燐灯は居鶴の古い知人だった。
 ここ十年と少しの間、演劇の勉強をするため留学していたらしい。
 それを後押ししたのが居鶴だった。そんな縁で二人は当初文通で近況報告をしあっていたが、ある時期を境に手紙は途絶えてしまった。

 その後、共通の知人から居鶴の訃報を知らされたものの、簡単に帰国する事は出来なかった。
 そして最近になって日本に帰ってこられ、いの一番にここを訪れたらしい。
 想像するに、そこでは娘が一人きりで生活していた。
 しかも居鶴が、自身の留学の機会を他人に譲ってでも大切に育てた子供だ。
 彼は居鶴に感じていた恩を、私に返しているのだ。
 心配して様子を見に来きてくれるのも、そのためだろう。


 でも私に言わせれば、それは不要な気遣いだ。
「だって、いっちゃんは……もうこの世にいない」
 私は居鶴じゃない、だから無意味なんだ。

 ――燐灯まで、縛られる必要はないのだから。



 そこから暫く、燐灯は姿を見せなかった。ようやく諦めたものと安心した。
 でも季節が移り始めた頃だった。
 両手に風呂敷を抱えて、少しやつれた顔をした彼は現れた。

「やあ、久しぶり」
「その荷物はなに?」
「まあ色々ね。帰国してから整理が出来てなくて、荷解きに手間取っちゃった」
「顔色悪いみたいだし、帰ったら?」
「前に話してた団子、買って来たよ。あと色々お土産もある」
「はい?」
「中でお茶にしよう」
「なにを勝手な……」
「それとも栞恩ちゃんは、客人には見せられないほど、普段の掃除が疎かなのかい?」
「馬鹿にしないで。たとえ一人でも怠けていないわ。さあ、どうぞ」
「はーい。お邪魔します」
 まんまと口車に乗せられて燐灯を家に招いてしまった。

「なんだ、綺麗に掃除されてるじゃないか」
「だから言ったでしょうに」
「うん、偉いね。よしよし」
 そう言ってグリグリと頭を回される。

「……ちょっと、子供扱いしないで」
「おっと、ごめん。つい癖で」