此処にも、太陽と月の光は差し込んでくる。
 私達以外誰もいない。
 ……恐ろしいほど清らかで、静寂に満ちていた。
 でもたった一度だけ、人の気配を近くで感じた。
 どうやらそれは迷子の子供の声だった。
 泣き出されても困ると思い、来た道を引き返すように伝えた。
 小さな返事が聞こえると、それから少年の気配はしなくなった。

 この日以降、栞恩に小さな変化が訪れた。
 瞼が少し動いたのだ。
 それまでは全身微動だにせず、動きがあったのは呼吸だけだった。
 もう一生目覚めないのでは……そう思っていたから、少しでも望みが出来たのは、嬉しかった。
 

 それから10年ほど経った、ある日。
 ワタシはいつも通り、栞恩の隣で外から入る灯りを眺めていた。
 すると袖に何か違和感を感じ、意識が引き戻された。
 振り返った先で、瞳を開け、ワタシの袖を引く彼女と目が合った。

 
「……い、た。私の言葉……分かる?」
「はい、大丈夫……分かりますよ」
「良かった、私、あなたを探さ……なきゃっ、て」
「あぁ、泣かないで、栞恩。……ワタシを、探す?」
「……私、今まで、都合よくあなたのこと……忘れてた。本当にごめんなさい」
「いいんだよ」
「いつも、守ってくれてたでしょう?」
「……いいや、そんなことはないよ。肝心な時に何も出来ない」
「違うの。今だって、消えず側にいてくれたでしょ? それだけで、少し心が強くなれる」
「ワタシは貴方の、付喪神ですから」
「つくもがみ……それ、あなたの名前?」
「いや、名前は別にありますよ。露命と言います」
「そっか……素敵な響きね、露命」
「…………貴方に、呼ばれる日が来るなんて、不思議ですね」