衝撃は……訪れなかった。
 鈍器は体を貫いているのに、痛みすら感じない。

 その代わり、何とも言えない悲しさが広がった。
 それは自分の肉体がないことを痛感した為か、接触したことで彼女の苦しみが伝わったからか、その両方なのか。
「……ごめんね」

 その言葉は彼女の逆鱗に触れたらしい。
 私を貫いてた物を乱雑に引き抜くと、次は露命を標的にした。
 ――露命はダメだ。彼は何があっても栞恩(わたし)を絶対に傷つけない。
 
 襲っている方も、襲われている方も栞恩なのだから、彼は何も出来ないだろう。
「嫌だ、逃げて……!」
 案の定、露命は私達の間に入り、背中の後ろへ私を隠してしまった。

「貴方も、さっきしたでしょう?」
 なんて困ったように笑うのだ。
 あぁ、何も変わらない。
 大切なものを守ろうとして、いつも最後は守られてしまう。
 そして失うんだ。
 私にもっと力があればよかったのに。そうすれば燐灯のことも……。

 ――いや、過去はもう変えられない。変えるなら……後悔するくらいなら、今動け!

「させない。その危なっかしいの、降ろしなさいよ!」
 お願いなんかじゃない、これは命令。

 別個体になったとはいえ、元は同じ私。
 まだどこか深いところで結びつきがあるのだろうか。
 強い意思で念じると、彼女の動きが一瞬止まり、頭を抱え苦しみ出した。
「貴方の怒りはごもっともだけど、それは私だけに向けなさい。彼に手を出すことは、そっちだって望んでないはずよ」
「……イ…………テ」
 彼女は初めて口を開いた。

「カ……エシ……、テ」
「なに、を」
「アノ……バショ、ガ…………ニク……イ」

 ――憎い。
 それが彼女の平常を取り戻す呪文となった。
 一瞬見せた素は鳴りをひそめ、再び敵意をこちらに向け近づいてくる。
 痛々しいその姿に既視感を感じた。
 こうなってしまえば、もう誰の声も届かないだろう。
 ……かつての自分がそうであったように。
 

 
「何してるんだ、あんたら」
 この場にいた誰のものでも無い声が、束の間の静寂を切り裂いた。