「ハッ、ハッ、ハックション! ……はぁ、だるい」
 石段にもたれながら、麗らかな日差しを目一杯体に浴びせる。
 ようやく、日向ぼっこを楽しむ余裕が生まれた。正直もう、なーんもしたくない。

「なんだホウゲツ、こんな暖かい日に風邪でも引いたか?」
「俺らが風邪なんて引くわけないでしょう。眠いだけですよ、おやすみなさい」
「いや、仕事しろよ」
「今日みたいな日は昼寝にピッタリですね。良い夢でも見られそうだ」
「まったく、うちの庭師さんはマイペースな」

 うちの主人と他愛のない絡みをして、いつも通り、何事もなく過ごす。
 そんな俺の儚い予定はある来訪者により、一瞬で打ち砕かれた。

「……って、おい。どうした? 急に立ち上がって」
「不本意ですが、言われた通り仕事ですよ」
 


 うちの領域に踏み込んできた者への対処、それが庭師の責務だ。
 相手は例の女だった。
 こいつも何か思惑があるようで、のらりくらりと振る舞う食えない奴だ。用心するに越したことはない。
「珍しい客人だな。まさかこんな所に観光ですか?」
「そんな敵意剥き出しで、大層な出迎えだな? 庭師さんや」
「おたくはいつから自由行動の許可が下りたんで? 朱華鬼(はねずき)さん」
「そう自由でもないさ。御使いに出されてな。ほれ、受け取れ」
 袖から紙切れを渡される。

「必要ないだろう、こんな気休め」
「なんだ、お(ふだ)か? キクさんも心配性だねぇ」
「用心に越したことはないでしょう。ねえ、主神(しゅしん)様?」
「その呼び方はよしてくれよ、むず痒い。だが、ありがとな」
「しかと渡しましたよ。あぁ、それと。庭師さんに言伝を」
「はい?」
「今晩は一層警戒を怠るな、だそうよ。今日で片付けるみたいだから」
「他人事ですね、どうせ一枚噛んでるでしょう? ……まあ、せいぜい精進しますよ」
「ところで、姐さんはまだ庵に留まるのかい?」
「さあ? ここが気に入れば、そうなるのかしらね。あたし気分屋だから」
 それだけ言い残し、彼女は来た道を引き返して行った。
 
「あの女を顎でつかうなんて、怖いもの知らずですね、ご当主は」
「と言うより、彼女もどんな風の吹き回しだ? えらく協力的じゃないか」
「まあ気分屋と自称してるくらいです。気まぐれなんでしょう」

 ――にしても今晩か。さて、どう動いたもんかな。

(まあ前回約束したからな……俺が行くしかないんだけど、カナンの護衛をどうしたもんか)
「はぁ、荷が重い」
「とは言っても、お前は通常業務だろう? お札も貰ったし、そう気張る必要も無い」
「お札?」
「おいおい、さっき朱華鬼が持ってきたじゃねえか」
「……そうでしたね。それじゃあ有り難く使いますか」