「バット……」
アーサーにとって最も見たくない顔、聞きたくない声の主がそこにはいた。
「おいおい、お前みたいなクソ底辺ハンターがこんな店で何やってんだよ!」
店や周囲の他の客などへの配慮は微塵もなし。開口一番からアーサーを蔑む罵声が店内に響き渡った。
「関係ないだろ。料理屋なんだからただご飯を食べているだけだ」
バットと目も合わせずに淡々と答えたアーサー。だがそんな彼の態度がバットの癇に障ったようだ。
「あぁ? お前如きが何偉そうな態度取ってんだボケッ!」
バットは再び暴言を吐くと同時に不快感を表情一杯に出す。更にアーサーとエレインが食事しているテーブルをガンッと強く蹴った。
「ちょ、ちょっと、何ですか急に!? やめて下さい!」
「関わるなエレイン。放っておけ」
「いつまでもふざけた態度取ってんじゃねぇぞ無能のアーサー君。お前何様のつもりッ……「早く行きましょう――」
今にも暴れ出しそうなバットの言葉を遮った1つの声。
その声は荒立つバットは真逆の透き通るような綺麗な声だった。
場にいたアーサーとエレイン、それにバットと一緒にいた『黒の終焉』メンバー数人も一斉にその声の方向へと振り向く。
「なんだよ“シェリル”。まさかコイツの肩を持つ気か?」
綺麗なのは声だけではない。
艶のある美しい銀色の髪を靡かせ、男女関係なく見る者達の視線を簡単に奪うであろう端正な顔立ち。加えて上品さと凛々しさまでをも醸し出す“少女”は国中――いや、世界中で有名なハンター。
アーサーが最も憧れを抱く“勇者”の姿がそこにあった。
「いいえ。こんなのは時間の無駄だと思っているだけです」
世界一美しいハンター。またの名を“白銀のシェリル”――。
淡々と冷静に言葉を返すシェリルによって、場の空気は一変。彼女の登場で場がしらけたと言わんばかりに溜息をついたバットは最後に舌打ちを吐き捨てそのまま店を出て行くと、それに伴って他のメンバー達もバットの後を追って次々に店を出て行くのだった。
「失礼しました」
銀髪の少女、シェリルだけが去る直前にアーサーに一言だけそう告げると、彼女もまたそのまま静かに店を後にしてしまった。
「綺麗……」
シェリルの美しさに思わず同性のエレインも目を奪われていた。
(白銀のシェリル……。そういえば『黒の終焉』にいた時も1度も彼女と話す機会がなかったな。向こうは僕の事を認識してくれているのだろうか……? というか助けてくれた……んだよね今)
アーサーはそんな疑問を抱きながら、シェリルが去った場所をじっと見つめていた。
「って、何なのよあの人達。お兄ちゃん大丈夫? それよりさっきの本物のシェリルだよね!? やばくない!? めちゃくちゃ綺麗だし生で見ちゃった! っていうかお兄ちゃん知り合いなの? あのシェリルと? どういう世界線なのこれ」
運が良くか悪くか。
エレインは見ず知らずのバット達の態度より、有名なシェリルに気持ちを持っていかれていたようだ。
アーサーにとってはラッキー。妹に余計な心配を掛けたくない。そう思っていた彼はそのまま適当な言葉でエレインに話を合わせてそのまま上手い具合に話題を切り替える。折角の楽しい時間を潰されたくない。
それにいくらギルドから追放されたといえ、アーサーがバットと会うのは“何時もの事”。何故ならアーサーとバット達は同じアカデミーに通っている同期生なのだから。バットの事など微塵も考えたくはなかったが、アーサーは彼がこのまま大人しくしているかどうか一抹の不安が残った。
(何だかんだ、奴と出会ってもう1年は経つのか――)
♢♦♢
~イーストリバーアカデミー~
1年前――。
アーサーはイーストリバーアカデミーに108期生として入学。
「俺の名前はバット・エディング。宜しくな」
「アーサー・リルガーデン。こちらこそ宜しく」
これがアーサーとバットの出会い。
入学の初日に多くの者達が自然と交わすであろう最初のコミュニケーション。そしてここからどんな方向に話が広がるかは、どちらかの何気ない一言によって決まる。
アーサーとバットにとってのそれは、ハンターの話となった。
「お前もハンター登録してるのか?」
「ああ、まぁね。登録してるって言ってもつい昨日の話なんだけど」
「そうなのか。何かいいスキル手に入れた?」
「いいスキルかどうか分からないけど、一応『召喚士』というやつを」
「へぇ~。(召喚士って確かモンスターを出せるスキルだったな。しかもまだ人数が少ない珍しいスキル。どっかのギルドでこの召喚士はかなり使えるとか言っていたから、まぁとりあえずキープしておくか)」
バットは一瞬だけニヤリと不敵な笑みを浮かべると、心なしか愛想が良くなったような表情に。そしてバットはアーサーを自分のギルドへと勧誘する。
「勿論これからハンターとしてやっていくんだよな? だったら俺のギルドに入らねぇか? 仲間探してるんだ」
アーサーは思いがけない勧誘を受けて素直に嬉しかった。
しかもゆくゆくバットの話を聞いてみると、彼はこの国で最も有名なあの『エディング装備商会』の御曹司だった。
もう100年近くも前の話。
突如世界にダンジョンとアーティファクトが出現したばかりの頃、真っ先にハンターの手助けになろうと思い立ったバットの祖父が立ち上げたのが今のエディング装備商会である。
エディング装備商会は立ち上げからハンター達の心強いバックアップとして成り立ち、一気に商会としても利益を生み出し瞬く間に大商会となった。
バットはこのエディング装備商会の御曹司であり、自らもハンター活動をしている。同じ歳、同じハンターであるアーサーとバットであったが、2人には到底埋める事の出来ない圧倒的な“財力”という差が存在していた――。
バットがマスターを務める『黒の終焉』は新設されてまだ日が浅いにもかかわらず、その財力で手に入れた優秀なハンター達の力で自他共に認める程勢いあるギルドとなっていた。
言い方を変えれば金の力。
スキルとアーティファクトの強さが物を言うダンジョンで、バットは新米ハンターながらに全ての装備がCランクアーティファクトで揃えられていた。それもCランクの中で最上物――モンスターネームが入った“オーガ”のアーティファクトだ。
オーガアーティファクトのフル装備は金額にすれば優に30,000,000Gを超える値段。更にバットのスキルは『騎士』というハンターの中でも1,2を争う当たりスキル。
後に最弱無能と分かるアーサーの召喚士とは違い、騎士は基礎能力値が初めから高く習得するスキルも強い。その上スキルのレベルを上げればそこから更に能力値も上昇していくという贅沢三昧スキル。
実力がない人間でも簡単にある程度の強さを手に入れられる超当たりスキル+金の力でバットはハンターとして既にフロア40まで上り詰めていた。
「僕なんかが君のギルドに入っていいのかな……」
「当然だろ。召喚士は貴重な戦力だ。兎に角まずは参加してみろって」
こうして、アーサーはバット率いる『黒の終焉』に入った。
アーサーは初めてのギルドに胸を踊らせたが、そんな彼の心を更に奪ったのは美しき白銀の少女の存在。
その名も“シェリル・ローライン”。
銀色の髪を靡かせた彼女はその見た目も然ることながら、ハンターとして“その世代に1人しか生まれない”と謳われる『勇者』のスキルを手にした本物の選ばれし人間。そして彼女のその実力は既に世界中のハンターから認められている。
若くして英雄と称えられる白銀の少女は、他ならないアーサー・リルガーデンがハンターを目指すきっかけともなった憧れの存在であった――。
だがしかし。
アーサーが黒の終焉に入った半年後……。
「お前使えないからもうクビな。追放――」
アーサー・リルガーデンは追放されるのだった。
「え?」
アーサーにとって最も見たくない顔、聞きたくない声の主がそこにはいた。
「おいおい、お前みたいなクソ底辺ハンターがこんな店で何やってんだよ!」
店や周囲の他の客などへの配慮は微塵もなし。開口一番からアーサーを蔑む罵声が店内に響き渡った。
「関係ないだろ。料理屋なんだからただご飯を食べているだけだ」
バットと目も合わせずに淡々と答えたアーサー。だがそんな彼の態度がバットの癇に障ったようだ。
「あぁ? お前如きが何偉そうな態度取ってんだボケッ!」
バットは再び暴言を吐くと同時に不快感を表情一杯に出す。更にアーサーとエレインが食事しているテーブルをガンッと強く蹴った。
「ちょ、ちょっと、何ですか急に!? やめて下さい!」
「関わるなエレイン。放っておけ」
「いつまでもふざけた態度取ってんじゃねぇぞ無能のアーサー君。お前何様のつもりッ……「早く行きましょう――」
今にも暴れ出しそうなバットの言葉を遮った1つの声。
その声は荒立つバットは真逆の透き通るような綺麗な声だった。
場にいたアーサーとエレイン、それにバットと一緒にいた『黒の終焉』メンバー数人も一斉にその声の方向へと振り向く。
「なんだよ“シェリル”。まさかコイツの肩を持つ気か?」
綺麗なのは声だけではない。
艶のある美しい銀色の髪を靡かせ、男女関係なく見る者達の視線を簡単に奪うであろう端正な顔立ち。加えて上品さと凛々しさまでをも醸し出す“少女”は国中――いや、世界中で有名なハンター。
アーサーが最も憧れを抱く“勇者”の姿がそこにあった。
「いいえ。こんなのは時間の無駄だと思っているだけです」
世界一美しいハンター。またの名を“白銀のシェリル”――。
淡々と冷静に言葉を返すシェリルによって、場の空気は一変。彼女の登場で場がしらけたと言わんばかりに溜息をついたバットは最後に舌打ちを吐き捨てそのまま店を出て行くと、それに伴って他のメンバー達もバットの後を追って次々に店を出て行くのだった。
「失礼しました」
銀髪の少女、シェリルだけが去る直前にアーサーに一言だけそう告げると、彼女もまたそのまま静かに店を後にしてしまった。
「綺麗……」
シェリルの美しさに思わず同性のエレインも目を奪われていた。
(白銀のシェリル……。そういえば『黒の終焉』にいた時も1度も彼女と話す機会がなかったな。向こうは僕の事を認識してくれているのだろうか……? というか助けてくれた……んだよね今)
アーサーはそんな疑問を抱きながら、シェリルが去った場所をじっと見つめていた。
「って、何なのよあの人達。お兄ちゃん大丈夫? それよりさっきの本物のシェリルだよね!? やばくない!? めちゃくちゃ綺麗だし生で見ちゃった! っていうかお兄ちゃん知り合いなの? あのシェリルと? どういう世界線なのこれ」
運が良くか悪くか。
エレインは見ず知らずのバット達の態度より、有名なシェリルに気持ちを持っていかれていたようだ。
アーサーにとってはラッキー。妹に余計な心配を掛けたくない。そう思っていた彼はそのまま適当な言葉でエレインに話を合わせてそのまま上手い具合に話題を切り替える。折角の楽しい時間を潰されたくない。
それにいくらギルドから追放されたといえ、アーサーがバットと会うのは“何時もの事”。何故ならアーサーとバット達は同じアカデミーに通っている同期生なのだから。バットの事など微塵も考えたくはなかったが、アーサーは彼がこのまま大人しくしているかどうか一抹の不安が残った。
(何だかんだ、奴と出会ってもう1年は経つのか――)
♢♦♢
~イーストリバーアカデミー~
1年前――。
アーサーはイーストリバーアカデミーに108期生として入学。
「俺の名前はバット・エディング。宜しくな」
「アーサー・リルガーデン。こちらこそ宜しく」
これがアーサーとバットの出会い。
入学の初日に多くの者達が自然と交わすであろう最初のコミュニケーション。そしてここからどんな方向に話が広がるかは、どちらかの何気ない一言によって決まる。
アーサーとバットにとってのそれは、ハンターの話となった。
「お前もハンター登録してるのか?」
「ああ、まぁね。登録してるって言ってもつい昨日の話なんだけど」
「そうなのか。何かいいスキル手に入れた?」
「いいスキルかどうか分からないけど、一応『召喚士』というやつを」
「へぇ~。(召喚士って確かモンスターを出せるスキルだったな。しかもまだ人数が少ない珍しいスキル。どっかのギルドでこの召喚士はかなり使えるとか言っていたから、まぁとりあえずキープしておくか)」
バットは一瞬だけニヤリと不敵な笑みを浮かべると、心なしか愛想が良くなったような表情に。そしてバットはアーサーを自分のギルドへと勧誘する。
「勿論これからハンターとしてやっていくんだよな? だったら俺のギルドに入らねぇか? 仲間探してるんだ」
アーサーは思いがけない勧誘を受けて素直に嬉しかった。
しかもゆくゆくバットの話を聞いてみると、彼はこの国で最も有名なあの『エディング装備商会』の御曹司だった。
もう100年近くも前の話。
突如世界にダンジョンとアーティファクトが出現したばかりの頃、真っ先にハンターの手助けになろうと思い立ったバットの祖父が立ち上げたのが今のエディング装備商会である。
エディング装備商会は立ち上げからハンター達の心強いバックアップとして成り立ち、一気に商会としても利益を生み出し瞬く間に大商会となった。
バットはこのエディング装備商会の御曹司であり、自らもハンター活動をしている。同じ歳、同じハンターであるアーサーとバットであったが、2人には到底埋める事の出来ない圧倒的な“財力”という差が存在していた――。
バットがマスターを務める『黒の終焉』は新設されてまだ日が浅いにもかかわらず、その財力で手に入れた優秀なハンター達の力で自他共に認める程勢いあるギルドとなっていた。
言い方を変えれば金の力。
スキルとアーティファクトの強さが物を言うダンジョンで、バットは新米ハンターながらに全ての装備がCランクアーティファクトで揃えられていた。それもCランクの中で最上物――モンスターネームが入った“オーガ”のアーティファクトだ。
オーガアーティファクトのフル装備は金額にすれば優に30,000,000Gを超える値段。更にバットのスキルは『騎士』というハンターの中でも1,2を争う当たりスキル。
後に最弱無能と分かるアーサーの召喚士とは違い、騎士は基礎能力値が初めから高く習得するスキルも強い。その上スキルのレベルを上げればそこから更に能力値も上昇していくという贅沢三昧スキル。
実力がない人間でも簡単にある程度の強さを手に入れられる超当たりスキル+金の力でバットはハンターとして既にフロア40まで上り詰めていた。
「僕なんかが君のギルドに入っていいのかな……」
「当然だろ。召喚士は貴重な戦力だ。兎に角まずは参加してみろって」
こうして、アーサーはバット率いる『黒の終焉』に入った。
アーサーは初めてのギルドに胸を踊らせたが、そんな彼の心を更に奪ったのは美しき白銀の少女の存在。
その名も“シェリル・ローライン”。
銀色の髪を靡かせた彼女はその見た目も然ることながら、ハンターとして“その世代に1人しか生まれない”と謳われる『勇者』のスキルを手にした本物の選ばれし人間。そして彼女のその実力は既に世界中のハンターから認められている。
若くして英雄と称えられる白銀の少女は、他ならないアーサー・リルガーデンがハンターを目指すきっかけともなった憧れの存在であった――。
だがしかし。
アーサーが黒の終焉に入った半年後……。
「お前使えないからもうクビな。追放――」
アーサー・リルガーデンは追放されるのだった。
「え?」