山奥育ちの俺のゆるり異世界生活~もふもふと最強たちに可愛がられて、二度目の人生満喫中~

 忙しいときには寝る暇もないほど忙しく、閑古鳥が鳴き始めると鳴き止まない──それが世の常、人の常である。

 いつもほどほどに忙しく、稼ぎの安定している仕事というのはレア中のレアだ。そんなわけで、ミュゼオン教団の見習いサクラ・ハルシオンも大忙しの毎日を送っていた。

「この度、近くにある農村に派遣されることになったのですが……ユウキ様にお手伝いをお願いできませんでしょうか」

「のうそん!」

 ミュゼオン教団トワノライト支部の集会所。ユウキとアキノ、そしてポチが片隅の応接机に座っていた。あちこちに同じような応接机があり、見習いや聖女たちが様々な奉仕依頼の相談を受けている。

 順調に上納金を納めるようになったことで教団の中でも覚えがめでたくなったサクラは、教団の窓口を通して依頼を受けることを許されるようになったらしい。

 うじうじとした言動が目立ったサクラだが、このところは少しだけ自信がでてきたのか明るい雰囲気になったように思う。

 逆にそれを許されるまでは自分の足を使って、街中から案件をとってこないといけないらしい。結果、魔力の切り売りのような状態になるために見習いたちが行き倒れ状態になることが多いのだ。

 底辺から這い上がるのが一番大変で、コネや運や要領のよさがものを言う──ようするに、先輩たちから気に入られて割のいい奉仕案件を回してもらったり、あるいは瘴気溜まりから魔物を持ち出して闇市に売ったりといった行為をしないと、上納金を支払いきれないわけだ。

 アキノが「ふむ」と顎を撫でる。

「近くの農村っていうと、東にあるトオカ村?」

「はい、実は隣接している山に瘴気溜まりが発生したようで、凶暴なアカキバボアが大量発生してしまっているんです」

「あちゃー……こりゃ、またパンが高くなる」

 頭を抱えたアキノに、サクラが大きく頷いた。

 トオカ村はトワノライトにとって重要な農村で、パンの材料になる小麦っぽい穀物を生産しているらしい。

 そこが魔獣に襲われるとなると、一気に食べ物が足りなくなるのだ。

 一応、トオカ村以外にも農村はあるし、備蓄もあるので飢え死にする人が多く出るようなことはない……らしいけれど、嫌な話だ。

「それにしても、最初のアカキバたちの襲撃は逃れたのね? 珍しい、たいがいはじめの段階で畑がやられちゃうのに」

「トオカ村出身で腕の立つ方がちょうど職を失って帰郷されたとかで、最初に山から下りてきた何匹かを追い返してくださったのだそうです」

 それはすごい、とユウキは驚いた。

 魔獣狩りを専門にしていない人が急に応戦してどうにかなることは少ないとルーシーからよく聞かされていた。

 戦い方云々の前に、そもそも魔獣という存在にビビってしまうからだ。それはそうだ、あいつらはたいがい見た目がグロいか、顔が怖いかどちらかなのである。トオカ村に帰ってきた若者とうのは、かなり勇敢な人か、あるいは乱暴者かどちらかなのだろう。

「そ、それってサクラさんがやるしごとなの……?」

「魔獣の駆除ではなくて、防衛柵を作って畑を守ってほしいそうです」

「なるほどね、それなら『手伝い』できるよ」

 アキノが見積書を書き始める。

 今回は重要な案件なので、トワノライトからの助成金が出るはずだ。

「ありがとうございます、私たちはあくまで一時しのぎで、狩人の方をトワノライトが手配してるそうです。そちらには腕利きの聖女様を教団から派遣するとか」

 いわゆる、先行して動き始める鉄砲玉みたいなものか。

 本命の部隊が到着するまで何もしないわけにもいかないし、かといって体勢が整っていないのに下手に動いて教団の評判を傷つけたくない。

 それで、見習いのサクラを派遣して、もしも失敗してしまったとしてもトカゲの尻尾切り──未熟な見習いのせいにできるというわけだ。

(一応、師匠にアカキバボアの対処法は習っておいてよかった……完全に力不足だろうけど、あとでイメトレしておこう)

 話の内容をわかっているのかいないのか、隣に座っているポチがヤル気満々で息を荒くしている。氷の狼王(フェンリル)のくせに血気盛んな相棒である。

「このあたりを拠点にしてる、アカキバボアに対応できる狩人といえば……魔王時代から活躍しているハンス狩猟隊くらい?」

「はい!」

「うへぇ、大物が出てくるな」

「ハンス様はあの魔王を撃破した伝説のグラナダス隊とも肩を並べたことがあるとか! 大急ぎで向かって頂いているそうですよ」

 ユウキはほっと胸をなで下ろす。

 腕の立つオトナが来てくれるならば安心だ。

「じゃあ、明日の朝一番でトオカ村に行きましょう。今回は父さんにも手を貸してもらわなくちゃ」

「はいっ! 今回は私からの協力依頼ですので、皆さんにトワノライトからの喜捨の一部をお支払いできます……やっと恩返しができて、嬉しい……っ!」

 興奮気味のサクラに見送られて、教団の集会室から出る。

 すれ違ったサクラの先輩格の見習いがジロジロとユウキたちを見て、舌打ちをした。

「あーあ、やっぱりお貴族様のコネかぁ」

 うわあ、これ見よがし。

 ユウキはびっくりしてしまう。六才児に聞こえるように嫌味を言うとか、いくらなんでも大人げないにも程がある。

 確実に聞こえていたであろうアキノは、気にした風でもなく伸びをした。

「よーし、明日は力仕事だろうから頑張らなくちゃね! 素直で性格のいいサクラちゃんの手柄をバッチリたててやりましょ〜っ!」

 大きな声は、おそらくすれ違った先輩にも聞こえていただろう。

 極めて大人げないオトナの空中戦である。こわい。



 ◆



 ピーターとアキノ、そしてサクラと一緒にトオカ村にやってきた。

 トワノライトからは馬車で数十分、歩いても数時間の距離だ。

 色々と荷物が多いため、今回は馬車での移動だ。

 乗合馬車ではなくて、ピーターが持っている自家用の荷馬車での移動になっている。馬だけを借りることができる仕組みがあるようだ。

「きちんと管理しないと、馬が瘴気にやられて魔獣になっちゃうの」

「あー……」

 馬は賢くて強い。

 魔獣になったときにとても厄介だ。コオリオオカミも、そういう意味ではかなり手強い魔獣だった……ポチのおかげで、ブラックウルフには遭遇せずに済んだのはラッキーだ。

「おっと、見えてきたよ」

「このあたりの畑は全部、トオカ村の人たちが管理してるんだ」

「たいへんそうだね」

「もちろん、農繁期にはトワノライトからも助っ人が駆けつけるんだけどねー……鉱山に出稼ぎに来てる人間が多いからこそね」

 たしかに、農村という言葉からイメージするよりも畑の面積が広い。

 見えてきた村に暮らしているであろう人だけで、すべての作業を終えられるとは思えない。

 今は比較的、畑に手がかからない時期──のはずだった。

 だからこそ、アカキバボアに襲われた村を守るために割ける人員がいないのだ。農作物というのは、他の作業があったからといって放置することはできない。とても手間がかかるのだ。

「わうっ、わんっ!」

 ポチが嬉しそうにしっぽを振る。

 馬車から飛び降りて駆け出していく先には──。

「おっと! アカキバボアだ!」

 馬を操っていたピーターが叫んだ。

 山から下りてきたアカキバボアが五匹ほど、畑に向かって疾走している。

 罠を張る前に畑に入り込まれては面倒だ。

「あ、ポチさん!? あぶないですよ!?」

 サクラが制止しようとしたが、ユウキ以外に懐かないポチはもちろん無視して猛ダッシュをはじめた。嬉しそうに駆けていくポチが、あっという間にアカキバボアの群れに襲いかかり──。

「うわぁ……ぐろい……」

 一瞬で、コトが終わった。

 たいへん楽しげに尻尾をふって、久しぶりのお腹いっぱいに食べられるフレッシュミートにかぶりついていた。

 弱肉強食、諸行無常。

 ユウキは心の中で手を合わせた。

「ユウキ殿、ポチって一体何者なんだい?」

「えっと……ししょーにも、ないしょです」

「そうか、じゃあ俺が聞くわけにはいかないな」

 一同、唖然だった。

 アキノがぽつりと呟く。

「ねえ。これ、私たち必要……? ポチだけでいいんじゃない」

「そうですね、その……ポチさんも嬉しそうですし……」

「うーん、トオカ村の人たちだけになってもやってけるようにしないと意味がないからね……罠の設置まではしよう」

 ピーターがぽりぽりと頬をかいた。

 たしかにそうなのだけれど、「そうですね」とも言えない感をひしひしと醸し出しているのだった。



 村の入り口にやってくると、村人たちが今か今かと待っていた。

「ありゃあ、すげえ猟犬だなぁ……」

 村人たちは遠目にわずかに見えるポチの勇姿にやや引き気味に感心していた。その中に一人、ひときわ上背の大きな男がいた。

 スキンヘッドで、目つきが悪く、ついでに態度の悪い男。

「あっ」

 トワノライトにやってくるときに、乗合馬車で一緒になった男だ。

 そして、路地裏で倒れていたサクラから身ぐるみ剥ごうとしていた──マイティだ。

 スリ師三人組のうちの一人。

 ほかの二人は見当たらない。

 というか、こそ泥的な犯罪者がどうして農村に?

「あ……?」

 不機嫌と不信感を隠そうともせずに、マイティが舌打ちをした。

「な、な、坊主、なんでお前がここに来たんだよ」

 威嚇しつつも、明らかにユウキに対して怯んでいる様子だ。

 前回はたまたま大事にならなかったけれど、こうして並んでみるとフィジカルの格の違いが際立つ。

(いやいや、こっちのセリフなんですけど)

 マイティは、ユウキたち一行を値踏みするように睨む。

「ったくよぉ、俺たちは魔獣退治ができる腕利きを頼んだんだ、ガキと女とおっさんの寄せ集めは帰れや」

 イキった中学生のような言い草であった。

(えええ……気まずいよ、これは)

 ユウキが戸惑っていると、ピーターが割り込んでくれた。

 柔和な笑みには有無を言わさず「オトナの話をしよう」という圧が感じられた。マイティがピーターの圧に負けて、口をつぐんだ。

 やっぱりすごい人だ、とユウキは感心した。

 どうやら(何故か)村人を代表しているらしいマイティが、ピーターと話をし始めた。

 近くで聞き耳を立てる。

 どうやら、スキンヘッドのマイティはこの村の出身らしい。

「トワノライトでやってた仕事をクビになって、田舎に帰ってきてみたらコレだ……ったく、たまたま俺様がいてよかったなぁ」

「へえ、それじゃアカキバボアを追い払った腕の立つ勇敢な若者っていうのは、もしかして君なのかい?」

「ま、まあな!}

 大げさに褒めそやすピーターの言葉にふふんと自慢げに鼻を鳴らすマイティに、周囲の村人はクスクスと笑っている。

 嫌な感じの笑い声ではなくて「あの子が大きくなって」というタイプの声色だ。巨体のマイティだが、村人にとっては近所の坊やだったのだろう。

 ごほん、と大きな咳払いでマイティが村人のおじさんやおばさんを黙らせようとするが、上手くいっていないようだった。

「昔から悪ぶってたけど、ガキ大将気質なんだよねぇ……張り切っちゃってまぁ!」

「困ったところもあるけど、頼もしいもんだね。、マイちゃんは」

「な、なあ! 今、俺は大事な話してるんだって! あとマイちゃんはやめろってずっと言ってるだろうが!」

「ははは、村の皆さんからの人望が厚いなぁ」

「そ、そうか? まあ、昔から泥棒やっつけたりしてたしな? ま、まぁ家でしてからえは俺の方が……ごほん! まあいい、やつらをやっつける罠の話だ!」

「はい、その件ですが──」

 順調に商談が進んでいる間に、アキノが馬車から積み荷を降ろしている。

 ちなみにポチはいまだにお食事中だと思われる。

 手持ち無沙汰になったサクラがおずおずとユウキに耳打ちしてきた。

「あの……さっきの方、私を見てなんだか変な顔をされてましたけれど……」

「あ、えっと」

 ユウキは口ごもった。

 伝えるべきか、伝えないべきか。

 サクラに変に不安を与えるのもうまくない。

 どうしようかしら、と迷っていると村の入り口にもう一台の馬車がやってきた。中から降りてきたのは、髭の男とトンガリ帽子だった。

 彼らにマイティが「げっ!」と声をあげる。

「アベル、スティンキーっ!?」

 トンガリ帽子のスティンキーが、へにゃりと笑った。

 その横でアベルがむすっとした顔で腕組みをしている。

「よかった! やっぱり村に帰ってたんだ」

「なんだよ、俺はクビだろうが」

「マイティ、話はまだ終わっていないぞ」

「はぁ? いや、勝手なことするなら出ていけって……」

「勝手なことをするな、という話をしていたんだ! 出ていけという話をしたわけじゃない!」

 マイティに食ってかかるアベルを見た村人たちが、またニコニコとした。

「おやおや、マイちゃんのお友達?」

「ち、ちがう! 仕事仲間だ! あとマイちゃんはやめろって!」

 もう、めちゃくちゃである。

 これはもう、誰かがまとめないとどうしようもない。

 頼みの綱のピーターは、マイティとの商談が終わった途端に周囲を村人のおじさまおばさまたちに取り囲まれていた。

 狩人やミュゼオン教団関係者はともかく、トワノライトからやってきた「お手伝い屋さん」というのは物珍しいらしく、あれこれと質問攻めにされている。

 ポーラはすでに積み荷を降ろし終わって次の作業に取りかかっているし、サクラはおろおろとしている。

 ユウキは悟った。

 俺しかいない、この場所をおさめられるのは。

「あ、あ、あのっ!」

 六才児の声に、オトナたちが振り向いた。

「これ、どういうじょーきょーなんですかっ! せいりさせてください」



 ◆



 つまりは、こういうことだった。

 数日前。路地裏に倒れていたサクラから身ぐるみ剥がそうとしたマイティに対して、アベルは改めてぶち切れた。

「俺たちがやるのは、裕福そうな旅人からちょっとばかり路銀や食べ物を拝借する『再分配』だ。倒れてるミュゼオンの見習いから身ぐるみ剥ぐことじゃない……そんな馬鹿な考え、二度と起こすなよ」

 アベルが憤慨したのをうけて、マイティはトワノライトを離れた。

 行く当てもないし、故郷であるトオカ村に魔獣が出たという噂を聞きつけたのもあって里帰りをすることにした。

 アカキバボアを撃退したマイティは、あれよあれよという間に村の青年会の対策チームのリーダーに祭り上げられたというわけだ。

 対策チームに呼ばれてやってきたミュゼオン教団のサクラとお手伝い屋であるピーターたち一行。

 そして、逃げ出したマイティを追いかけてきたアベルとスティンキー。

 それが偶然にも鉢合わせをしてしまったわけだ。

「ほら、ちゃんと謝れ」

 アベルに促されて、マイティがサクラに頭を下げた。

「……すまなかった、二度としない」

「い、いえ! 私は覚えていませんし! というか、むしろユウキ様に助けて頂くきっかけになったというか……むしろ感謝です!」

「いや、感謝にはならないだろう」

「へへ、俺たちが縁になったって……なんだか嬉しいな、アベル」

「スティンキー、お前は脳天気すぎるんだ。だから能力があるのに蔑まれるんだぞ」

 アキノが耐えかねたようにツッコミを入れる。

「いやいや、スリも追い剥ぎもダメでしょ!」

 本当にそう、とユウキは思った。

 しかも、この人たち隙がありまくりだし……いつか怖い人にボコボコにされていたのではないだろうか。たとえば、ルーシーとか。

「……まあな。つーか、若い頃は腕っ節で名を上げてやるんだってトオカ村を飛び出してぶらぶらしてたけどよ……この村にも、俺の腕っ節が必要なのがわかったし、しばらくはここにいることにするぜ」

 マイティの言葉に、村人たちがほっこりとした笑顔になる。

 うんうん、とユウキは頷いた。ともあれ、まっとうに生活するようにしてくれたのならば、いいことだ。

「いい話風にまとめてるが、その坊主に力負けして腰抜かしただけだろ」

「え、ぼく?」

「アベル! ち、ちげーよ、別に俺はビビってねぇし」

「マイティ、気持ちはわかるよ。俺、あの犬が怖くて何日かうなされちゃったもん」

 笑うスティンキーの背後で、お食事を終えて村にやってきたポチが吠えた。

「わんっ!」

「ぎゃああああっ!」

 腰を抜かしたスティンキーが、マイティの影に隠れてしまった。

 ユウキは焦った。

 なにって、ビジュアルがよくない。

 ポチの口のまわりが「今まさにお食事を終えてきました」という状態になっているのだ。

「ポチ、おどかしちゃだめだろ」

「わふわふ」

 魔獣の王フェンリルとしての面影はなく、可愛い柴犬ほどの大きさとはいえ鳴き声はそれなりに迫力があるのだ。

「で、あんたたちがアカキバボアの対策をしてくれるって?」

 トオカ村青年会魔獣対策チームのリーダーであるマイティの問いかけに、アキノが大きく頷いて、持ってきた大きなネットを広げてみせる。

 これをすでに村人が立ててくれている畑の周囲の柵に絡ませるそうだ。

 柵はアカキバボアの突進力の前では無力で、あちこちが破壊されているので修復作業も同時に進めなくてはいけない。

「討伐は難しいけれど、とにかく畑に侵入しないように罠をしかけることはできるわ」

「アカキバボアが嫌がる光をエヴァニウムを使って出す仕組みです」

「ほほぉ〜」

 ネットには小さな電球のようなものが絡みついている。

 マイティが「こんなもんで化けイノシシが倒せるか?」と文句を言いながらネットを広げている。危険察知能力に長けていて、手先が器用なスティンキーが「危ないよ」と声をあげた。

「アカキバボアがネットに触れると、微弱な魔力波が出ます。ビリッと!」

「ぎゃっ!」

 ポーラの説明にあわせて、まるでデモンストレーションのようにマイティが倒れた。微弱とはいえ、アカキバボアを追い払える程度の威力はあるのだ。

「こりゃすごいな……」

「実はユウキさんから教わった方法なんですよ」

 アキノの言葉に、村人からの注目が集まる。

 六才児の発案だが、威力はさきほどマッチョなマイティが身をもって体験してくれている。

「よく考えるなぁ……さすがミュゼオン教団でいっとうすご腕の見習いさんが連れてくるだけあるよ」

「ホントにねぇ」

「あ、あはは……」

 ユウキとしては、別に何もしていないので褒められても困ってしまうのだけれど……まあ、いいか。

(田舎のじいちゃんが電流流れる柵使ってたから、その話をしただけなんだけどね! 仕組みを考えたのはアキノさんだし!)

 電流が流れる仕組みのほかに、ポチの匂いを残してアカキバボアが寄りつかないようにしたりと、とにかく「村人だけになっても対処ができる」状態にすることがピーターの考えの根幹だった。

「まあ、なんていうか……英雄がいなくなってから、あれこれと問題が噴出しちゃ意味がないんだよ」

 なんて、含みのある言い方をして。

 罠の設置は村人総出で行われた。ユウキは村の子どもたちと一緒に、低い位置の網を固定する作業などをした。

 終わり次第、まわりの大人たちの応援をする。

 スリ師三人組も汗水を垂らして体を動かしていた。

「お疲れ様です、マイティさん」

「うが!?」

 サクラがマイティに魔力を譲渡する。

 相手の手を握って歌を口ずさむ。それがミュゼオン教団の魔力譲渡の秘術らしい。ユウキは無意識に行っていたことだが、本来は複雑な呪歌を覚えなくてはいけない技術らしい。

「うお!? なんだこれ、すげぇ元気になってきやがった」

「ふふ、よかったです。とても頑張っていらっしゃるので」

「お、おい。別に頼んでねぇぞ?」

「でも、ずっと休憩されていませんよね? ムリしちゃいけませんよ」

 にっこりと笑うサクラにマイティはすっかり困り果てる。

「なあ、あんたさっきの話聞いてたか? 俺は……行き倒れているあんたから、持ち物やら何やらを身ぐるみ剥がそうとしたんだぜ?」

「はい。でも、実際はそうはされませんでしたし、今後もしないでしょう?」

「そのつもりだが……嬢ちゃん、あんた本当にお人好しだな。立派な聖女様になるぜ」

「いえ、立派だなんて! 私なんてクズ……、いえ。なんでもないです。自分を貶めてはいけないって、ユウキさんに教えてもらったのでした」

 ピーターとアキノの人当たりのよさ。

 マイティたちはじめ村人たちの働きと、サクラのサポート。

 何かわからないことがあると、なぜかみんながユウキに判断を仰ぎにやってくる。どうして六才児に、と思うけれど罠の仕組みを考えた神童という扱いをうけてしまっているようだった。

「ごみはぜんぶかたづけてね? え、そとにおちてるボアのほねは……そのままにしておいて。こわがって、まじゅうがちかづかなくなるよ」

 ポチの食べてしまったボアの骨も有効活用しよう。

 師匠であるルーシーに教わった魔獣対策を思い出しながら、村人たちにあれこれとお願いごとをしていく。

 山から下りてくる獰猛なアカキバボアに怯えていた村人の表情が、畑を守る罠や柵が完成して行くにつれて朗らかになっていく。

「よし、山側の罠は完成だ!」

 マイティが拳を突き上げる。

 ほとんど日が暮れてしまった。かがり火をたいての作業だ。

 ポチが村の外をパトロールしてくれているので、山からアカキバボアが降りてくる気配もない。

 順調な作業に興奮した村人たちが、さらに作業を続けようとする。

「夜通し作業して、とっとと完成させようぜ。明かりを焚いて寝ずの番を立てて──」

「まって、まって!」

 ユウキがあくび混じりで止めに入った。

「よるは、ちゃんとねたほうがいいよ」

「ん? 心配するな。坊主は寝てていいぜ、見習いの嬢ちゃんもだ。仕事は大人にまかせて──」

「そうじゃなくて……まじゅうがげんきになっちゃうからね」

 これはイノシシと戦っていた田舎のじいさんと、この世界の師匠であるルーシーから叩き込まれたことだった。

 夜行性の魔獣は存在する。

 でも、人間が魔獣を夜行性にしてしまうこともあるのだ。

 村を挙げて明かりを焚いていれば、夜は眠っているはずのイノシシ──アカキバボアも夜中に活動が可能になってしまう。

 人間が安心するために焚く明かりが、むしろ魔獣を引き寄せる結果になってしまうのだ。

「ひをたいてると、まじゅうがおきてきちゃう」

「なるほど……」

 だからこそ、近くにいる魔獣がどんなやつらなのかをよく知らないといけないのだ。

 平原にはブラックウルフの群れが生息しているというから、火を焚くならばそちら側がいいだろう。それも、なるべく山側には光が漏れないようにしたほうがいいのだ。

「よし、明かりを落とそう」

 マイティの合図で村人たちが動き出す。

 スティンキーが心底感動したように

「坊主、すげぇなぁ……山のことが手にとるようにわかるじゃねえか」

 それはそうだ。

 街のことよりは、山のことほうがよくわかる。

「そうだね。ぼく、やまそだちなので」



 ◆



 翌日、畑の周囲をぐるりと囲う柵が完成した。

 ほっとした表情の村人たちが微笑みあっている。

「みなさん、お疲れ様でした」

 作業中に怪我をした人や疲れ果てて具合が悪くなった人に、サクラが魔力を譲渡して回っている。

 マイティが巨体を縮こめるようにして、サクラを気遣った。

「おい、嬢ちゃん。あんまり無理するなよ」

「大丈夫ですよ。皆さんこそお疲れ様でした」

 ピーターとアキノは、作業を通してすっかり村人から信用を得たようで、あれこれと振る舞われている。

「今度の収穫期には手伝いに来てくれよ」

「ああ、それがいい。祭りにも参加してくれよなあ」

「手伝い屋なんて、おもしれぇこと考える。さすがはトワノライトの人だ」

「ははは、手際がいいのは娘のおかげですし、罠のアイデアもユウキ殿のものですからね」

「そうよ。こんなに魔獣に的確に対処できるなんて、狩人でもなかなかいないわ……あいつら、腕っ節ばっかり鼻にかけるし」

 アキノの言葉に、村人たちがどっと湧いた。

 どうやら、腕っ節を鼻にかける魔獣狩りというのは「あるある」のようだ。

 寡黙なルーシーは例外的な性格だったのかもしれない。

(んー、色んな人に協力してもらえば、子どもじゃできないようなことも達成できるんだな)

 完成した柵を眺めて、ユウキはひとつメモをした。

 この世界のオトナとして生きていくには、やはりルーシーやマイティのように魔獣とタイマンを張ることができないといけない──そう思い込んでいたけれど、他の道もあるかもしれない。

(なんか、魔力とかは人より多いみたいだし、なんとかなりそうだな)

 大きな仕事を終えて、少し自信がついてきた。

「わん!」

「ポチ! パトロールごくろうさ、ま……うわ」

「わっふ、わふ!」

「あ、ありがと」

 やたらと大きな骨を咥えて帰ってきたポチである。

 おそらく美味しくいただかれてしまった、昨日のアカキバボアだろう。

 骨を受け取って、畑の片隅に埋めておく。

 なむ……とそっと手を合わせた。この世は弱肉強食である。

 とりあえず村人たちが弱肉側に回らないように、手尽くした。

 アカキバボアの駆除は、あとからやってくる英雄グラナダスと肩を並べた程の腕前だという狩人に任せよう。

「よう、坊主」

「まいてぃさん」

 村人の輪から抜け出してきたマイティが、ユウキを抱き上げて肩に担ぐ。

「うわわっ!?」

「……あのとき、坊主が俺を止めてくれなきゃ、今頃こうしてなかった」

 背の高いマイティの肩に腰掛けていると、いつもよりずっと見晴らしがいい。

「ありがとな。気味の悪いガキだと思ってたが、坊主は俺の恩人だ」

「どういたしまして」

 顔は怖いが、本質的には嫌な人ではないことはわかった。

 これからは悪いことに手を染めないでほしいけれど。

「ところで……あいつら、どこ行ったか知らねぇか?」

「え?」

 マイティが探しているのは三人組の他二人だろう。

 わいわいとお祭り騒ぎになったトオカ村から、そっと立ち去ろうとする人影があった。アベルだった。

 マイティに知らせると、ユウキを肩に乗せたままで慌てて駆け出した。

「お、おい! アベル! 俺らも一緒に帰るってば」

 スティンキーが馬車に乗り込もうとするアベルを引き留めようとしているが、げしげしと足蹴にされている。

「だーからー、しつこいぞ。もうお前らとは組まない」

 トレードマークのトンガリ帽子がずり落ちそうになって、スティンキーは半べそになっている。

「おい、アベル! どこ行くつもりだよ!」

 追いついたマイティが、スティンキーと同じようにアベルに食ってかかろうとするが、アベルは聞く耳すら持たずに馬車を走らせた。

 ユウキを肩に乗せたまま、マイティは馬車をおいかける。

(うっわわ、すごい揺れる!)

 舌を噛まないように黙っているしかない。

 アベルは追いすがってくる二人を、振り返らない。

 スティンキーが馬車を追いかけながら叫んだ。

「なんでだよぉ、俺たち仲間だろ?」

 アベルは答えない。

 苛立ったマイティが馬車を片手で掴む。バランスが崩れて馬が嘶いた。

「おい、手を離せ」

「いちいち命令すんじゃねーよ! 勝手に追いかけてきて、勝手に村のこと無賃で手伝って、それで勝手に俺たち置いて帰るだぁ? いつも自分勝手に俺たちのこと振り回しやがってよぉ、ゴロツキやってた俺たち拾ったときもそうだったし!」

「そうだよぉ、いつか人殺しになる前にもうすこしマシなゴミになろうって……仲間だと思ってたのに……」

「もう仲間じゃない。お前らには居場所があるだろ」

「え?」

「居場所がある奴は、俺の仲間じゃないよ。帰ってまっとうに暮らせ」

 マイティとスティンキーが顔を見合わせる。

 作業中に村人たちが話しているのを小耳に挟んだのだが、マイティとスティンキーはこの村で育った悪ガキだったそうだ。乱暴者のマイティが子分だったスティンキーを連れて村を飛び出した。

 あいつはいつか人を殺してしまうのでは、と村人たちは眉をひそめていたのだという。それが今回、ふらりと村に戻ってきて、恵まれた体力と手先の器用さを使ってくれたのが、当時を知る人たちにとっては本当に嬉しかったそうだ。

「……マイティ。お前がゲスなことに手を染めないでよかったよ。あいつ、故郷のこの村で体を動かしてるほうが俺たちといるよりずっと伸び伸びしてる」

「それは……俺もそう思うけどさ!」

「だから、ここでお別れだ。まっとうに生きな」

 アベルが目深に被っていたフードと付け髭を剥がした。

 小柄な男に扮していた姿が、極めて目つきの悪い女に様変わりする。

「……俺はミュゼオン教団を足抜けしたゴロツキだ。今まで男のフリして騙してて悪かった」

「え?」

「あ?」

 マイティとスティンキーが顔を見合わせる。

「騙してって……男のフリってこと」

「いや、悪いんだが……知ってたぞ」

「えっ!」

「隠してたのか? 髭は、そういう趣味なのかと」

「えええっ!?」

 馬車の上のアベルの顔が真っ赤に染まっていく。

 たすけて、というようにユウキを見つめるアベルであった。

「ぼ、ぼくはきづかなかったです」

「そうか、そ、そうだよな!?」

 ふるふると震えているアベルが、少しだけホッとしたようだった。

「と、とにかくさ。俺はミュゼオンから追われてるんだ。あいつらの陰湿さは舐めちゃいけない……お前らを巻き込みたくないんだよ!」

 アベルがぱし、と鞭打って馬を走らせた。

「あ、おい待てって!」

 どんどん遠ざかっていくアベルの馬車を見送る。

 マイティとスティンキーが肩を落とす。

「まあ、いつかどこかで会えるよな」

「そうだなぁ……だが、アベルがミュゼオンの足抜けだったとはな」

 マイティの声色が暗くなる。

 どうやら、かなり陰湿に追いかけ回されるようだ。

「……それで、見習いから盗もうとしたときにあんなに怒ったのか」

「いやいや、マイティ……そうじゃなくても倒れてる人から追い剥ぎはダメだって」

 どうやら、ミュゼオン教団というのは上納金を納めずに足抜けした人間をどこまでも追いかけていくらしい。

 それだけではない。

 内部での対立が激しく、目の敵にされてしまえば最後、あの手この手で嫌がらせをされるのだという。

 魔力を譲渡する秘術を授けるかわりに、貧しい女子を教団の聖女として養育、養成する……という綺麗事を並べつつ、入団してきたら最後。規律や上納金で締め付けをおこなって、所属している女たち同士を強く対立させている──それがミュゼオン教団のやり方らしい。

「そなんだ……サクラさん、だいじょぶかな」

「いやあ、正直……あんな性格のいい子が教団でやってけるとは思えねえよ」

「だなぁ……とはいえ、上納金の何倍も支払ってやっと教団から独立できるって話だから、普通は無理だよ」

 嫌な話だ。

 一度借金を背負ってしまったら、そこから抜け出すことはほとんど不可能ということなのだから。

 ユウキはサクラの将来を思って暗い気持ちになってしまった。

 たったひとりで村中をサポートしているのだから魔力量については、きっと人一倍すぐれているのだろう。そして、何より優しくて……異様に卑屈なところが鼻についたけれど、それを必死になおそうとしている。

(オトナの社会って、やっぱどこも厳しいよなぁ)

 マイティの肩に乗ったままで、ユウキは溜息をついた。

 ……トオカ村のざわめきに悲鳴が混ざり始めていることに気がついたのは、少しあとのことだ。



 ◆



「ふぅ」

 村人たちの歓迎から離れて、畑の片隅に座り込む。

 ようやく、サクラは一息ついた。

 人間が好きで、誰かの役に立てるのは嬉しい。けれど、やはりたくさんの人に囲まれているのは少しだけ緊張するし、疲れてしまう。

 ぐぅっと伸びをする。

 たった一人で断続的に魔獣に襲われている村に行くように命令されたときには、正直不安でいっぱいだった。

 だが、結果は大成功。

 ……ユウキたちを頼ってよかった。

「あんなにお小さいのに、ユウキ様は……私も頑張らなくちゃ」

 そろそろ村に帰って、魔力の続く限り体の弱っている人たちの治癒をしようとサクラは立ち上がった。

 そのとき。周辺に武装集団がいることに気がついた。

 逆に言えば、そのときまで気がつかずにいたのだ。忍び寄られた。不気味である。サクラは思わず、身を固くした。

「え……? あの?」

 その中心にいたのは、時代錯誤なほどに古い鎧を纏った白髪の男だった。

 魔王時代に流行した、武勲を誇る派手派手しい鎧である。

 サクラはその姿に見覚えがあった。

 傭兵王ブルックス。

 腕の立つ人間たちに片端から声をかけて、魔王時代に多くの武勲を立てたという兵士だ。

 その実力は、魔王を散らした伝説の英雄グラナダスと並び立つほどだった──と本人は言い張っているが、ライバル意識をこじらせていただけだろうというのが多くの人の評価だ。

 ブルックス傭兵団は、しばらく前はトワノライトを拠点にしていたはずだ。

「よぉ、ミュゼオンの見習いさんかね?」

「は、はい。サクラ・ハルシオンと申します。あ! もしかして、トオカ村の魔獣討伐にいらしたのですか? なら、今みなさんにご紹介を──」

「いや、必要ない」

「え?」

 ごつん、と。

 鈍い音とともに、サクラの視界がブラックアウトする。

「……っ?」

 足から力が抜けて、音が聞こえなくなる。

 しぬかもしれない、と恐怖する間もなく、サクラの意識が遠のいていく。

「正義感をこじらせた見習いさんは、勝手に山に押し入って……魔獣どもを下手に刺激して村をめちゃくちゃにしてしまいましたとさ」

 ブルックスのしゃがれ声が聞こえる。

 何を言っているのだろう。

「雇い主からこういう台本を貰ってるんだわ、悪いねえ」

 ──ぶつ、と。

 サクラの意識が途絶えた。

 たすけて。

 つぶやけなかったその言葉。

 脳裏に浮かんでいたのは、ユウキの姿だった。
 トオカ村が騒ぎになっていた。

 ミュゼオン教団の見習いが行方不明になってしまったのだ。

「ユウキ殿! よかった、探しましたよ」

 マイティたちと一緒に、村の外れから戻ってきたユウキをピーターが抱きかかえた。

 サクラが行方知れずになった……なんだか、嫌な予感がする。

 嫌な予感というか。

 首筋が、ちりちりするというか。

 子どもの第六感、というのだろうか。

 ユウキはきょろきょろと周囲をうかがう。

 自分の感覚を大切にしろ。嫌な予感があるときには、何か異変があるはずだ──それがルーシーの

「もしかして、一仕事終えて帰っちまったのかねぇ……マイティのお友達の髭のおちびも見当たらないし」

「あの子は、黙ってどこかに行くような子じゃないわよ」

 アキノがカリッと親指をかむ。

 何か手がかりがあれば追いかけられるのだろうが、サクラの足跡などわかるはずもない。

 どうしたものかな、とユウキが腕組みをしていると。

「なあ、あれはなんだ?」

 村人のひとりが山の方を指差した。

 山の向こう側から、煙があがっている。

「や、山火事か!?」

「ちがう、あれは……」

 見覚えがある煙の色だった。

 何本も、山の中から立ち上っている。

「いぶりだしだ! まじゅうをやまからおいだすやつ!」

 魔獣たちが嫌がる匂い──今回、ユウキが考案したアカキバボアよけの仕掛けに使ったポチの糞みたいなものを、山の中で焚く。

 すると、どうなるか。

 他の魔獣たちが山から一気に出て行くのだ。

 あの山は瘴気溜まりになっていて、アカキバボアが大量発生しているわけで。この次に起きることは──山からこの村に向けてアカキバボアの群れが駆け下りてくる、大惨事だ。

 隠れている魔獣を誘き出す方法としてルーシーから習ったことがあるが、その際に念押しされていた。

 絶対に、人里の近くでは使うなと。

「だれがこんなことしてるの!?」

 やばい、やばいって。

 絶対にこの状況はマズいし、もっとマズいのはこれが山の中にいる悪い奴らによって人為的に起こされていることだ。

「うわ、燃え広がったぞ!?」

「違う、あれ……土埃だ、魔獣がこっちにくる!」

 悲鳴があがる。

 スティンキーがすがるように言った。

 ユウキはゆっくり首を横に振る。

 はぐれて村に降りてきたアカキバボアが畑に侵入しないように追い返したり、寄せ付けないようにしたりするのに柵もネットも有用なはずだ。

 けれど、大群の、しかも興奮したアカキバボアに突撃されたらひとたまりもない。そんなのをはじき返せるのは、ユウキの知る限りはオリンピアがルーシーと大喧嘩したときに小屋のまわりに張り巡らせた結界くらいだろう。

 なにせ、あのルーシーの猛突進をはじき返したほど強固なものなのだ。

 マイティが雄叫びを上げて、村にある武器を手に取った。

 トオカ村青年会魔獣対策チームの若い男たち、血気盛んな女たちがマイティに続いた。

「い、今から少しでも罠と柵を補修できないかな!?」

「少しなら資材が残ってる、すぐに補修できるようにしよう!」

 作業の早いスティンキーの呼びかけに、アキノが応えた。

「くそ、魔獣狩りはまだ到着しないのかよ!」

「こんなときに!」

 パニックを起こしかけている村人たちにピーターが声をかけて、少しでも安全な場所に避難を誘導する。

 子どもたちを荷馬車に乗せて少しでも遠くに避難させる段取りをつけたようだった。

 みんな、さすがだ。

 ユウキは頭をフル回転させる。

(ど、どうにかしないと……っていうか、こんな状況でサクラさんはどこに!?)

 そのとき。

 わふ、とポチが鳴いた。

 ただ、鳴いただけではない。喉を整えるような咳払いだ。

 わふわふと鳴きながら、ユウキに視線を送ってくる。

「な、なに……?」

 キラキラと光る瞳。

 今こそ、俺の出番だといわんばかりの圧を発している。

「……わんっ」

 そのとき。

 ユウキの頭の中に、ポチの言葉が響いた。

 こいつ、飼い主の脳内に直接語りかけている。

 ──本気、出していいですか?

「もちろんっ! ポチ、たのむっ」

「ワゥ」

 キラッ、とポチの瞳が光った。

 そして、大きく息を吸い込むと──地平線まで響き渡るような遠吠えが響いた。

「ウォオォーーーッ」

「わっ」

 びりびりびり、と鼓膜が音を立てるほどの遠吠え。

 ユウキは思わず耳を塞いで、目をつぶる。

 何度も遠吠えがあがる。

「な、どうしたんだよ、ぽち……?」

 発情か、発情なのか?

 今、このタイミングで?

 戸惑いつつ、至近距離での大音量に耐える。

 何度目かの遠吠えが終わり、しん……と静寂が訪れて、ユウキはおそるおそる目を開けた。

 目の前が、真っ白だった。

 なんとなくひんやりとした、空気──生まれ育った魔の山の空気を感じる。

「ゆき?」

 目の前の白いふわふわに、手を触れる。

「ワフッ」

「えっ、ポチ!?」

 ユウキの視界いっぱいを白く染めていたのは、ポチの毛皮だった。

 見上げてみると、巨大な獣がそこにいた。

 ヒグマぐらいある、大きくて白くて、かっこいいオオカミ──魔獣の王フェンリルだった。

「うわああ、ポチ! かっこいいじゃんっ」

「わふっわふっ!」

 ユウキの歓声に巨大なフェンリルが喜んでぐるぐるとその場で回る。

 こわい、こわすぎる。

 ポチでなければ泣き叫んでいるところだった。

「乗れって……?」

 お座りの姿勢になったポチが、ぐるると唸って頷いた。

 ちょっと躊躇いつつ、ユウキは地面を蹴る。

 お座りをしているとはいえ、ユウキの身長よりもはるかに高い座高のポチだった。跨がるにはちょっと本気のジャンプが必要だ。

「おおお……みはらしがいい」

 マイティの肩に乗っていたときよりも、まだ視点が高い。

 なかなか気分がいいものだが……山からアカキバボアの群れが駆け下りてきて、一目散にこちらに向かってくるのがよく見えてしまった。

「ウォオオオーーーッ!」

 またひとつ、ポチが遠吠えをする。

 ポチがくるりと山に背を向けた。

 反対側に広がっているのは、トワノライトへと続く道──の奥に広がる平原だ。馬車で一昼夜走ったもっと先には、ユウキの育った山がある。

 その平原に黒い影がみえる。

 馬車を襲撃する、運送組合の悩みの種。

「……ブラックウルフ!」

 山にいたコオリオオカミたちと比べると、かなり小さい。ユウキが知るオオカミと同じような体躯をしているが、獰猛さでは引けを取らない魔獣だ。

 その群れがこちらに向かって走ってくる。

「い、いやいやいや!」

 絶体絶命すぎる。

 前門の虎後門の狼ならぬ、前から突進してくるアカキバボア後ろから猛攻してくるブラックウルフである。最悪だ、こんな状況。

 ブラックウルフは風のように駆け、人や家畜を襲う──獰猛さ以上に、その素早さに注意をするべき魔獣である。師匠であるルーシーからは、そう聞いている。

 あっというまに村に迫ったブラックウルフたちに気がついた村人たちが悲鳴をあげた。アカキバボアだけでも、決死の覚悟で追い払おうとしていたのに。

 なんで、今このタイミングで……と、思ったところで。

 ユウキは気がついてしまった。

「ポチ、おまえか!?」

「わふっ」

 さっきの遠吠えで、ポチがブラックウルフを呼び寄せたのだ。

 ブラックウルフたちは、トオカ村をスルーしてアカキバボアたちの群れに突っ込んでいく。

 魔獣と魔獣のぶつかり合い。

 簡単に決着がつくはずもなく──アカキバボアの前線が崩れた。

 トオカ村から歓声があがる。

「白い狼……あれはユウキ殿が手なずけてる魔獣なのか?」

「すごい! あんな年齢で魔獣使いなんて!」

 どやぁ、とポチが胸を張る。

 子分にしたブラックウルフたちにアカキバボアを任せて、ポチがふんふんと鼻を鳴らしながら駆けだした。

 何かの匂いをたどっているようだ。

「あっ、もしかして、サクラさんを探してくれてる?」

「わふっ!」

 ポチは迷わず、山へと駆け出す。

 魔獣たちを山から追い出すほどの臭気を発する煙幕をものともせずに、ポチは駆けていく。つよい犬だ。

 アカキバボアとブラックウルフの乱闘をすり抜けて、山に近づいていく。

 振り返ると、トオカ村のほうではブラックウルフの牙をすりぬけて到達してきたアカキバボアが罠によってきちんと無力化されているようだった。

 弱ったところを、マイティ率いる村の青年会魔獣対策チームたちがきっちりと捕らえている。いいチームワークだ。

(よかった……あれなら大丈夫そうだね!)

 乱暴者で困った奴として有名だったというマイティだけれど、こういう活躍の場が用意されたときにはこの上なく頼もしい奴だったわけだ。

 サクラの匂いを追跡するポチの走る速度が上がっていく。



 ◆



 山の中に分け入っていくと、ポチがぜぇぜぇと息苦しそうにしはじめた。

 魔獣の王といえども、燻り出しの煙は辛いようだ。

「むりしないで、ぽち」

「わうぅ……」

「かなり深く分け入ってきちゃったもんな……」

 燻り出しは山の向こう側で焚かれている。煙の匂いがユウキにも分かるくらいに濃くなってきて、迷わずに進んでいたポチの足取りが重くなってきた。

 サクラの匂いを追うのが難しくなってきたらしい。

 ……本気になれば、フェンリルにこんな煙幕は通用しない。

 コオリオオカミやブラックウルフたちを眷属として使役する、咆吼ひとつですべてを凍てつかせ、破壊する魔獣の王だ。

 だが、本気を出せばこの山は氷漬けになってしまう。

 連れ去られ、この山のどこかにいるであろうサクラもカチンコチンだ。

 むしろ瘴気もアカキバボアも乗り越えた畑すら氷漬けになってしまうかもしれない。そうなれば、収穫どころではなくなってしまう。

 だからこそ、ポチは本気をだせないでいるのだろう。

(っていうか、視界も悪くなってきたな……降りたほうがいいかも)

 ユウキはポチの背中から飛び降りる。

 位置が低くなったことで、多少は視界がよくなった。

「わうっ」

 ポチがじっと一点を見つめて吠える。

「あっちにサクラさんがいるんだね」

 ポチに「まて」を命じて、ユウキは山を登り始める。すでにもう頂上近い。

 煙幕の向こう側に、人影が見えた。

 ととと、と山の斜面を駆け上がる。うん、懐かしい感覚だ。

 平地や石畳を歩くよりも、走りにくい山の斜面のほうがずっと楽に走れるのだから変な話である。

「サクラさん、そこにいるの?」

 何度かサクラの名前を呼ぶと、小さなうめき声が聞こえた。

 間違いなくサクラの声だ。

 それと同時に、低いしわがれ声も聞こえてきた。

「なんでこんなところに、ガキがいる?」

「え、っと」

 目をこらす。

 煙幕の向こう側から、やたらと立派な鎧をつけた男が現れた。

 身なりは小綺麗だし、口元には薄笑いを浮かべている。

 けれど、とても嫌な感じがする。

「あの、そこにいるひと、たぶん……ぼくのともだちで……」

「この見習いさんか?」

 男が足先で蹴ったのは、気を失っているサクラだった。

 うう、と小さく唸っている。

 なんてことを、と驚いた。

(まわりにも手下みたいな人がいるし……嫌だな……)

 煙が充満している。今はポチを頼ることもできなさそうだ。

 自分がオトナだったならな、とユウキは思う。

 そうしたら、もっと安心してサクラを助けられるのに。

「いやあ……こんなガキを相手にさせられるとは、俺も落ちたもんだ……グラナダスを追い詰めた男、ブルックスともあろうものが──ぐえっ」

 だす、と鈍い音がする。

 上手くいった。

 鎧の男──ブルックスが尻餅をついた。

 煙幕の奥にいる手下たちから悲鳴があがる。

「は!?」

「ボスに土が……はぁ!?」

「どんな魔獣相手でも膝をつかない、不倒のブルックス」

「っていうか、すね当てが変形してる……どんな馬鹿力だよ」

「うぐ……な、なんだ今のは?」

 ユウキが身長の小ささを活かして、すね当てをつけた足に思い切りタックルをかましたのだ。山の下から迫っていったことで、上手く死角に入り込むことができたようだ。

「なっ、あの見習いはどこだ!?」

「え? 今さっきまでそこに……」

 忽然と消えたサクラに、さらにざわめきが大きくなる。

 誰の目も届かないはずのところで魔獣を操っているという優位性に酔っていたブルックスたちの表情が凍り付いていく。

 魔獣たちの一撃は人間の命を簡単に奪ってしまう。

 つまり、命運を分けるは素早さだ。

 ルーシーからは攻撃方法の何倍も徹底的に、身のこなしと回避方法を教わっている。ユウキは小さな体を活かして、すでにサクラを救出していた。

「よいっしょっ! サクラさん、ごめんねっ!」

 両腕でサクラを抱きかかえて、引きずるようにして撤退する。

(くそー、お姫様抱っこみたいにできたら……いや、むりだよね)

 とにかく、ポチのいるところまで逃げよう。

 ──揉め事が起きても、本気で戦ってはいけない。

 ユウキを鍛えてくれたルーシーの教えだ。

 まだまだ子どものユウキには、リスクが高いから。たぶん。

 煙幕にまかれながら逃げる。

「はぁ、はぁ……」

 あっという間に、足どりがよたよたとヨレはじめる。

 ユウキひとりであれば、瞬間的にパワーを発揮したり、相手の目にもとまらぬ動きで不意をついたり、ルーシーに鍛えられた身のこなしで魔獣を狩ったり……子どもにしては、悪くない動きができる。

(だ、だめだ……重い! サクラさんには絶対言えないけど!)

 けれど、子どもの限界がここにあった。

 酷く痩せているとはいえ、自分よりも大きな人間を引きずって動くとなれば動きに限りが出てしまう。

 ポチが待ってくれている場所までが遠い。

 いつものポチならば、きっとユウキのいるところまで駆けてきてくれるはすだ。けれど、この煙幕の中では目も鼻も利かずに動けないのだろう。

 逃げ切らなくちゃいけないけれど──。

「わっ」

 とん、と背中が何かに当たった。

 木ではない。生物だ。

 だが、毛皮は感じない。ポチでもアカキバボアでもないはずだ。

(ってか、全然、後ろにいるのがわからなかった……)

 それなりに危機回避を叩き込まれているはずなのに。

「……やあ。活躍してるみたいだな、ユウキ」

「えっ?」

 恐る恐る振り返ると同時に、とても懐かしい声が振ってきた。

 乾いていて、温かくて、頼もしい声。

「し、ししょう!」

「少し背が伸びたか、弟子よ」

「な、なんでここに」

「ん、オリンピアがどうしてもお前の様子を見てこいとな……」

 だが、とルーシーが向こうを睨む。

「まさか、懐かしいバカをこんなところで見かけるとは」

 ずさずさと鼻息荒く迫ってくる一団。

 ブルックスの姿が煙幕の向こうから浮き上がってくる。

「おやおや、保護者の登場か? あまり乱暴はしたくない、が……」

「久しぶりだな、ブルックス」

「……は?」

 ルーシーの声に、ブルックスが顔をひきつらせた。

 みるみる青ざめていく。

「な……なぜお前がここにいる、ルーシー……」

 ブルックスの狼狽えている姿に、手下たちが動揺している。

「ルーシー・グラナダス!」

 なんだ、知り合いなのか……ん?

 母親代わりであり、師匠でもあるルーシー。この世界では限られた身分の者しか持っていない姓を持っていたとは、知らなかった。

 ……というか。

「ぐら、なだす?」

 その名は、世情に疎いお子様であるユウキすら何度も聞いたことある。

 魔王を滅し、時代を塗り替えた。

 最強の戦士、伝説の英雄。

「し、ししょうが……ぐらなだす?」

 母親が、大英雄。

 うそでしょ、とユウキは思わず呟いた。



 ◆



 ユウキが木の陰にサクラを避難させる。

 左足をわずかに引いたルーシーが、腰を落としている。

 本当に小さなモーションだが、臨戦態勢だ──と弟子であり息子でもあるユウキにはわかった。

(な、なんか変だと思ってたんだよ!)

 一撃で地面を吹っ飛ばしたり、単身で魔獣を狩ったり。

 強力な魔獣が現れるたびに、あちこちから招聘されて戦っているというわりに、一度として大きな怪我をすることなく帰ってくる母親。

 変だ、変だとは思っていた。

 まさか──まさか人類最強と呼ばれている、伝説の英雄グラナダスがルーシーその人だったとは。

「あー、ユウキ」

「ふぁい」

「もう少し離れて……目と耳を塞いでおけ」

 こくこく、とユウキは頷いた。

 サクラを抱えて待避する。

「ブルックスよ、お前は変わらんなぁ……傭兵王だなんだと言われていたが、自分を大きく見せることに必死なつまらん男だよ」

「う、うるさい! 俺は弱くねぇぞ」

「強くもないさ。本当に強い奴らは、魔王時代に死んでいった」

「ぐっ……」

「お前がしてたことといえば人間同士のくだらない内輪揉めにクビを突っ込んで、くだらん組織をデカく見せることだけだろう」

 相当に険悪な仲……というか、ルーシーがブルックスを軽蔑していることがはっきりとわかる。

「今も変わらんなぁ……おおかた、ミュゼオン教団内の嫉妬やらやっかみやらで標的になった見習いを陥れる算段に手を貸したか?」

「う、うるさい! 黙れ!」

「時間も流れて……今まともな奴で生きてるのは、魔術狂いのリルカくらいか」

 ルーシーが一歩、また一歩とブルックスに歩み寄る。

 気圧されるようにブルックスが後ずさる。

「……隠居して表舞台に出てこなくなった奴が、どうして今更俺の前に現れる」

「舞台に表も裏もあるものかよ」

 ルーシーが吐き捨てる。

 気配が動いたのを察して、ユウキは言われたとおりに耳を塞いだ。

「お前たちの噂は聞いていたよ……魔獣狩りすらも徒党を組んで、高い報酬をむしり取らんとやっていけないとはなぁ」

 報酬も受け取らず。

 自らのフルネームを名乗ることもなく。

 さすらいの魔獣狩り(マタギ)として、多くの修羅場をくぐり、絶望に陥った人間たちの活路を切り拓いてきたルーシーが吐き捨てる。

「──反吐が出る」

 目をつぶって、耳を塞いでいるユウキにもわかった。

 ブルックスや彼に付き従って甘い汁を啜ってきたらしい人間たちが情けない叫び声をあげている。魔獣狩りは対等な命のやりとりだけれど、今行われているのは一方的な暴力だ。

 ルーシーとしては、あまりに教育に悪いので愛弟子であり息子であるユウキには見せたくないものなのだろう。

(うちの母が……すみません)

 心の中で呟いた。

 、別にルーシーは何一つ悪いことをしていない。

 悪いのは──ブルックスたちの運だろう。

 手を出した相手も、タイミングも、何もかもが悪かった。

 木々の切れ間から、目下に広がる光景を薄めて確認する。

 アカキバボアたちは、ほとんど狩り尽くされたようだ。生き残った個体はほうほうのていで逃げ出している。

 弱肉強食。瘴気溜まりによって増えすぎた魔獣の数を減らすことは、人間の生活を守るうえで大切だ。

 ポチの号令で駆り出されたブラックウルフたちは子どもたちの待つ根城へとご馳走──アカキバボアを引きずって運んでいる。

 トオカ村には、大きな被害は出なかったらしい。

「待たせたな、帰るぞ」

 ぽん、と肩を叩かれる。

 ユウキとサクラを両腕に抱えて、ルーシーは悠々と歩き出す。

(これ、振り返らない方がいいんだろうな……)

 背後で明らかにボコボコにされた人間たちのうめき声が聞こえてくる。

 とりあえず、生きてはいるようでよかった。

 息子にエグい光景は見せないようにしようというルーシーの心遣いを無駄にしないように、ユウキはそっと目を閉じた。



 ◆



 サクラの無事の帰還とアカキバボアの駆除成功に、トオカ村沸き立っていた。ほとんどのアカキバボアは、ブラックウルフたちのご馳走になった──人間たちにも、ご馳走が残された。

 お祝いの宴だ。

 今回のお手柄であるユウキとポチ、そして無事の帰還を祝われているサクラは村人たちに取り囲まれて口々に褒めそやされていた。

「ユウキ様は、本当に……私の恩人です。ご迷惑をかけてばかりで、ごめんなさい」

「きにすることない。わるいやつらのせいだから」

「わふっ!」

 残ったアカキバボアたちが急に増殖することもなさそうだし、もしも山から下りてきたとしても村に張り巡らせた柵やネットなどの施設で対応ができるだろう。

「ほら、ちびっこたち! どんどん食べなさい、遠慮は逆に失礼だよ!」

 トオカ村で栽培した麦を使ったビール片手に料理をしているアキノが陽気に声を上げた。

 アカキバボアの丸焼きが宴のメインディッシュだ。

 こんがりと新鮮な肉を焼き上げた、正真正銘のご馳走だった。

 そぎ落とされた肉にかぶりつく。

(メイラード反応、溢れる肉汁……うまい!)

 ユウキは唸った。

 念願の肉。大きな肉。かぶりつける肉。

(……けど……やっぱり、ちょっと味が薄い!)

 塩味がやや薄く、ちょっと味も単調なのだ。

 こってりしたジャンクな味付けの、甘辛い肉を、どうにか食べたい──ユウキは次の目標を新たにした。

 イノシシ肉のバーベキューは村中に振る舞われている。

 本当の主役である村人たちから少し離れたところで、ピーターとルーシーが旧交を温めていた。

「あっはは、どうです。うちの娘は……俺なんかにゃもったいないくらいによくできてるでしょう」

「ああ、お前の若い頃にそっくりだ……強運が滲み出てる。将来、あの子もデカい鉱山を見つけてもおかしくないな。街づくりの立役者二世だ」

「立役者なんてやめてくださいよぉ……俺は運がいいだけですから、今回だってユウキ殿を預からせてもらって……なんです、あの麒麟児は?」

「ん……あの子については、私も驚いているよ。異世界からの旅人ってのは、あれだけ規格外なものかとね」

 ルーシーがビールを一気にあおり、ピーターもそれにならった。

「それにしても、隊長とまた酒が飲めるなんてなぁ!」

「隊長はやめてくれ、もう解散した隊だ」

「ひっく、隊長はいつまでも隊長ですって!」

 にへら、と破顔するピーター。

 普段は大人ぶっているが、憧れの人(ルーシー)の前ではまるで青年時代に戻ったように頼りなくなってしまう。

 ユウキはそんな二人を微笑ましく思いながら、声をかけた。

「ししょう、ピーターさん。おみずちゃんとのんでますか?」

 アキノに「あの酔っ払いに釘をさしてきて」と言われて、水を飲ませるという使命を帯びて派遣されたのだ。

「おお、ありがとう。ユウキ殿」

「これくらいで酔わないがな」

「隊長、俺らも歳ですからね」

 苦笑するピーターに、ルーシーがちょっと罰が悪そうに唇をとがらせた。

 普段オリンピアと接している時間が長いルーシーは、たまに自分の年齢を忘れがちなところがある。

「そうだ、ユウキ。少し一緒に話さないか?」

「はい?」

「よい、しょ」

 ルーシーはユウキを抱き上げて自分の膝に座らせる。

 酔っ払ったルーシーというのは初めてだ。

 特に何かテンションが上がり下がりするわけではないが、普段はユウキを抱っこすることはないルーシーの膝に座るのは新鮮な気持ちだった。

「……ピーター、ミュゼオン教団のトワノライト支部についての調査は進んでいるか?」

「ああ、例の件ですね」

 改まった様子でルーシーが切り出した。

 驚いた。

 ルーシーからピーターに、ミュゼオン教団について調べ事を依頼していたらしい。内容はといえば──上納金の着服についてだった。

「ここ数回のサクラさんとの取引を通じて、ミュゼオン教団の上納金の実態がわかりました」

 先程までの酔っ払いとは別人のようにピーターが理路整然と話し始める。

 ピーターの調査によると、ミュゼオン教団が定めている金額にかなりの額を上乗せして見習いや下級聖女たちから上納金を巻き上げているようだった。

「なるほどな……思った通りだ」

「実際、ほかの支部よりも足抜けした者も多いと聞くし、女であるということ事態を隠して義賊じみた盗人をやっている者もいるとか」

「わかった、ありがとう」

「いいえー。隊長……じゃなかった、ルーシー殿の頼みですから」

 ピーターがへにゃっと笑った。

 能ある鷹は爪隠す、を地で行く人だ。やっぱりかっこいい。

 ルーシーも「ふぅ」と脱力した溜息をついて、夜空にぽっかりと浮かんだ月を見上げた。

「ユウキ、少し付き合ってもらえるか?」

「なににつきあうの」

「うん、オリンピアがお前に会いたがってるからな……明日にでも、ミュゼオン教団の支部にな」

「かあさんが……?」

 まあ、オリンピアがユウキに会いたがってしょぼくれているであろうことは想像に難くない。子離れというのはいつの時代も苦労するものらしい。

 でも、それとミュゼオン教団に何か関係があるのだろうか。

「ついでに、あの見習いも送っていくよ」

「お願いします。俺とアキノはトオカ村の件で精算などがあるので」

 固いイノシシ肉のバーベキューを囓りながら、ユウキは話を聞いていたのだが──。

「ふぁ……」

 急激に眠くなってしまう。

 まだ日が沈んで間もないのに、情けないことだ。

 まあ、六才児なのだから寝られるだけ眠ったほういいのだけれど。
 サクラが夢見るような表情で空を眺めている。

 さきほど目にした光景が、忘れられないのだ。

「なんというか、頭も心も追いつきません。ユウキ様を育てられたのが、あの伝説の英雄グラナダス様と……大精霊オリンピアだなんて」

「あ、はは……」

 大精霊オリンピア。

 かつて魔王時代の終焉に、グラナダスを守護していたとされる。

 やがては精霊女王として万物を統べる霊位に昇るかもしれない、非常に重要で偉大な高位精霊であり──ミュゼオン教団が崇める信仰対象のうちの一柱でもあるのだ。

 サクラが夢見心地なのも無理はない。

 自分が崇めている存在であるオリンピアが、正確に言えばオリンピアの分霊が目の前に現れて、喋って、サクラを苦しめていたミュゼオン教団の幹部に裁きを下したのだから。

 その奇跡が起きたのは、数刻前のことだった──。



 ◆



 なんだか申し訳ない状態だな、とユウキは思った。

 支部の最高責任者である司教が、真っ赤になったり真っ青になったりしながら目の前の人物を見つめている。

 教団関係者しか入ってくることができない、教会の中心部にある聖水の間までルーシーは一切のためらいなくあがりこんだのだ。

「司教殿。話があるのだが、少し時間はよろしいか?」

「あ、あああの!? ルーシー様、何をされるおつもりですか!」

 何も知らされずに、ルーシーに教団まで送り届けられたサクラがおろおろとしている。ルーシーはサクラには応えずに、自分よりも背の低い司教をじろりと睨み付けつづけている。

 眼光鋭い狩人が、子どもを抱っこしたままでやってきた異常事態に、司教や彼をとりまく周囲の人間は騒然としていた。

 多くの教団関係者にとりかこまれて歩いていた司教の肩をひっつかんで、逃げようとするのを引き留める。周りにいた聖女たちは、状況がよく飲み込めずに訝しげな顔をしていた。

 中には、「またサクラと、あのチビが騒ぎを起こしている」と渋い顔をして敵意を剥き出しにしている者もいる。

「な、な……」

 じり、じり、と距離を詰めるルーシーから逃れるように後ずさる司教──その後ろには、豪華な噴水があった。

 円形に整えられた噴水の真ん中には、美しい精霊の彫刻が立っている。

 精霊が持っている壺から注がれている水からは、オリンピアの結界内に湧いている泉と同じような気配を感じる。

 彫刻がミュゼオン教団の進行する「大精霊」と呼ばれる存在のようだ。

 どことなく、オリンピアの面影があるような、ないような。

(これ、聖水……ってやつかな?)

 トオカ村を離れる前に、サクラは「瘴気溜まりを浄化する」といって瘴気の濃く吹きだまっているところに聖水を振りかけていた。

 さらには、瘴気酔いをする人が出た場合に備えて……とトオカ村に瓶詰めの聖水とやらをいくつか売り渡していた。

 あの聖水もサクラが教団から買い取って、それを転売している形らしい。よく聞くと、かなりの高額商品だが利ざやはほとんど出ないようにしているとか──見習いや聖女職についている人よって、聖水を売る価格はまちまちなのが現状らしい。

 それもこれも、教団が所属している人間たちから金を吸い上げるだけ吸い上げるような油まみれの歯車が回っているためだ。

「オトナ、汚すぎる……」

 震える司教に、ルーシーが言った。

「証拠は揃っているんだ、過剰に巻き上げた上納金を返却しろ」

「う、うるさい! 我々の働きは失われた精霊様たちの御心を継ぐものだ! グラナダスとかいう傲慢な勇者気取りが魔王を倒した余波で、こんな世の中になってしまった今、我らこそ地上の光……トワノライトという、エヴァニウム算出の拠点を守るには費用もかかる、口出しをするな」

 ものすごい早口のおじさんである。

 見習いのサクラを送り届けてきた謎の子連れ女──彼女がくだんのグラナダスなのだが──ルーシーに睨み付けられて、司教はすっかり萎縮しつつも染みついた傲慢さを隠さずにいる。

「な、なんですかあれ……見習いのサクラが引き入れたの?」

「貴族様はやりたい放題ね、ほんとに」

「誰か呼びましょう、追い出さないと」

 周囲の人たちが徐々に自我を取り戻し、騒ぎ始めた。

(うわ、なんか……やばいんじゃ……)

 今の状況は、明らかにルーシーが悪者だ。

 いくら汚職の証拠を掴んでいるからと言って、あまりにも性急すぎるのではないかしら……とユウキは震えた。

 まわりに人が集まり初めて調子を取り戻した司教が、勝ち誇ったように吐き捨てる。

「大精霊様が、こんな狼藉を許すと思うのか?」

「ほお、大精霊様が」

 ルーシーがにやりと口の端をつり上げる。

 これはもう、勝ちを確信しているときの表情だ。オリンピアと口喧嘩をしているときに、時折浮かべるこの表情に見覚えがある。

 大きく息を吸い込んで、ルーシーは大司教……の後ろの噴水に向かって問いかけた。

「……どうなんだ、大精霊様?」

「は?」

 ルーシーの言葉から一瞬の間があって、キンという甲高い音が耳をついた。

 キィン、キィンと共鳴しながら音がどんどん大きくなる。

「うわ、うるさっ」

 ユウキは思わず耳を塞いだ。

 頭が痛くなりそうな音だ。

 様子を見守っていた下級聖女や見習いたちも同じように顔を歪めて耳を塞いでいる。

「……?」

 だが、司教や年かさの教団関係者たちはきょとんとして何が起こっているのかわかっていないようだった。

(これ、あれだ! モスキート音だ……)

 一定の年齢を超えると聞こえなくなってくる、高周波音だ。パチンコ屋の前を通りかかったときに、いつの間にか聞こえなくなってしまったときには自分の加齢を痛感したものだ。

 キンキンと、重なり合いながらどんどん大きくなる音に耐えていると噴水が光り始める。

 その光が人の形をとった。

 空中になびく長い髪、豊満な曲線を描く体、頭上に輝く光の輪。

『──……ああ、なんという、なんということでしょう』

 芝居がかった声にも、聞き覚えがあった。

(か、かあさん!)

 どこからどう見てもオリンピアだった。

 だが体は半透明。響き渡る声もラジオを通したように、ちょっとノイズが乗っている。

 実体ではない、ホログラムのような存在のようだ。

『精霊たちの名を騙り、人の欲を満たそうとは……ああ、これはとびきり嘆かわしい!』

 光り輝きながら威厳ある喋り方をしているオリンピアだが……ユウキとルーシーに小さく手を振っているので台無しである。

 そういうところですよ、かあさん。

 授業参観にはしゃいだ母親がやってきてしまったような、なんともいえないうれし恥ずかしい気持ちである。

 あちゃあ、とユウキは目をそらした。

 どちらかというと、母親を参観している形だし。

「こ、これは……っ! 大精霊様が降臨なされた……魔王時代以降、その兆候もなかったというのに……」

 わなわなと震えて、オリンピアの前にひざまずく司教によりいっそう気まずい気持ちになるのであった。

 ルーシーは生暖かい目でオリンピアを見守っているので、おそらくコレが起きることは織り込み済みだったのだろう。

 やや強引にユウキをつれてここまでやってきたことも含めて、彼女の台本通りだったのでは。

 抱っこされたままで、ユウキはルーシーにそっと尋ねてみる。

「ししょう、あれってどういう……?」

「オリンピアがどーーーーしてもお前の顔を見たいと言ってきかなくてな……オリンピアに縁のある泉であれば『現し身』を送れるからというので……」

(え、じゃあこれって……俺に会いにきてるかんじ?)

 過保護にもほどがある。唖然とするユウキであった。

「ついでだから、母のいいところを見せたいというから……ピーターが前々から教団の不正については少々気にしていたもので、協力してもらったわけだ」

「ええ……」

 そっちがついでなんだ。

 サクラが救われそうな方向に話が進みそうだし、いいんだけれど。

 むしろ好都合なのだろうけれど……手放しで喜べない。

「お、お許しください! 大精霊様……」

『ええ、ええ……子どもたちに慈愛を。特に……私の愛しい子のお友達にはとりわけ親切におねがいします』

「……は?」

 オリンピアの言葉に大騒ぎ状態だった聖水広間が、しんと静まりかえる。

 うるさいほどの沈黙だ。

「大精霊様の愛し子……ですと」

『ええ、それはもう。とびっきり愛しい子です』

「な、ななっ」

『そして……何やらそこの娘は、我が愛しい息子と仲良くしていただいているようですね……』

 話しかけられたサクラが、目にいっぱい涙を浮かべて震えだした。

「は、はわ……大精霊様が、わ、わ、私なんかに語りかけて……!? というか、ユウキ様はやっぱり、すごい人だったのですね……」

『ええ……うちの子を今後ともよろしく』

 ぺこり、と一礼をするオリンピア。

(か、かあさん……キャラがブレてる!)

 ユウキの心配をもとに、大精霊の降臨に教団側は萎縮しっぱなしのようだ。

 気持ちよくお説教をし終えたオリンピアが、にこやかにユウキたちに手を振りながら消えていくのを見送ったころには、ユウキとサクラの扱いがまったくもって変わっていた。

 トップアイドルよろしく、崇拝と尊敬をない交ぜにしたような眼差しを一身に受けたユウキは、オリンピアの姿に夢見心地になっているサクラを連れて逃げ出したのだった。



 ◆



 大型の魔獣の出没情報があったということで、ルーシーは早々にトワノライトを発っていった。まったくもって、嵐のような人だ。

 トオカ村から帰ってきたピーターとアキノに教団でのことを話したところ、二人とも大笑いをしていた。

 アキノの淹れたハーブティーを飲みながらの、一仕事を終えた語らいの時間だ。

「そりゃあ、痛快だったわね!」

「あっはは、あの人たちは昔から変わらないなぁ」

「むかしから、あのかんじだったの!?」

「ああ。グラナダス伝説なんて言われて、けっこうシリアスに語られてるが、魔王との戦いとは思えないくらいにハチャメチャだったよ」

 ピーターは多くは語りたがらないのだけれど、おそらく相当に愉快な旅だったらしい。……それにしても。

 「伝説」とまで呼ばれており、自分の銅像まで建っている街に澄んでいて、ほとんど正体を知られずに暮らしているのだからピーターの凡人オーラには驚かされる。

 だからこそ、忘れがちだったけれど。

 この世界でわからないことがあればピーターはなんでも教えてくれる、酸いも甘いも知り尽くした大人なのである。

「そうだ、ピーターさん。ひとつ、ききたいことがあります」

「うん?」

 鉱山の街トワノライトは、エヴァニウムのおかげでかなり現代的な道具が揃っているけれど……精霊がいて、魔獣がいて、魔力がある世界なのだ。

 それなのに、今まで「アレ」を見ていない。

 オリンピアが現し身を使って山奥の結界域からトワノライトまで転移をしてきたのを目の当たりにして、やっと思い出した。

「このせかいには、まほうはあるの?」

「……え?」

 ピーターとアキノが顔を見合わせた。

「もちろんあるよ。魔術と呼ばれることが多いけれど」

「あー……瘴気酔いも知らなかったもんね。なんというか……知ってることと知らないことの差が激しいと、こういうこともあるか」

「それもそうか……ルーシー殿は武術の人、オリンピア殿は魔術なんぞ使わなくとも精霊の力を振るうしなぁ……」

「トワノライトがこんな大都市になれたのは、産出される精霊石エヴァニウムのおかげ。で、そのエヴァニウムが重要視されるのは、魔力を持つ人間が魔術で操るような現象が誰にでも起こせるからなの」

「ふむっ」

 要するに、魔術というのはこの世界ではかなり限られた人間しか使えないものだそうだ。

 生まれつき魔力を多く体内で生成して貯め込める体質で、かつ、魔術師としての修練を積む機会に恵まれて、ようやく魔術を使えるらしい。

「今は魔力を持っている人の多くはミュゼオン教団か魔獣狩りギルドに入ってしまうから、魔術は廃れているよ」

「なるほど」

 ふむぅ、とユウキは考え込んでしまった。

 というのも、オリンピアの行ったように別の空間に転移するような魔法がないだろうか……と気になってしまったのだ。

「あの、ぼくもまじゅつをならえますか?」

 ユウキの質問に、黙り込んだピーターはしばらく考え込んでから返答した。

「魔術師の知り合いは、一人しかいないんだ」

「え、父さん。それって……」

「うん、グラナダス隊にいたリルカ殿なんだが……」

 何か問題がありそうな口ぶりだ。

 口の重くなってしまったピーターのかわりに、アキノが教えてくれた。

「魔術師リルカといえば、父さんなんて比べものにならないくらいの伝説的な人物よ……なにせ、数百年前に魔王出現を予言した人なんだから」

「すうひゃくねん!」

 それって、あれだ。

 魔法をあやつる長命種族……いわゆるエルフ的なやつだ。

 イメージ通りの魔術師像に、ユウキは思わず興奮した。

「ただの魔術師じゃなくて、未来を見通す『眼』を持っているのよね」

「まあ、あの人が有名なのはそれだけじゃなくて……引きこもりの中の引きこもりなんだよ」

 リルカなる魔術師は長いこと少女の姿を保ったまま、「図書館の塔」と呼ばれている自宅に引きこもって過ごしていて、どんなに偉い人物の招聘にも応じないし、来客を招き入れることもほとんどない。

 極めて数少ない例外が、英雄グラナダスとの旅だと言われている。

「まあ、それも最後の数日だけで……旅のほとんどは遠隔参加だったんだけれどもね」

 魔王討伐に遠隔参加とは。どういうことだろう。

 テレワークなんだ、そこが。

「だからさ、魔術師リルカに会うのは難しいと思う。他にツテのある魔術師もいないのよ」

「そうなのか……じゃあ、まほうをおぼえるのはむずかしいのかな」

 ちょっと残念に思っていると、ピーターがそっとハーブティーのカップを持ち上げて言った。

「心配ないよ。こんな風にあの人を話題にしてると、たぶんそろそろ……」

「え……?」

 そのとき。

 カタカタ、と家が揺れ始めた。

「わ、何コレ!? お父さん!?」

「落ち着いて。ユウキ殿、アキノ、カップを押さえて」

「んえ……?」

 ダイニングの大きなテーブルが揺れて、さまざまな図形が組み合わせられた魔法陣が浮き上がって、光り始めた。

 グルル……とポチが唸る。

 何かが近くにいる時の反応だ。たとえば大型の魔獣とか。

「な、なにこれぇ!?」

「このテーブルは、リルカ殿からの開業祝いでね……こういう『仕掛け』なんだ」

「やたら大きいって思ってたけど……ぎゃああ!」

 アキノが絶叫する。

 絶叫して、隣にいたユウキに抱きついた。

 抱きつくのにいい感じの大きさと、ぷにぷにのほっぺた。アキノにしてもサクラにしても、そしてたまにピーターにしても、おちびのユウキを抱きしめることで精神安定を図っているときがある。

 別にいいんだけれども、力が強すぎてちょと苦しい。

 だが、今回ばかりは仕方ない。

 目の前に出現したモノが、あまりにも異質だったのだ。

「な、な、何コレぇええぇ」

「うぎゃあああ!」

 生首だ。魔法陣の真ん中に、生首が鎮座していた。

 切りそろえられた銀色の髪の、女の子の首だ。

『やあ、はじめまして』

 しかも、生首が喋った。可愛い声だ。

 アキノが言葉を失っていると、ひょいっと生首から下が魔法陣から出現した。テーブルの上にあぐらをかいている美少女をピーターがたしなめた。

「……リルカ殿。あまりうちの娘を怖がらせないでください」

『そりゃ失礼、異世界からの旅人くんにインパクトを残したくての』

 リルカが愉快そうにクツクツと笑った。

 見た目は美少女、仕草はおっさん、口調は老人。なるほど、これが長命種か……とユウキは少し感心してしまった。

 彼女がこの世界で最上級の魔術師か……どことなくユウキをこの世界に転生させた金髪ロリ女神に似ている気がする。人間を超越した存在というのは、こういうルックスなのだろうか。

 ずい、とリルカが身を乗り出して、ユウキを見つめる。

 あまりにも至近距離なので、そっと手を伸ばしてリルカの顔面に触れてみると……触れて、しまった。

「わっ」

『むぐ、レディの顔面に何をするのじゃ』

「さ、さわれた!?」

『いやいや、驚いた……たしかに私はここに「いる」けれど、そちら側から干渉できるのは、紛れもなく君の力じゃよ、少年』

「ど、どうも」

 この人、二人称が「少年」だ……と謎の感動をしてしまった。

 リルカの体は半透明ではなくて、きちんと実体があるように見える。

 オリンピアが自分の現し身を送ってきたのとは違うものなのだろうか、あれは向こう側の景色が透けていたはずだ。

『魔術を習得したいというのは少年だね?』

「は、はい」

『いいね、魔力量も膨大だし、魂も知能も十分……そして少年が成し遂げたいことは』

 今度はリルカがユウキに手を伸ばしてきた。

 伸びてきた指先が眼に触れそうに近づいてきたのに驚いて、ぎゅっと目をつぶる。

「……?」

『はは、なるほど……これは鍛え甲斐がありそうだ』

 愉快そうな声に、目を開ける。

 身構えていたけれど、いつまで経っても触れられる様子がなかった。

 おそらく手をかざして何かを読み取ったのだろうか、目の前にはニマニマと笑っている顔がある。

(いやいや、成し遂げたいっていうか……)

『こういうことが、したいのじゃろ?』

 とん、と。

 ユウキの目の前に、何かが置かれた。

『……こうやって、異界のものを取り寄せたいのだろ?』

「え? え、えええ!」

 魔法だ。

 まごうことなく、魔法だ。

 だってこれは、ユウキが欲しいと思っていた──。

「しょうゆだ!」

 はるか遠い場所に干渉ができるなら、ユウキが元いた世界から少しだけモノを拝借できないかしら……と思っただけなのだ。

 この世界にあるもので、味噌や醤油とか作れそうもないし。

『少年の記憶から引き出させてもらったよ……他にも色々とあったけれど、こいつが一番鮮明に刻まれていたからね』

「にほんのこころなのでっ……」

 外国人が日本の航空機に乗ると、ショウユのスメルがするとかいう噂がまことしやかに囁かれている。

 大豆のことを英語でソイビーンズと呼ぶけれど、もともとはソイ……すなわち日本語の「ショウユ」の原料になる豆ということでそのネーミングになったらしい。諸説ありだけれど。

 とにもかくにも、醤油がなくてははじまらないのだ。

 逆に言えば、醤油があれば「はじまる」のだ。

 感動に打ち震えていると、リルカの衝撃的な登場の衝撃から立ち直ってきたアキノが訝しげに尋ねる。

「なに、それ? 黒い水……瘴気に汚染されてない?」

 とんでもない。

 ユウキにとっては聖水よりも重要なものだ。

『ふふ……魔法陣ごしに私に触れることができるうえに、実体化に耐えうるほどの想像力や記憶も持っている……魔力量といい、少年は天才的に筋がいいようだな』

 嬉しそうにしているリルカの体が少しずつ透けていく。

 時間切れか、と名残惜しそうに呟くリルカは、ユウキにむかってひらひらと手を振った。

『単刀直入に言おう。魔術を学びたいという意思があるのなら、君の記憶にある世界からあんなものやこんなものを取り寄せることも可能じゃよ……それどころか、人の心を操ったり、死んだ人を蘇らせたり、意志のない動物を生み出したり……魔術というのはなんでもできるのじゃよ?』

「ちょっと! リルカ殿!」

 明らかに悪い顔で勧誘をしてくるリルカに、ピーターが割り込んだ。

「それ、禁忌になっている古代魔法でしょう! また図書館の塔でろくでもない文献を掘り出して……」

『ほほほ、バレたか。ほれほれ、最近ハマっている古文書がこれじゃよ?』

 どこからともなく、古びた本を取り出した。

 周囲に転がっているモノを拾い上げるような動作をしている。

 テーブルの上に描かれた魔法陣の中にリルカの実体があるように見えるけれど、やはり肉体は別の場所にあるようだ。

 引きこもりというのは、嘘ではなさそうだ。

 一方的に自分の言いたいことをまくし立てるコミュニケーションにも癖があるし、普段はあまり人と話したりしないのだろう。

 今目の前にあるのは、いわば、やたらと存在感のあるホログラムのようなものだろうか。

 大精霊のオリンピアでも映像を送ってくるのが精一杯だったのを考えると、リルカがかなり強大な魔術師であることがわかる。

『弟子入りしたくなったらいつでも塔を尋ねておいで……ピーター、案内は頼んだぞ?』

 ぱち、とウィンクを飛ばしてくるリルカ。

『神域に至った我が姉君から、イキのいい奴が来たと聞いて楽しみにしておったが……んっふふ、しばらくは退屈しなさそうじゃの!』

「やっぱり、めがみさまのかんけいしゃ!」

 他人のそら似ではなかったようだ。

 色々と問い詰めたいことがあるのだけれど、その瞬間にリルカもテーブルの上に展開していた魔法陣もかき消えていた。

「はぁ……驚いただろう。昔から、ああいう人なんだよ」

「お父さんが謝る必要はないんじゃない……っていうか、本物のエルフって初めて見たわよ。耳が長いって本当なのね」

 イヤリングをぶら下げ放題ね、というとぼけた感想を零すアキノ。

「なんか……あらしのようなひとだね」

「もし本気で魔術を志すなら、あれほど頼れる師匠もいないさ。今や王立学園の魔術科主任だからね……まあ、ほとんど自分の研究をしているだけみたいだけれどね」

「かんがえておきます」

 ユウキは手の中に残された醤油を見つめて返事をした。

 本当ならば、今すぐにでも弟子入りしたいくらいだけれど……今は、こいつが先だ。この世界に来てから、ずっと憧れていた味の濃いおかずにありつけそうなのだから。
 トオカ村ではアカキバボアの肉をどう消費するのかが問題になっていた。

 長期保存のために加工すると野性的な臭いが強くなるし、筋張った肉質が強調されてしまう。

 アカキバボアの塩漬け肉を焼いたものを無理して呑み込もうとしたスティンキーが二日ほど寝込んでしまったところで、ユウキにヘルプがきたのである。

 悪徳で有名だったミュゼオン教団トワノライト支部がかなりの内部改革を進めた結果、法外な上納金から解放されてほとんど自由の身となったサクラも同行している。

 さらには『大精霊の覚えめでたき乙女』として飛び級で一人前の聖女としての活動を許されたらしい。

 ユウキに会いたいがために現し身を飛ばしてきたオリンピアの暴走も、悪いことばかりではないようだ。

 サクラの持っている杖もグレードアップしている。

 その辺で拾ってきた木の棒みたいだった杖は、よく磨かれた木材製になっているし、先端には聖水をたっぷり入れた瓶を抱く精霊の銀彫刻があしらわれており、精霊の額にはトワノライト支部所属の証であるエヴァニウムの結晶も埋め込まれている。

 げっそりと痩せてしまったマイティが呟く。

「俺、胃袋は強いほうだと思ってたんだけどさ……無理だったよ……」

 新鮮なうちに食べ切れればいいのだけれど、そうもいかないのだとか。

 ユウキたちが仕掛けた罠がとても優秀で、山から畑を荒らしに下りてきたアカキバボアをはじめとする魔獣が百発百中で捕獲できてしまうのだ。

 ユウキの付き添いでやってきたアキノが、ふふんと胸を張る。

「塩漬けにするとしょっぱすぎるし、時間が経つと臭みが出てねぇ……という、そのお悩み! ピーターのお手伝い屋さんが解決いたします!」

 アキノが取り出したのは、醤油だった。

 ボトルの三分の一くらいが使われている。

 本当ならもっと大切にケチケチ使いたいけれど、トオカ村の人たちが困っているならば仕方ない……とユウキが持ち出してきたものだ。

「ひぞうの、ちょうみりょうです……っ」

 目の前には切り身になってしまったアカキバボアの肉が積まれている。

 クソマズい塩漬けにするか、このまま腐らせてしまうかの二択になっているのだ。

 氷の魔術があればもっと新鮮なまま保存ができるようだけれど……あいにく、そのツテはない。氷狼の王フェンリルとしてのポチは、力の加減などはできない。

「アキノさん、はーぶをください」

「これね? お茶用のハッカノネなんだけど、いいの?」

「うん」

 ずっとアキノの淹れてくれるハーブティーが「何か」に似ていると思っていた。舌がぴりぴりとする、あの独特の感じ。

 そう、ショウガ湯だ。

 毎日ハーブティーを淹れるアキノは、生薬やハーブについてかなり詳しいようだった。節約のためにと庭で育ててくれているハーブの中に、ショウガに似た味のものがあることがわかったのだ。

 この世界では日常使いするには少々塩が貴重らしく、保存のための塩漬けにするのに使う以外にはあまり浪費できない。

 それで基本的に料理が薄味になってしまうようだ。

 アカキバボアは独特の獣臭さが時間がたつと強くなるという傾向があるらしい。ならば、調理法はひとつ。

「くさみがきになるのなら、しょうがやきにします!」

「ショウガヤキ?」

 ユウキの言葉に村人たちが首を捻った。

 聞いたことのない調理法だから無理もない。

 すでに何度か作っている料理だ。

 ユウキとアキノ、そしてサクラで下ごしらえをしていく。

「うう、聖水をこんなことに使っていいのでしょうか……?」

「おねがいしますっ」

「は、はい! そうですね、美味しくいただかないと魔獣のみなさんにも失礼ですからっ」

 ユウキ秘蔵の醤油とサクラが教団の泉から持ってきた聖水、ピーターが大切にしている酒、そしてすりおろしたハッカノネをまぜる。

 醤油だけでは塩辛くなりすぎるので、水や酒で薄めるのがいい。

 色々と試行錯誤をしている中で、聖水によって肉に残った瘴気を飛ばすと、臭みがマシになることがわかったのだ。

「ちょ、料理に聖水……!? うちの村が破産しちまうよ!」

「あ、あ! 先日から必要なことなら、聖水は無料で持ち出していいことになりましたので!」

 サクラが慌てて訂正する。

「必要……なこと……?」

 料理に使うなんて想定はなかっただろうが、美味しい料理はご機嫌に生きるのに必要だろう。

 さらに。

 今日のために取り寄せたのはオリンピアの結界の中で育ったリンゴっぽい果実だった。よくすりおろして、漬けタレに混ぜることで甘味を加える。

 この世界で口にした中で、もっとも甘くてジューシーな食べ物だ。

 砂糖や蜂蜜がわりになると思われる。

 ちなみに蜂蜜は溜まる前に瘴気に汚染されてしまうらしく、まったく出回らない幻の食品扱いらしい。

「汁気がなくなるまで揉み込んで……っと」

 焚火を起こしてもらって、村で一番大きな鉄鍋を熱してもらう。

 アカキバボアの脂身からジワジワと脂を抽出して、クズ肉は取り出す。

 カンカンに熱したところで臭みの強くなった肉をいれて焦げ目をつける。

 ──ジュアアァ!

 よくつけ込まれた肉が焼かれて醤油が香ばしく焦げる香りが充満する。

 むしろ、食欲を刺激される香りだ。

「おお……? なんだこれ、うまそう……」

「実際にうまいわよ〜。ユウキの料理の味つけ、びっくりするくらい美味しいのよね……おかげで、最近お腹が……」

 ふに、と腹の肉をつまむアキノに、ピーターが「むしろ年頃の娘らしくなっていいよ」と笑ってすねを蹴られていた。

 マイティとスティンキーはじめ、村人たちが今にも涎を垂らしそうな勢いでジュウジュウと音を立てる鉄鍋に釘付けになっている。

 ポチまで「待ちきれないワン!」的な表情でユウキを見つめた。

「おいおい、うまそうだな……」

「見たことない色のソースだけど、なんだろう……この匂い……」

「匂いだけで、いくらでもパンが食えそうだ」

「でも、なんでだ……パンじゃなくて、別の『正解』がありそうっていうか……」

 わかるよ、とユウキは頷いた。

(本当は……真っ白いごはんで食いたいんだよな、これ。豚肉なら味噌漬けもうまいし、砂糖をガッツリきかせて甘じょっぱくしたいし、バター醤油味にすりゃなんでも美味い……基本の調味料だけでも揃えばなぁ)

 野菜も肉も、やっぱり元の世界の味にはおよばない。

 まだまだ成長期のちびっこは、栄養満点の食事が恋しいのであった。

「……まじゅつのべんきょー、してみよかな?」

 ユウキは魔術師リルカの言葉を思い出す。

 幸いにして、魔術の筋がいいみたいなことを言ってもらったし。

 もし、味噌も醤油もお米も元の世界から取り寄せ放題になったら……考えるだけでも、お腹が鳴ってしまう。

「さあ。ユウキ印のアカキバボア肉ショウガヤキ、できたよ!」

 アキノの声に、トオカ村が沸き立った。

 ……この様子を、サクラの杖の先端に取り付けられた聖水瓶を通して見ている者がいた。

 大精霊オリンピアである。

 精霊に縁のある聖水さえあれば、そこに映る様子を見ることができる彼女は、遠い山奥から愛息子の楽しそうな様子を眺めながら、

「ああ、もう! とびきり羨ましいですぅっ!」

 と、隣に座っている旧い友人ルーシー・グラナダスの肩をぽかぽか殴っているのであった。

 ──この時に振る舞われたショウガヤキのあまりのおいしさに、村の収穫物を使って醤油どうにか再現しようという動きが盛んになり、ついに再現された「ユウキ印のショウユ」がトオカ村を一躍有名にするのは、まだもう少し先のお話。



「……くしゅん!」



 ショウガヤキを食べ終わったユウキがポチと遊んでいると、急に大きなくしゃみが出た。季節のかわりめかしら、と思っているとサクラが青い顔をして飛んできた。

「大丈夫ですか、ユウキ様! い、今、魔力を」

「だ、だいじょうぶだよ、サクラさん!?」

「ハーブティーが足りなかったかな」

「ありがとう、アキノさん。もうおなかいっぱいだよ」

「無理しちゃいけないよ、ユウキ殿。風邪なんてひかれたら、隊長はともかく……オリンピア殿が取り乱すからね」

 それはそうかも、とピーターの言葉にちょっと心配になってしまった。

 寒気もしないし、喉も鼻も痛くない。

 これなら大丈夫だろう。

「だれかが、ぼくのうわさをしてるのかもね」

 念のため、ポチに寄り添って暖をとっておこう。



 ◆



 最大級の都市国家アルテルの若き王子は、今日も体調がすぐれなかった。

 どんよりした表情のままやってきたのは、魔術師であり賢者であり予言者である智恵の権化、魔術師リルカの住む図書館の塔である。

「はぁ……」

「お疲れですねぇ」

「まあな、魔王さえ倒せばどうにかなるという単純な希望があった時代がうらやましいよ」

 今の時代を生きる人間たちは、瘴気に汚染された生活への対応で頭の痛い日々を送っている。先行きの見えない問題は、心も体も疲弊させる。

 魔王を撃破したのちに、「ひとつ功績をなしとげた者が、いつまでも大きい顔をしているべきではない」といって身を隠してしまったかつての英雄たちがいれば……と何度考えたかわからない。

「何か景気のいい話はないのか?」

「そうですね。まあ、与太話ですが……大精霊オリンピアとかの英雄グラナダスが育てた男を、トワノライト隆興の立役者ピーター卿が教育しているとか」

「……ぷっ」

「しかも、魔王時代を生き延びた魔獣の王フェンリルを従えているとか、いないとか!」

 従者の冗談に、アルテルの王子はやっと笑った。

「面白い話だが、少々話を盛りすぎだな」

「ですよねぇ、あはは! 先日酒場で一緒になった、トワノライトから流れてきたとかいうミュゼオンの聖女崩れから聞いた話なんですが……吟遊詩人か何かを目指してるのかもしれないですね」

「どちらにせよ、話をでかくしすぎだ。ふふ、ははは!」

「色々と情報網を持っているとか、元は学者の一族の出だとか色々言ってましたけど……あでる? あべる、って言ったかな。変な女ですよ」

「なるほどな。はー、笑わせてもらった」

 図書館の塔、その最奥部に住む魔術師は扉を一枚隔てた向こう側にいる。

 気難しくて偏屈で、人嫌い。

 そんな魔女と対するのは、それなりのストレスだ。

 国として重要な相談があっての訪問を、「なんで来た」だの「邪魔だ」だの酷い言われようでなじられ、悪くすると追い返される。

 ……だが、今日は様子が違った。

 扉を開くと、魔導師リルカは満面の笑みを浮かべていた。

「やあ、やあ! 王立学院の魔術学科に特待生を招聘してほしいのじゃが」

 開口一番にまくしたて、リルカは推薦状をぺらりと王子に見せつけた。

 ──ユウキ・カンザキ。

 そこには、聞いたこともない名が書いてあった。

「……誰?」

 王立学院の特待生といえば、すでにめざましい功績をあげていて、親族や縁者にアルテルあるいはこの世界そのものに多大な貢献をした者くらいしか招聘できないのだ。

 どこの馬の骨ともわからない者を特待生に、などリルカといえども無理難題ではないだろうか。

「失礼ですが、リルカ様。一体どこの出身の者でしょうか。生まれでも、育ちでもよいですが……」

「ん? 難しい問いだな、本質は旅人だし。だが……」

 王子の問いに、リルカは機嫌を損ねることもなく楽しげだ。

 世界最高の魔術師は、にんまりと笑った。

「……山奥育ち、とでも言っておこうかな」



【完】


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