61年後の香調


 ――意識が犯されていく。

 時間が経つにつれて自分が何を憎んでいたのか、その判断さえ難しくなっていた。
 ただ因縁深いあの場所に戻ればいいと直感していた。
 行き方なんて知らなかったけれど、何故かそう信じて止まなかった。
 だから当てもなく、色々な場所を彷徨った。

 その数日間に、無関係の人の亡骸をいくつか見た気がする。
 しかし、すでに何も感じなかった。
 何故なら忠告はしていたからだ。こっちに来るな、関わるな、と。
 まあ正しく伝わってはいなかったから、無意味だったのだろう。


 暫くしてから、()()()()()()()()()()()()によって、私はついに捕らえられた。


 最初にいた場所は息苦しかった。冷たくて重くて息が出来なかった。
 しかし近くで、何かを強く訴える懐かしい声を聞いた。
 すると誰かが私に近づき、首筋から何かを引き離した。
 激しい痛みが走ったが、それから頭の靄が一気に晴れていく清涼感が全身に広がった。

 
 そしてさらに場所は移り、現在はここで眠り続けている。
 長い歳月を過ごす中、私は本来の自分をとり戻そうと足掻いていた。

 ――もう、憎しみの感情で我を失うのは御免だった。
 だから明確に棲み分けを図り、負の感情を持つ人格を引き離して、この楽園から追い出したのだ。
 こうして仮初の平穏を手に入れ、優しい夢に身を委ねた。
 瞳を閉じ、思考を停止させて、自分に都合の良い映像を鑑賞する毎日。
 しかし、ある時期突然理解した。保証された永遠は楽園なんかじゃない。

 ――狂気の園だ、と。

 狂った方を切り捨てたつもりが、本当に狂っていたのは此処にいる栞恩の方だと思い至った。
 弱さを認めると「過去に向き合う勇気」すら降ってきた。
 大丈夫、今なら受け止められる。これ以上壊される心配はない。
 ゆっくり、ゆっくり、確認するように記憶のパズルを埋め始めた。


 すると明確に埋まらない、空白のピースがあった。
 それは全て同じ形をしていた。


 そうだ、()()()がいない。


 名前も知らないのに、ずっと側にいてくれた存在。
 なんで思い出せなかったのだろう。
 ごめんなさい、薄情者で。あんなに守ってくれたのに。
 どうか消えないで。……あなたは、今どこにいるの?
 ――私は探さなくてはならない。
 
 こうして約半世紀ぶりに瞳を開けた。