「あの。お茶って粗茶しか出せないわよ」
「え、入れてくれるの?」
「自分で言ったんでしょう」
「いやぁ、いつもなら『ほら見たでしょう、もう帰ったら?』の流れかと」
「あのね。燐灯、あなた本当に顔色悪いわよ。自覚ないの?」
「そうだな……最近少し忙しかったからなあ」
「疲れてる顔を見せにわざわざ来たの?」
「自分の顔色まで気が回ってなかったんだ。でも約束しただろ?」
そんな私の失礼な発言にも、相変わらず楽しそうに答えながら、持ってきた風呂敷を広げていく。
なんだか色々なものを持ち込んだらしい。その中でも厳重に包んであったものを私に手渡した。
「これは……?」
「栞恩ちゃんに見せたかった物。開けてごらん」
慎重に解くと中からは一冊の和綴本が出てきた。そして驚いたことに、これに書かれていた字の筆跡は、私がよく知る人物のものと酷似していた。
「……まさか、これ」
「お察しの通り、居鶴さんが書いたものだよ。日本を発つ直前に頂いた僕の宝物」
「どうしてこれを、私に?」
「それ実は舞台の台本なんだ。今はまだ難しいけど、いつかこれを上演させるのが僕の夢でね。そして是非君に見せたい」
「そう……」
「だからこれは原本として、栞恩に持っていてほしい」
「私が、預かっていいの?」
「うん。これは居鶴さんが旅立つ僕に書いてくれた、世界に一つしかない大事なもの。それを安心して預けられるのは、君の所しかないだろ?」
「そういう認識なのね」
「まあ、ちょっとした願掛けだよ。嫌だった?」
「別に嫌じゃないけど、すぐには読めなくなるじゃない。それでいいの?」
「問題ないよ。書いてあることは全て頭に入ってる。それに……」
一度言葉を切ると、悪戯を思いついた子供のような笑顔で紡いだ。
「もし読みたくなった時はここに来るから」
「なによ、それ」
「あぁ勿論、君はいつでも読んでいいからね」
「……いいの。預かるだけにしておく」
「どうして? とても素敵な物語だよ」
「だって、燐灯が見せてくれるんでしょう? お芝居って見たことないから、楽しみにしてる」
「あぁ、期待しておいて」