61年後の香調

 
 此処にも、太陽と月の光は差し込んでくる。
 私達以外誰もいない。
 ……恐ろしいほど清らかで、静寂に満ちていた。
 でもたった一度だけ、人の気配を近くで感じた。
 どうやらそれは迷子の子供の声だった。
 泣き出されても困ると思い、来た道を引き返すように伝えた。
 小さな返事が聞こえると、それから少年の気配はしなくなった。

 この日以降、栞恩に小さな変化が訪れた。
 瞼が少し動いたのだ。
 それまでは全身微動だにせず、動きがあったのは呼吸だけだった。
 もう一生目覚めないのでは……そう思っていたから、少しでも望みが出来たのは、嬉しかった。
 

 それから10年ほど経った、ある日。
 ワタシはいつも通り、栞恩の隣で外から入る灯りを眺めていた。
 すると袖に何か違和感を感じ、意識が引き戻された。
 振り返った先で、瞳を開け、ワタシの袖を引く彼女と目が合った。

 
「……い、た。私の言葉……分かる?」
「はい、大丈夫……分かりますよ」
「良かった、私、あなたを探さ……なきゃっ、て」
「あぁ、泣かないで、栞恩。……ワタシを、探す?」
「……私、今まで、都合よくあなたのこと……忘れてた。本当にごめんなさい」
「いいんだよ」
「いつも、守ってくれてたでしょう?」
「……いいや、そんなことはないよ。肝心な時に何も出来ない」
「違うの。今だって、消えず側にいてくれたでしょ? それだけで、少し心が強くなれる」
「ワタシは貴方の、付喪神ですから」
「つくもがみ……それ、あなたの名前?」
「いや、名前は別にありますよ。露命と言います」
「そっか……素敵な響きね、露命」
「…………貴方に、呼ばれる日が来るなんて、不思議ですね」