一方その頃、バット・エディングは――。

♢♦♢

~黒の終焉・新ギルド拠点~

 決して綺麗で整っているとは言えない外観の廃ビル。
 数年以上使われていないであろうこのビルはろくに手入れもされておらず、全体的に埃っぽい。その上人の出入りも全く見られない。

 しかし、そんな廃ビルにポツンと灯る1つの明かり。

「マスター。今回の報酬です」

 廃ビルの中。1人のハンターがそう言いながら、手にしていた袋を目の前のテーブルに置く。

「ご苦労。どうだった?」

 テーブルの上に置かれた袋を受け取るもう1人の男。今しがた“マスター”と呼ばれた彼は他でもないバット・エディングである。彼は袋の中身を確認すると、機嫌が良くなったのかニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「はい、いい感じです。やはりこの“パーティ制”は俺に向いてるかと。他のハンターもそう感じている人が多いと思います。実際、ほぼ全部のパーティが前回よりも成果を上げてますから――」

 マスターであるバットから質問を元気よく返す1人のハンター。どうやら彼はバットのギルド、黒の終焉に所属しているハンターらしい。

 バットはそのハンターの答えで更に機嫌が良くなったのだろうか。徐に立ち上がって部屋から出ると、1階の広いフロアには数十人のハンターと思われる者達がいた。そしてバットは部屋を出た勢いのまま、目の前にいるハンター達にこう告げた。

 「ご苦労だ諸君! 今日も上々の成果だ。これなら君達が我がエディング装備商会と“正式な専属契約”が出来る日も近い事だろう!」
「「うおおおお!」」
「「マスター万歳!」」

 バットの一言で異様な盛り上がりを見せる現場。どういう訳か、黒の終焉ギルドは数日前よりも人数も活気も満ち溢れていた。

「いいか諸君! ハンターの世界は弱肉強食。己の力のみで全てが決まる完全な実力社会だ! 勿論我がエディング装備商会も実力主義! 有名無名なんて関係ない。ハンターならばただただ強く結果を残すのみ! 正直者が馬鹿を見る、努力が実を結ばない、そんなのは間違っている!

だから俺は日々命を懸けてダンジョンに挑んでいるハンターにだけはそんな思いをしてほしくなければそんな思いもさせない!
エディング装備商会はハンターの為に、そして諸君ハンターは自分の為に、それぞれ互いに協力し合って難攻不落のダンジョンを攻略するぞ!

その為にはまず結果! 何より結果と己の実力を証明するのが第一優先! エディング装備商会は強く気高く共にダンジョンに挑む者達の仲間だ! ここにいる君達にも1秒でも早く同志になってほしい! 宜しく頼もう――!」
「「うおおおおおおおおおおッ!」」

 人気のない廃ビルに響き渡る重厚な活気。
 現場に会したハンター達のその活気、熱量、野心、思いには微塵の偽りも感じられない。しかし、活気が充満するこの場で唯一バット・エディングという1人の男にのみ、嘘と偽りで全身が満たされていた。

(うひゃひゃひゃひゃ! よくもまぁここまで馬鹿な単細胞共が集まったぜ。エディング装備商会の存在は偉大。その名前と金をチラつかせただけで欲にまみれたハンターが簡単に集まりやがる。

それにしても……我ながら天才的なアイデアを思い付いたもんだ。一時はどうなる事かと思ったが、この“パーティ制度”は使えるな。
バレない様に行動する上ではまず俺の名前や『黒の終焉』という名を目立たせる訳にはいかなかった。

だが皮肉な事に最も力を持っているのもこの肩書き。目立たない様に且つ、相応の戦力を集めるのには無理だと諦めかけた時に思い付いたこのパーティ制度。
今目の前にいるハンター達は俺の名や黒の終焉、そして何よりエディング装備商会という圧倒的な存在の欲に釣られた馬鹿共。

現状コイツらは正式な黒の終焉ギルドのメンバーではない。言い換えるなら非公式の“仮契約”状態だ。
コイツらは「黒の終焉ギルドに入団する事」や「エディング装備商会と専属契約する事」が目的であり、俺はアーサーの野郎に復讐する為の「資金と戦力」が欲しかった。

つまりは互いの需要と供給が成り立っている対等な関係。まぁエディング装備商会との専属契約は100%無理だがバレなければ無問題。黒の終焉ギルドに入りたいなら入れてやる。
だがその決定権は勿論俺にある。だからこそこのパーティ制度で入団の為の“成果”を出せと伝えてある。1人よりも数人のパーティの方がダンジョン攻略も戦力補強も効率よくこなせて一石二鳥。しかも勝手にやる気出して日に日に利益が増している挙句に、コイツ等は仮契約のギルドメンバーだからどれだけ目立とうと俺やギルドの名は一切目立たない。

ひゃーひゃッひゃッひゃッ! 頭良過ぎる自分が恐ろしいぜ。そうだ。俺はハンターなんて野蛮な事は向いていなかったんだ。俺の本当の素質はこれ。人を束ねて人の上に立つ事。そして効率よく人を使う事だったんだ!)

 全てを失い、開き直ったバット・エディングという男が辿り着いた今。これが正解なのか不正解なのかは分からない。しかし、バットはバットなりの悪知恵と悪運で着実に力を蓄え始めていた。

 アーサーが成長する一方で、水面下で漂う影もまた大きくなっていく。
 光が大きければ影も大きくなる。そしてその影は光のようには目立たないが、確実にすぐ隣にいる存在。

 アーサーに忍び寄る影は一体どこまで大きくなるのだろうか――。