61年後の香調


「ハッ、ハッ、ハックション! ……はぁ、だるい」
 石段にもたれながら、麗らかな日差しを目一杯体に浴びせる。
 ようやく、日向ぼっこを楽しむ余裕が生まれた。正直もう、なーんもしたくない。

「なんだホウゲツ、こんな暖かい日に風邪でも引いたか?」
「俺らが風邪なんて引くわけないでしょう。眠いだけですよ、おやすみなさい」
「いや、仕事しろよ」
「今日みたいな日は昼寝にピッタリですね。良い夢でも見られそうだ」
「まったく、うちの庭師さんはマイペースな」

 うちの主人と他愛のない絡みをして、いつも通り、何事もなく過ごす。
 そんな俺の儚い予定はある来訪者により、一瞬で打ち砕かれた。

「……って、おい。どうした? 急に立ち上がって」
「不本意ですが、言われた通り仕事ですよ」
 


 うちの領域に踏み込んできた者への対処、それが庭師の責務だ。
 相手は例の女だった。
 こいつも何か思惑があるようで、のらりくらりと振る舞う食えない奴だ。用心するに越したことはない。
「珍しい客人だな。まさかこんな所に観光ですか?」
「そんな敵意剥き出しで、大層な出迎えだな? 庭師さんや」
「おたくはいつから自由行動の許可が下りたんで? 朱華鬼(はねずき)さん」
「そう自由でもないさ。御使いに出されてな。ほれ、受け取れ」
 袖から紙切れを渡される。

「必要ないだろう、こんな気休め」
「なんだ、お(ふだ)か? キクさんも心配性だねぇ」
「用心に越したことはないでしょう。ねえ、主神(しゅしん)様?」
「その呼び方はよしてくれよ、むず痒い。だが、ありがとな」
「しかと渡しましたよ。あぁ、それと。庭師さんに言伝を」
「はい?」
「今晩は一層警戒を怠るな、だそうよ。今日で片付けるみたいだから」
「他人事ですね、どうせ一枚噛んでるでしょう? ……まあ、せいぜい精進しますよ」
「ところで、姐さんはまだ庵に留まるのかい?」
「さあ? ここが気に入れば、そうなるのかしらね。あたし気分屋だから」
 それだけ言い残し、彼女は来た道を引き返して行った。
 
「あの女を顎でつかうなんて、怖いもの知らずですね、ご当主は」
「と言うより、彼女もどんな風の吹き回しだ? えらく協力的じゃないか」
「まあ気分屋と自称してるくらいです。気まぐれなんでしょう」

 ――にしても今晩か。さて、どう動いたもんかな。

(まあ前回約束したからな……俺が行くしかないんだけど、カナンの護衛をどうしたもんか)
「はぁ、荷が重い」
「とは言っても、お前は通常業務だろう? お札も貰ったし、そう気張る必要も無い」
「お札?」
「おいおい、さっき朱華鬼が持ってきたじゃねえか」
「……そうでしたね。それじゃあ有り難く使いますか」