真顔で眉一つ動かさず、声の調子もあまり変えずに読む和希に向かって、朱里は顔を真っ赤にしながら、彼の腰辺りをべしべしと叩く。よりにもよってベッドシーンを探し出し、さらに朗読されるなど余りにも恥だ。

(もう嫌ー! 穴があったら入りたい!)

和希は本を閉じ、ジタバタとしている朱里をベッドに下ろし、彼女の涙を指で拭う。朱里のくぐもった声がした。もう終わりだと辛うじて聞こえたので、和希はぎょっとする。

「何言ってるの朱里。あれはただのBL本じゃないか。何で僕に隠したかったのさ」

(あれ? 嫌われてない?)

離婚を言い渡されることを覚悟していた朱里だったが、和希の優しい声がして首を傾げる。きょとんとした彼の瞳と目が合い、今度は朱里が戸惑う番だった。

「えっ、だって……わたし、腐女子なんだよ? 気持ち悪くないの?」

しゃくり上げながら泣く朱里に、和希は首を振って見せ、頭を掻いた。

「なるほどな……僕もちゃんと言っておけば良かった。僕は大学で歴史学を教えてるけど、古文もよく読むんだ。だからそういった類のものはよく知ってるんだよ」

朱里は涙を引っ込め、目をぱちぱちとしているが、不安げに瞳が揺れる。

「それとどう関係があるの……? 和希が古文大好きなのは知ってるけど……本当に私を嫌いにならない?」

「ならないよ。あのね、古文には衆道も普通に書いてあるんだよ。平安時代とかでも、男性同士で性交してたし」

「しゅうどう……?」

朱里が聞き覚えのない言葉に首を傾げたので、和希はやんわりと噛み砕いて告げる。

「男色……つまりBLのことだ。昔の日本では男色はタブーではない。寧ろ盛んな方だったし、何ならお坊さん達はそんな人だらけだ。女性と交わるのは禁止だったこともあるだろうけど。それに戦国武将も小姓という見目麗しい美少年を侍らせ、主人から寵愛を受ける、つまり性交の相手をするのは大変名誉なことで、周囲に自慢して回ってたんだよ」

朱里の瞳がみるみるうちに輝くのを見て、和希は更に語り始めた。

「それに、春画だって男色も多い。そしていわゆるBL小説だってあったんだよ。しかも主な読者は男性だし。何なら男性向けに男色の心得を説いた本まであるよ」