遠い、遠い、ある昼下がり。
無垢で幼い人間の子供の、ほんのささやかな祈りから、ワタシは生まれた。
実体を持ち初めて目にした光景は、ワタシの小さなご主人が、あの方の傍らで安眠に身を委ねていたところ。
――あれほど温かく哀しいひと時を、ワタシは知らない。
ご主人は栞恩という名の少女。
彼女は生まれつき非常に霊力が強く、本来なら宿る筈のない物に命を宿らせてしまい、ワタシが生まれた。
――そう、ワタシは彼女が大切にしていたある物の付喪神だ。
栞恩とワタシは稀な存在だったのだろう。
悪意ある有象無象がよく寄ってきて、悪さを働こうとした。
それらを栞恩が気づく前に追っ払うのが日課だった。
ワタシは自分を含めた人外が、彼女の目に映らないように努めていた。
まだ五つかそこらの子供だ、怖がらせてしまうだろうと。
ところがワタシの想像に反し、栞恩は聡い子だった。
そう思い知らされたのは、あの方の体調が良かった晩、二人で祭りに出掛けて行った時のことだ。
ワタシはいつも通りに距離を取りながら、親子の背中を見守っていた。
ある屋台の前で栞恩は立ち止まった。そこはお面が立ち並ぶ露天であった。
「ねえ、いっちゃん。このお面買って!」
「買うのは良いけど、栞恩にはちょっと大きいんじゃない? 小さいのもあるよ、これとか」
「私のじゃないよ。おうち帰ったらあげるの」
「誰にあげるんだい?」
「お兄ちゃん! きっと今日も近くにいるけど、かくれんぼ上手だから、見つけられないの」
「お兄ちゃん……?」
「そう! いつもお顔隠してるお兄ちゃん。私を怖いものから守ってくれるの。だから一人でお留守番も怖くないんだよ」
少女は全て知っていたらしい。直接言葉を交わしたことなんて勿論ない。
故に彼女の考えや気持ちを聞く機会こそ無かったが、こちらの認識よりもこの小さな体で様々なことを受け止めていた。
「そうだったのかぁ。それじゃあお礼しないとね」
栞恩の両親は既に他界しており、彼女は伯父の居鶴と二人で暮らしていた。
彼は懐が深く心優しい男だった。
栞恩のように霊力こそなかったが、見聞き出来ない代わりに理解しようと努めていた。
「後から僕にも紹介してくれる?」
「うん、もちろん!」
傍から見たら仲が良く、微笑ましい親子に映るだろう。
けどワタシには、これが長くは続かない儚いものだと予感していた。
……それは悲しくも的中した。