「な、何よ急に……!」
「確かに僕達はお金に余裕のない貧乏暮らしだ。でもエレインがそんな犠牲になることはない」
「え? ちょっとお兄ちゃん。さっきからどういう意味……?」
「実はな、兄ちゃんこの間お前が男の人と話しているのを聞いてしまったんだ――」

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 事の経緯は数日前。

 アーサーがいつもの日課であるダンジョン周回を終えて家に帰宅した時、エレインはウォッチで誰かと話していた。盗み聞きをしたかった訳ではない。しかし部屋は当然の如く狭く、会話の邪魔をしてはいけないと思ったアーサーは少し玄関に座っていた。

 最初はアカデミーの友達と話しているんだろうと気にも留めていなかったアーサーだが、次の瞬間エレインから放たれた「体の関係は初めて」というワードに体がビクついた。

 正確に聞き取れた訳ではないから聞き間違いかもしれない。
 でもその後も話が気になったアーサーはいつの間にかエレインの会話に聞き耳を立てていた。

 そして、エレインから聞き取れた“体の関係は初めて”、“手は繋ぐだけ”、“延長は追加”、“お金は前払い”というワードを収集したアーサーはここから1つの答えを導き出した。

 妹が体を犠牲にしてお金を稼いでいると――。

「全ッッ然違います!」
「え!? そうなのか?」

 しかし、アーサーの名推理はどうやら間違っていた模様。

「妹とはいえ女の会話を盗み聞くなんてお兄ちゃん最低!」
「い、いや、別に聞くつもりはなかったんだ……! その事は本当にごめん! でも僕は妹がまた危ない方向に進んでいるなら助けないとと思ってだな……」
「もう。勘違いだい逆よお兄ちゃん。アカデミーの子が私みたいに野良ハンターのヤバい仕事をしそうだからって、相談を聞いていただけなのよ」

 思いがけない話の答えにアーサーは目を見開かせている。
 自分の妹が体を犠牲にしている訳ではないと分かった安心感と、あの時の会話は何だったのかという疑問が諸に表情に出ていた。

 それを見たエレインが補足するようにアーサーに告げる。

「あのねぇ、何をどう聞いたのか知らないけど、アカデミーの子が男の人と出掛けるだけでいっぱいお金を貰えるって言ってたから、友達がそれを聞いて不審に思って私に相談してきたのよ。

それでよくよく話を聞いてみれば、その子は男の人と出掛ける前に“男性経験はあるかないか”、“体の関係は初めてかそうじゃないか”、“どこまでの行動がOKか”……みたいなものを確認されたらしいの。
だからそんなの絶対危ないから止めた方がいいって言ってあげただけ。

どう? これで納得してもらえましたか? 盗み聞きの変態兄上よ――」

 完全論破されたアーサーはぐうの音も出なかった。

 ただただ申し訳なさそうにエレインを見つめている。

 今の彼は入れる穴があったら速やかに入るだろう。

「おーい。聞こえてますかお兄ちゃん」
「ん……。あ、お、おうッ……! 勿論だ! 美味かったな、久々の肉は!」
「話を変えるな。もう絶対そんな事言い出さないでよね」

 ギッと鋭い視線でエレインに念を押されたアーサーはおろおろと戸惑いながらも、この流れを一撃で逆転させる“本題”を思い出したのだった。

「そ、そうだエレインッ! 今日僕達がこうして肉を食べられたのは、他でもないこれのお陰である! とくと見よ!」

 自信満々に言い放ったアーサーはその勢いのまま自分のウォッチをエレインに見せつける。だがハンターのステータスを全く見慣れていないエレインは、兄が成し遂げた偉大な功績になかなか気が付かない。

 ウォッチのステータスを眺める事数十秒。
 突如ハッと恐怖映像でも見たかの如く驚いたエレイン。彼女は驚きの余り目を見開き手を口に当てている。

「お、お兄ちゃん、それ……」
「フッフッフッフッ。遂に気が付いたか我が妹よ」

 驚くエレインの反応を見たアーサーは何とも言えないドヤ顔を浮かべて勝ち誇る。まだ見ても良いぞと言わんばかりに、アーサーは更にエレインの顔にウォッチを近づけた。

「お兄ちゃん、めっちゃ能力値低くない? 激弱ステータスじゃん」
「ぐばふぉッ……!」

 エレインのまさかの着地点に、アーサーは撃たれたようにテーブルに倒れ込んだ。

「違う! いや、正確には違わないけど、言いたいのはそこじゃない」
「え、違うの? 私アーティファクトの種類とかよく分からないんだけど」

 アーサーとは対照的に、ハンターではない妹のエレインはそもそもハンター事情に疎い。ランクの高いアーティファクトがとても高価である事ぐらいしか知らないのだ。

「それもそうか。兄ちゃんが勝手に盛り上がってしまったな。だったらエレインにも分かるように伝えてあげよう。例えアーティファクトに詳しくなかったとしても、この『ゴブリンアーマー(D):Lv1』の価値は分かるだろう!」

 そう言いながら、アーサーは自慢げにアーティファクトをエレインに見せつけた。

「ゴブリンアーマーって……テレビでも流れてるあの有名なやつ? モンスターネームだっけ……? って嘘、ちょっと待って。それって凄い高いんじゃないの!?」

 アーティファクトに詳しくないエレインでもその名に聞き覚えがあった。その値段の高さも。モンスターの名が入った最上物であるモンスターネームは一般の人達にも多く知られている有名なアーティファクトだから。

「ああ。だから今日はこんなに奮発したのさ」
「凄ッ! え、待って待って待って。確かこのゴブリンアーティファクトって全部揃えたら数十万とかするやつだよね? って事は単純にこれ1つでも100,000G以上とかしちゃう訳!? やっば。これなら毎日このポークチキン定食が食べられるじゃん……。しかもスープとデザート付きで……」

 最近の貧乏生活の反動だろうか。エレインはそう話しながら涎を垂らす。アーサーは今にもウォッチにかぶりつきそうな我が妹を何とか静止して話を続ける。

「お、落ち着けエレイン。兄ちゃんもまだ興奮してるが重要な話はここからだ。いいか? ひとまずこれで兄ちゃんはハンターとして突如お金を工面出来るようになったかもしれない。だから結果兄ちゃんの勘違いだったけど、今後絶対に怪しい仕事はしないでくれ。お前に心配掛けないぐらい僕が稼ぐから」

 アーサーは何よりまず自分の思いを伝えると、それを聞いたエレインは頷いて「ありがとう、お兄ちゃん」と柔らかい笑顔で言った。

 こうして、何十日かぶりにお腹も気持ちも満たされた2人は家に帰って眠りについたのだった――。

♢♦♢

~ダンジョン・メインフロア~

 贅沢な晩餐から一夜明け、アカデミーが休みのアーサーは早朝からダンジョンに足を運んでいた。勿論ハンターとして、そして新たに覚醒した自分のスキルをもっとよく知り理解する為。そしてそして、最も重要な生活費を稼ぐ為だ。

「あら。おはようアーサー君。今日も可愛いお顔ね」
「リリアさん、おはようございます! (今日もセクシー全開だ)」

 アーサーは挨拶がてら、流れるようにリリアの乳を見る。

「そっか。今日はアカデミー休みだからこんなに早いのね。いつもと同じフロアの周回でいいかしら?」
「はい。それでお願いします。今日は頑張って1日中周回しまくろうと思ってます!」
「分かったわ。元気なのはいいけど無理はしない様に。何かあったら直ぐに連絡ね」

 リリアはウォッチを指差しながらアーサーに言った。昨日の事に念を押すかのように。
 
 受付での手続きが終わったアーサーは、スタート地点となるフロア1へのサークルに入った。