「こんにちは」
しかし彼はまた訪ねてきた。正直うんざりした。
「本日はどのようなご要件で」
散歩の誘いから始まり、美味しい団子屋を見つけたから一緒に行かないか、綺麗な花が咲いてるから見に行こう。そんな何かしらの理由をつけて、彼は懲りず何度も誘いにきた。もちろん私は家にあげる事もせずに、玄関先でそっけなく断り続けた。
それでも彼は全く気にしてない様子だった。
どれだけ冷たく出迎えても、終始感じ悪い態度で接しても、初めて会った時と同じ笑顔で話しかけてくる。
……理解が出来なかった。なんでこんな我慢比べを我々はしているのか。
「いい加減にして、燐灯」
先に堪忍袋の緒が切れたのは私だった。もう要件なんて聞かない。
会って開口一番に、今まで蓄積された鬱憤をぶつけてやった。
「ねえ、なんでここに来るの? 私は誰とも出かけるつもりはこの先もないし、居鶴に参りたいなら墓の方へ行けばいい。お願いだから、……もうここには来ないで。私は一人がいいの。こんな所に通い続けるなんてどうかしてるわ。燐灯は暇人なの?」
流石にここまで言えば、引くだろうと思った。しかし……。
「やっと、名前で呼んでくれたね」
返ってきたのは予想外な台詞で、呆れて次の言葉がすぐに見つからなかった。
初めて彼の顔を真正面から見た。淀みのない瞳に、心底嬉しそうな明るい笑顔。
――あぁ、やっぱり。
「私、あなたみたいな人、苦手」
気づけば口から勝手に本音がこぼれ落ちており、何故か言われた本人は腹を抱えて笑っていた。
「はははっ、実はそうかなって最初から思ってたよ。でも嫌いではないんだね?」
「たった今、嫌いになりそう」
「それは寂しいな。僕は栞恩ちゃんのこと気に入ってるのに」
「……流石、役者さんは口がお上手なことで」
「それは一応、褒め言葉として受け取っておくよ」
「そうですか。もう好きにしてください」
「うん、また来るよ」
「は……? さっきまでのやりとり、忘れたの?」
「いいや、覚えてるとも。でも好きにしていいんでしょ?」
「だからそれは」
「見せたいものがあるんだ。次はそれを持ってくるよ」
じゃあね、と手をひらひらさせて帰って行った。
私はただ茫然と玄関に立ち尽くした。
本日交わした会話を思い起こす。何度回想しても結論は一つだった。
あの男……実は話が通じない人だったのか、と。