――意識が犯されていく。
時間が経つにつれて自分が何を憎んでいたのか、その判断さえ難しくなっていた。
ただ因縁深いあの場所に戻ればいいと直感していた。
行き方なんて知らなかったけれど、何故かそう信じて止まなかった。
だから当てもなく、色々な場所を彷徨った。
その数日間に、無関係の人の亡骸をいくつか見た気がする。
しかし、すでに何も感じなかった。
何故なら忠告はしていたからだ。こっちに来るな、関わるな、と。
まあ正しく伝わってはいなかったから、無意味だったのだろう。
暫くしてから、規格外に強いある一人の女によって、私はついに捕らえられた。
最初にいた場所は息苦しかった。冷たくて重くて息が出来なかった。
しかし近くで、何かを強く訴える懐かしい声を聞いた。
すると誰かが私に近づき、首筋から何かを引き離した。
激しい痛みが走ったが、それから頭の靄が一気に晴れていく清涼感が全身に広がった。
そしてさらに場所は移り、現在はここで眠り続けている。
長い歳月を過ごす中、私は本来の自分をとり戻そうと足掻いていた。
――もう、憎しみの感情で我を失うのは御免だった。
だから明確に棲み分けを図り、負の感情を持つ人格を引き離して、この楽園から追い出したのだ。
こうして仮初の平穏を手に入れ、優しい夢に身を委ねた。
瞳を閉じ、思考を停止させて、自分に都合の良い映像を鑑賞する毎日。
しかし、ある時期突然理解した。保証された永遠は楽園なんかじゃない。
――狂気の園だ、と。
狂った方を切り捨てたつもりが、本当に狂っていたのは此処にいる栞恩の方だと思い至った。
弱さを認めると「過去に向き合う勇気」すら降ってきた。
大丈夫、今なら受け止められる。これ以上壊される心配はない。
ゆっくり、ゆっくり、確認するように記憶のパズルを埋め始めた。
すると明確に埋まらない、空白のピースがあった。
それは全て同じ形をしていた。
そうだ、あの人がいない。
名前も知らないのに、ずっと側にいてくれた存在。
なんで思い出せなかったのだろう。
ごめんなさい、薄情者で。あんなに守ってくれたのに。
どうか消えないで。……あなたは、今どこにいるの?
――私は探さなくてはならない。
こうして約半世紀ぶりに瞳を開けた。