
 でも、いざ目の前に現れてしまうと、嬉しい……なんて。


「……ヨ、カッタ、」
 あの時伸ばしたかった手を、かけたかった言葉を、何も届かない今にのせて。
「最期に、逢えた……」


 ――タトエソレガ イツワリ デモ。


「露命……お願い、彼を……()()を……救って」