──シロクマ先生のサイトに登録してから瞬く間に一カ月が過ぎ去った。
この一カ月、私はどうしてもひとりで耐えられない夜はシロクマ先生こと俊哉にメールで話を聞いてもらうようになっていた。絵しか取り柄がない私はお世辞にも文章力があるとは言えず、ただ単語を羅列するだけのときも多かったが俊哉は何も言わなかったし、いつも私の心にそっと寄り添うような言葉をかけてくれた。
『先生、俺友達いないから』
確か二学期に入ってすぐの時だったろうか。夏休みが終われば今年もあっという間に終わるんだろうね、という話の流れから、俊哉とクリスマスの話をしたことがあった。
今、私が通っている高校は私立の女子高でミッション系の学校なのだが内気で陰キャな私に友達はひとりもいない。私が学校で讃美歌を歌わされたと話したことから、俊哉にミッション系の大学はクリスマスが華やかだよね?と話を振られ、大学のクリスマスツリーの点灯式は友達を観に行くの?と聞かれたのだ。
この時──私は内心しまったと思った。俊哉と真夜中にメールで会話する中で、段々と気を許し始めていた私は、大学の二回生で性別が男である『マサル』ではなく、女子高に通う性別が女である『私』自身が気を抜けばうっかり顔を出しそうになる。
──『友達の定義って難しいよね。どこまでが友達と言っていいのか、何をもって友達だと言ったらいいのか。友達と思ってたけど実は全然心の距離が違う赤の他人だったりとか僕もあるよ』
『俺、陰キャだから。仮に友達と呼べる人がいても、うまく心の中吐き出せるとは思えないし……正直、俺みたいに重い話ばかりされたら相手も嫌な気持ちになると思うし』
──『相手のことを考えてあげられるマサルはやっぱり優しいね。実は僕も人づきあいが苦手でね。学生時代はいつも一人で過ごすことが多かったかな』
(あ、やっぱり学生じゃないんだ。そうだよね)
──『でももしも、マサルが誰かから話しかけられたとして、余程嫌だと感じなければ思い切ってその相手と話してみるのもいいかもね。相手のことを考えるあまり、積極的に人づきあいできないのって僕含めて意外とよくあることだから。マサルにもいい出会いがあることを祈ってるよ』
(いい出会いか……私にもいつかリアルの世界で友達できるかな)
気づけば、私はメッセージの中に散りばめられている俊哉からの優しい言葉にいつの間にか心が救われるようになっていた。そして俊哉自身のことについてもメールで会話するたびにもっと知りたいと思うようになっていた。
『うん、わかった。そういえば話は戻るけど、俊哉先生はいつもひとりでなにしてたの?』
──『絵を描いてたかな』
(え……っ)
『もしかして水彩画?』
私はそうすぐに聞き返した。『寂しがり屋専門・こころの相談所 シロクマ』のサイトのヘッダーに使われているシロクマは繊細なタッチながら愛嬌があり、更には丁寧に何度も重ね塗りされた水彩絵の具の色使いが見事だったから。
──『マサルよくわかったね。そうだよ、模写が一番好きだけど、水彩絵の具で色を付けていく瞬間もすごく好きかな。命を吹き込んでるみたいでさ』
私は俊哉からの返事を呼吸を止めて眺めていた。
(絵に命を吹き込む……同じことを考える人がいるなんて……)
この広い世界でたったひとりぼっちだと思ってた私は、この世のどこかに自分と同じことを思う人がいるという事実に心があたたかくなるのを感じた。
(……私だけじゃないんだ……)
まったく同じ人間なんていない。でも人間は弱いから。自分と同じ部分をできるだけ多く持つ、仲間と呼べる存在を無意識に探してしまう生き物なんじゃないだろうか。
私は私の中の心の僅かな一部分だけでも同じことを思えて共感できる俊哉がいることが素直に嬉しかった。
そして俊哉とこうやってメールでやりとりしていく中でもっと俊哉のことを知りたい、知ってみたいと思う気持ちが日増しに強く芽生えていった。いままで友達と呼べる存在ができなかった私にとって俊哉の存在はどこの誰かわからないのに赤の他人のような感覚ではなく、すでに自分の中で想像する友達と呼べる存在に近くなっていたと思う。
この一カ月、私はどうしてもひとりで耐えられない夜はシロクマ先生こと俊哉にメールで話を聞いてもらうようになっていた。絵しか取り柄がない私はお世辞にも文章力があるとは言えず、ただ単語を羅列するだけのときも多かったが俊哉は何も言わなかったし、いつも私の心にそっと寄り添うような言葉をかけてくれた。
『先生、俺友達いないから』
確か二学期に入ってすぐの時だったろうか。夏休みが終われば今年もあっという間に終わるんだろうね、という話の流れから、俊哉とクリスマスの話をしたことがあった。
今、私が通っている高校は私立の女子高でミッション系の学校なのだが内気で陰キャな私に友達はひとりもいない。私が学校で讃美歌を歌わされたと話したことから、俊哉にミッション系の大学はクリスマスが華やかだよね?と話を振られ、大学のクリスマスツリーの点灯式は友達を観に行くの?と聞かれたのだ。
この時──私は内心しまったと思った。俊哉と真夜中にメールで会話する中で、段々と気を許し始めていた私は、大学の二回生で性別が男である『マサル』ではなく、女子高に通う性別が女である『私』自身が気を抜けばうっかり顔を出しそうになる。
──『友達の定義って難しいよね。どこまでが友達と言っていいのか、何をもって友達だと言ったらいいのか。友達と思ってたけど実は全然心の距離が違う赤の他人だったりとか僕もあるよ』
『俺、陰キャだから。仮に友達と呼べる人がいても、うまく心の中吐き出せるとは思えないし……正直、俺みたいに重い話ばかりされたら相手も嫌な気持ちになると思うし』
──『相手のことを考えてあげられるマサルはやっぱり優しいね。実は僕も人づきあいが苦手でね。学生時代はいつも一人で過ごすことが多かったかな』
(あ、やっぱり学生じゃないんだ。そうだよね)
──『でももしも、マサルが誰かから話しかけられたとして、余程嫌だと感じなければ思い切ってその相手と話してみるのもいいかもね。相手のことを考えるあまり、積極的に人づきあいできないのって僕含めて意外とよくあることだから。マサルにもいい出会いがあることを祈ってるよ』
(いい出会いか……私にもいつかリアルの世界で友達できるかな)
気づけば、私はメッセージの中に散りばめられている俊哉からの優しい言葉にいつの間にか心が救われるようになっていた。そして俊哉自身のことについてもメールで会話するたびにもっと知りたいと思うようになっていた。
『うん、わかった。そういえば話は戻るけど、俊哉先生はいつもひとりでなにしてたの?』
──『絵を描いてたかな』
(え……っ)
『もしかして水彩画?』
私はそうすぐに聞き返した。『寂しがり屋専門・こころの相談所 シロクマ』のサイトのヘッダーに使われているシロクマは繊細なタッチながら愛嬌があり、更には丁寧に何度も重ね塗りされた水彩絵の具の色使いが見事だったから。
──『マサルよくわかったね。そうだよ、模写が一番好きだけど、水彩絵の具で色を付けていく瞬間もすごく好きかな。命を吹き込んでるみたいでさ』
私は俊哉からの返事を呼吸を止めて眺めていた。
(絵に命を吹き込む……同じことを考える人がいるなんて……)
この広い世界でたったひとりぼっちだと思ってた私は、この世のどこかに自分と同じことを思う人がいるという事実に心があたたかくなるのを感じた。
(……私だけじゃないんだ……)
まったく同じ人間なんていない。でも人間は弱いから。自分と同じ部分をできるだけ多く持つ、仲間と呼べる存在を無意識に探してしまう生き物なんじゃないだろうか。
私は私の中の心の僅かな一部分だけでも同じことを思えて共感できる俊哉がいることが素直に嬉しかった。
そして俊哉とこうやってメールでやりとりしていく中でもっと俊哉のことを知りたい、知ってみたいと思う気持ちが日増しに強く芽生えていった。いままで友達と呼べる存在ができなかった私にとって俊哉の存在はどこの誰かわからないのに赤の他人のような感覚ではなく、すでに自分の中で想像する友達と呼べる存在に近くなっていたと思う。